儲け話
眩しい。
うちの遮光布は確かに安物だが、いくらなんでも瞼で遮れないほどの光は通さない。
誰かが明かりでもつけたのだろうか? 俺は身を起こそうとする。
痛い。
なんだか体が痛む。全身を何かで打ち付けたような、そんな痛み。
とんでもない寝違いでもしてしまったか? 思わずだるくなってきて、体を起こすのが面倒になってきた。
だが辺りの空気に鉄臭さを感じてしまえば、そう言ってはいられない。
ぱちっと目を開く。俺は目を疑った。
眩しさを感じさせていたものの正体が照明器具によるものなどではなく、遮光布のテントに開いた大穴から差し込んでいる光であることに。
俺を挟んで家族が寝そべっていたはずの場所に、代わりとでもいうように大きな瓦礫が寝そべっていることに。
俺は飛び起きるとまずは周囲を改めて見直す。
まず左側……妹がいない。こんな様子になってるんなら、出て行くついでに起こしてくれたらいいのに。
すぐ右を見る。頭から血を垂らして寝そべっているダリル兄さんがいた。
幸いなことに、それ以外に目立った外傷は見受けられなかった。俺はともかく、こんな状態の兄さんを放っていくなんて。あいつ、そんな薄情な奴だったかな。
兄さんの体をいくらか揺すぶってみるが、微動だにともしない。
うーん、まずは先に父さんでも起こすか、と再び左に目を向ける。
なんでこれが目に入らなかったんだ?
俺は妹の代わりに横たわっている瓦礫の下を染めている赤を見つめながら放心していた。
――
胸焼け、頭痛を伴う目覚め。この夢を見るときはいつもそうだ。
この件はもう十年近くも前の話だ。俺が八歳とかのころだったか。俺の地元である『
もう妹のことは割り切れているつもりだが、どうも脳裏に刻みついているのか、時々はこの夢を見てしまう。
俺は構わず起き上がると、懐中灯石に被せてあったコップをどける。テントの中に明かりが広がる。
この胸焼けを少しでもどうにかするため、滝石を磨いて水を出してがぶ飲みする。
エイブラハムが眩しそうに目をこすりながら起きたのを確認すると、俺はテントの端を持ち上げて石馬を連れて外に出る。
セレンの姿が見当たらないため、適当に石馬の試運転を兼ねて、あいつを探そうと思っていたのだが……。
このまま失踪でもしてくれれば、俺はわざわざ師匠のもとに出向く必要もなくなる。そうなれば『
それをモーリスから受け取った前金を返すのに当てても、十分な金額が残る。
自分の頭を数回小突く。いかんいかん、そんな金は今回の報酬額からしてみればはした金もいいところだ。
アルフという爺さんは、メガロイグナの最北端という、ただでさえ年がら年中暑い地域において、更に暑くなる焦熱期にしか人と会わない変わった人間だ。
そんな奴のもとに人を連れていけというのは、確かに骨の折れる要件だ。しかし、それを達成すれば合計二百十もの『
このような機会を逃すという選択肢はありえない。
そのためにも、セレンにいなくなられては困るんだが。
どれだけ目を凝らそうとも、セレンの姿は見当たらない。
代わりに、やたらと勢いがいい砂煙を見つけた。
別になんら珍しい現象ではないのだが、なぜかそれから目を離すことができなかった。
あの砂煙、なんかこっちに近づいてきてないか?
見つけてすぐは程々のサイズであった砂煙も、こちらに近づくにつれて、遠方のものから次第にどんどん大きく広がっていく。
ロバや石馬のものにしては、あまりに速過ぎる。この荒野において、石馬以上の速度で移動できる乗り物といえば……
「クレイグーーー! やっと見つけたああぁ」
セレンは踵を地面に着けて削りながら勢いを殺し減速。俺の全身はその土をもろに受ける。完全に足を止めたところで、俺の方を指差した。
俺はそんなセレンの頭に拳を落とす。
「ちょっと離れたらテントがわからなくなって……いったぁ」
「コラ、どこまでいって何してやがる。と、それはいい。何してくれてやがる」
「うわぁ。なんかどろどろだねぇ」
削られた際に飛んできた土に塗れ、さらに遅れてきた砂煙に包まれた俺の様相はそれはもう酷いものになっていた。
しかし、砂煙を引き連れた張本人であるセレンには、一切の汚れが見受けられない。
「お前に何を言っても仕方ない。いきなり着替えることになるとは」
「払えばなんとかなるよ」
「払うって、お前なあ。それでどうにかなる訳……」
セレンは俺の服についた汚れに、ぎりぎり触れない程度の距離を開けて手をかざした。すると、彼女の手がなぞった部分の汚れがごっそりと落ちた。
俺が思わず「おお」と漏らすと、それに調子をよくしたセレンは、結果的に俺の全身の汚れを払う。
「ほら。綺麗になったよ」
「すごいな。どうなってるんだこれは」
「簡単な魔法だよ。スズラン出すときの感覚で力を込めると、なんか綺麗にできるんだ。せっかく綺麗になったんだから、もう汚さないでね」
「お前のせいだろうが」
「いったぁ」
こいつの調子に寝起きじゃついていけねえ。
もう一発こいつの頭に拳骨をお見舞いしてやったのを最後に、セレンの相手をやめて出発の準備を始める。
準備といっても、各々用意が済んだらテントを畳むだけのことだ。
エイブラハムはあっさりこの生活に順応しており、俺が一人で行動していたときよりも、テントの片付けが済むのは速かった。
俺とローブを着込んだセレンが石馬に乗ると、そのすぐ隣に同じく石馬に乗ったエイブラハムが並ぶ。
すぐにエイブラハムは俺達を追い越して、以前と同じように索敵を始めた。
『
発煙筒やらいろいろあるが、特に目覚ましい活躍を見せたのは、口を向けた先に粘着弾を発射する瓶だ。中には滝石と、グルタン族の弁当団子を中心にした素材で作られた原動機が入っている。風の魔力にも、火の魔力にも対応する特別製だ。
弁当団子とはいうが、人間の食用ではない。団子と聞いてすぐに噛り付いたセレンであってもすぐに吐き出してしまうように、主に土でできたそれはグルタン族だけの弁当だ。
彼らは根でもある足で突き刺して食する。それ以外には原動機を作ることくらいにしか用いられない代物だ。食欲旺盛な彼らからこれを入手することは難しく、基本的に高価な素材である。
この瓶が飛ばす粘着弾を足元に撒くことで、対象の行動を封じることができるのだ。
直に当てる必要がなく手軽であり、また野盗としても踏み入れた石馬がしばらく使い物にならなくなるのを恐れてすぐに逃げ出してしまうのだ。
実際、斜め後方、八時の方向から野盗の集団が迫ってきていたのだが、すかさず撃ち出した粘着弾を前に思わず尻込む。
そうして足を止めているうちに三人を見失ってしまったらしく、それ以上追いかけてはこなかった。
そういえば、彼は元気にやっているだろうか。
昨日、地面に広がった粘着弾を、己の足で踏んでしまった気の毒な野盗がいたことを俺は思い出した。
粘着弾が溶けて粘性を失うまでには六時間ほどかかる。その間、哀れな野盗は日差しに耐え続けなくてはならないのだ。
思い出したとはいえ、野盗の心配などするわけでもなく、『
その行程は残り半日弱といったほど。クレイグにはその道のりがいつも以上に長く感じられた。野盗への対応が非常に楽になった弊害なのだろうか。
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