自警団のある塔下町

陽鍾塔ライズベル』、塔下町。

 塔下町にしては珍しく、堅固、というにはやや頼りない程度ではあるが防壁に囲まれている。

 

 門を見つけて二人はそちらに石馬を寄せる。

 門の解放時間こそ決まってはいるものの、特に見張りや門番がついている訳でもなく、誰でも素通りすることができる。


 普段ならそのはずだったのだが、どうやら現在はそうでもないらしい。


「随分と保安軍の兵士がうろついていますな。果たして我々は通してもらえるのですかな」


「大丈夫だとは思うが……まあ、止められるようでも、学者殿が苗字まで名乗れば一発だろ。セレン、念のためローブは脱いどけ」


「はあい」


 大方、犯罪者でも出たのだろう。

 見るからに姿を隠すための格好をさせたまま、塔下町へ侵入することを避けた方がいいだろう。保安軍兵士の会話を盗み聞きするうちに、その想定は確信に変わる。


 彼らの話を要約すると、どうやらこの塔下町の周囲では、略奪も暗殺も目的としないという、妙な斬り付け事件が起きているらしい。それで保安軍は警備を強化しているそうだ。


 保安軍というのは、塔が自衛のために保有している戦力だ。その業務内容の一つに、塔下町の治安維持も含まれている。

 俺も以前、『孤灯塔フォックスランプ』という塔の増築作業をしていたころは、この保安軍の一隊員として登記されていた。


 しかし、塔下町の外で起きた犯罪には一切関与しない。給料も出ない仕事に体を張る者は珍しい。

 保安軍を志望するような連中には、平均よりは強い正義感を持つ者が多いが、背に腹は代えられないというのが本音だ。そのため、今のところは塔下町の外でしか起きていないこの事件、保安軍の彼らが解決するには非常に難しい部類になるのである。


「この分じゃ、自警団は活き活きとしてるだろうな」


「何よりも正義が大好物な彼らのことですからな。しかし、この分だと、護衛のために人を引っ張ってくるのは難しそうですかな」


「まあ、話だけでも聞いてみようか」

 

 こういった際に動くのが自警団だ。

 自警団は自警団で財源がなく、結局のところ無給となるのだが、この問題は団員が全員副業を持つことで無理矢理解決している。

 そういったこともあって、この存在はここ『陽鍾塔ライズベル』塔下町最大の特徴とも言われるほどには、奇特なものとして有名になった。


 生活の糧を得るためではなく、己の信念に従い正義を果たす。彼らのやり方は、とても良いように聞こえるものだ。

 余暇を潰すための単なる道楽である、と言い換えることができなくもないのだが。


 好き勝手な方に行かないようセレンを制しつつ、俺は自警団の詰め所まで石馬を歩かせる。

 入口付近に見覚えのある顔が立ち尽くしているのを見つけると、即座に石馬から飛び降りて声をかけた。


「パトリック! パトリックじゃないか」


「な、そういう君は、クレイグか! 久しぶりだね」


「そうだな。こんなところにいるのは、転属にでもなったのか?」


「ああ、希望してここに変えてもらった。自警団があるのはここだけだからね」


「自警団に入ったのか。ふーん、まあ、あんたらしいと言えばそうだな」


 旧友との思わぬ再開に話に花を咲かせる。

 パトリックは、俺が『孤灯塔フォックスランプ』保安軍に属していた頃の同僚だ。

 軍内で最年少だったクレイグにとっては最も歳が近い人間であったため、自然と話す機会が多かったのだ。

 それを興味深そうに眺めていたエイブラハムは、二人の会話が落ち着いたところで口を挟む。


「ほお、クレイグ殿にも友人がいらっしゃったのですな」


「学者殿。あなたも言うようになったな」


 俺は少しばかり睨んでみたが、エイブラハムは涼しい顔をしている。


「はっは! 確かに君は友達が少ない方だったね。そして……あなたと、あちらの可愛らしい子は、クレイグのお客さんですか?」


「そうなりますな。私はエイブラハム。彼女がセレン殿ですぞ」


「殿、ということはあなたの孫娘というわけではないのですね。おっと、申し遅れました。僕はパトリックと申します。どうぞよろしく」


 とうの昔に石馬から降りて、あっちの方で極短毛の犬を追いかけたりしているセレンを指さしながら、自己紹介するエイブラハムに恭しく頭を下げるパトリック。


「へえ、随分と可愛らしい子だな。後でちゃんと挨拶しないとね」


「おいおい、今のニヤけ顔、あんたの嫁さんに見せてやりたいな」


「嫁じゃないよ、まだ婚約者さ」


「なんだ、まだそのまんまだったのか」


「今日までに、君を式に呼びつけたことはなかっただろ。……時にクレイグ、どうして君がお客さんを連れて、こんなところまで?」


「護衛の手を増やしたくてな。腕利きを借りていこうと思っていたが、パトリック。あんたが居たなら話は早い。場所はとりあえず『雲裂塔クラウドブレイク』まで。どうだ、頼めるか?」


「いや……今抱えてる事件がどうにものっぴきならなくてね。それさえ片付けられたら、長めの休暇をもらえるんだけどな。今すぐは無理かな」


「抱えてるってのは、斬りつけ事件のことか」


「よく知ってるね! というか、君の方こそ力を貸してくれよ。頼めるなら、対価をその護衛という形で支払おう」


「あ~……まあ、いいだろ」


 どうせ、斬り付け事件というぐらいだ。犯人の獲物は剣とかの刃物辺りだろう。

 だったら、見つけられさえすれば、捕まるのは時間の問題だろう。そんな面倒な仕事でもないだろうと判断した俺は、安請け合いをする。

 まさにエイブラハムの依頼を安請け合いして、面倒な目にあっているのにも関わらず。

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