魔道具人形

「なんと、クレイグ殿の師匠殿ですか! それは実に興味深い話が聞けそうですな」


「おい! 無茶言うな」


 アルフとは、俺に魔道具ソーサリー・ツールの指導を付けた人物だ。

 この世に現存する大魔術師の一人で、特に魔道具ソーサリー・ツールに対する造詣が深い。その腕前は天賦のもので、今のところ誰であろうが敵わないとさえ言われている。


 だが、そんな人物にも妙な欠点があるものだ。異議を唱えた理由をエイブラハムに教えてやる。


「あの爺さんは、クッソ暑い焦熱期にしか人と会おうとしない。理由は知らんが、俺もそれで酷い目に遭った」


「それが、クレイグ殿があえて焦熱期を渡った理由ですかな。なるほど、確かに一週間を超えるものとあらば、果たして体力が持つか自信がありませんな」


「だが、エイブラハム殿。あなたは学者だ」


「くくく……さすがはモーリス殿。こういう人間のことをよく知っておられる。そんなことを気にしていては務まりませんからな。その師匠殿はどちらにおられるので?」


「そこは地名すらない場所だ。メガロイグナの最北点」


「なんと」


 暑いことで有名なメガロイグナという地域。

 北上すればするほど、その気温は上がると言われている。その最北点の気温と言えば、観測に向かう者がいないため記録に残らないほどだ。

 俺は修行のためにしばらく滞在していたからわかる。いくらそれなりの体力を保っている様子があるとはいえ、エイブラハムのような老爺には、とてもではないが耐えられない温度だ。


 しかし、その事実はエイブラハムの燃え上がる知識欲を抑えるには至らないようだった。


 ズズズ、と重苦しい音が部屋に響く。ドアが開き、セレンとシンディーが戻ってきた。

 そのセレンの変わり様は、部屋にいる男三人の視線を釘付けにした。


 元々、着ていた衣服が大きすぎ、タンクトップはともかく、下はズボンだかスカートだか分からないようなものを履いていたセレン。それを身の丈に合わせた、本来塔住みの金持ち向けに作られた高級なワンピースに挿げ替えることで、隠れていた気品が一気に目覚めたように発露しているのだから仕方がない。


 セレン自身も下した長い髪の一部を少しだけ結び、サイドアップの形にされた髪を握ったりなどして、興奮を隠せない様子だ。


「戻りました。話は終わりましたか?」


「おお! 見違えるようだな」


「随分と別嬪さんになりましたな」


「ふーん、馬子にも衣装ってやつだな」


 モーリスが好評を示すのに続いてセレンを褒めるエイブラハム。

 しかし不満そうに少し口を尖らせているセレンを見たシンディーは、少し不満があるらしい。


「素直に褒めてあげたらいいですのに。やっぱりまだ若いクレイグさんには刺激が強すぎたのかしら」


「一応は褒めたつもりなんだが」


「クレイグ。彼女の機嫌はできるだけ損ねないようにしてもらいたいな」


「うん? もう仕事も終わったんだ、俺には関係のない話だろう」


「あら! もしかして貴方、名残惜しいんですね? こんなに綺麗になったセレンちゃんともうお別れだってことに」


「なんでそうなるんだよ! 実際、それはあんたの方だろ」


「ウフフ。それもそうですね」


 思わず大声が出てしまった。セレンの頭を名残惜しそうに撫でているシンディーには、それほど響いてはいないようだった。

 こいつは、言わば荷物だ。仕事の邪魔になるものだ。それとやっとのことでおさらばできるというのに、なぜそれを惜しむ必要があるというんだ。


「話が逸れた。クレイグ、この件はまだ、君にとってはまだ関係のある話だぞ」


「回りくどいな。何の関係があるかさっさと言ってくれないか」


「『雲裂塔クラウドブレイク』で魔道具人形ソーサリー・ドール狩りが行われてるのはお前も知っているだろう。そんな塔に彼女を連れていけば、さて、一体どうなるだろうな?」


「まず、門で素性がバレて、そのまま研究施設に直行だろうな」


「で、エイブラハム殿は、お前の報酬金を取りに『雲裂塔クラウドブレイク』へ戻らなければならない」


「……あ」


 いくら仕事が終わったといえども、俺にはセレンを『雲裂塔クラウドブレイク』にわざわざ実験動物として突き出してやるという選択肢はない。

 その選択肢が浮かびもしないだけに、俺は窮することになった。


「お前の性格からして、その護衛にはお前がついていくのだろうが。その間彼女はどうするんだね」


「いや、ここで預かっててもらえれば」


「無理だな。確かにここなら、『雲裂塔クラウドブレイク』の手勢から彼女を匿うことならできなくもない。だが、連れて逃げることができない。いざというときに塔下町全体を人質に取られては、私としてもひとたまりがないのだ」


「いくら『雲裂塔クラウドブレイク』ったって、そんな無茶は」


「いいや。成果が出ないのか、彼らはやけに切羽詰まっているようだ。最近ではそのような話をちらほらと聞く」


 俺はこの男をいけ好かないと嫌ってはいる。だが嘘はつかない男であると、一定の信頼は置いている。その為この話も素直に受け止める。

 シンディーの顔が一瞬だけ非常に華やいだものの、すぐに鳴りを潜めさせてはセレンの首元に後ろから腕を回し始めたのを後目に、モーリスは続ける。


「単刀直入に言うとだな。彼女の安全を確保しなければ、お前は仕事を終えられたとしても、その報酬を受け取ることができない」


「……ハア。あんたが回してくる仕事で、楽に儲けようなんて思った俺が馬鹿だったよ」


 心底がっかりしたといった表情で、自嘲の意を込めてつぶやくクレイグ。

 気を取り直して、まずは目の前の男の力を借りることにした。


「だったら、あんたの所に今護衛に回れそうな人間はいないのか」


「うーん、いないことはないが、『雲裂塔クラウドブレイク』の追跡から逃げられそうな奴はいないな」


「それじゃ意味がないよな……」


「諦めるのはまだ早いぞ、クレイグ。『陽鍾塔ライズベル』の塔下町になら、それなりに目処の立つ粒が揃っているだろうよ」


陽鍾塔ライズベル』塔下町とは、物好きな自警団を有する町だ。

 彼らは己らの塔下町だけではなく、荒野の治安向上を目指している。周辺での犯罪行為を取り締まっているのだ。もちろん、それは塔が規定する自警団の仕事ではなく、その活動に対して賃金が発生しないにも関わらずだ。

 実際、効果はそれなりに出ているらしく、他の塔下町の周辺よりも無法者の野営地が少なくなっているらしい。


 そんな彼らの信念を、モーリスは買っているのだろう。俺としても、そこに疑問はないらしい。


「あそこなら、他所で人を探すよりは信頼できなくもないか……だけどな。人をかばいながら、そこまでどうやって向かえっていうんだ? 前金は今回の行程で用意した武器とか石馬にだいたい使っちまったし、その武器ももうこれ一本しかないぞ」


 空気塊の杖を取り出してぷらぷらと振って見せる俺を見て、エイブラハムが口惜しそうに答える。


「手元に金さえあればまたお願いするんですがな……今回ばかりは諦めるほかないですかの」


「いいや。前金は私が出そう。エイブラハム殿、報酬はいくら出せるね?」


 口を挟むモーリスは、普段とは打って変わって真顔だった。

 付き合いが長いとはいえ、時々しか顔を合わせない俺はともかく、常日頃から共にいるシンディーも、少し驚いた様子を見せている。

 彼女であってもモーリスのにやけ顔が引いた所を見るのは滅多にないらしい。


「そこまでお世話になるわけには……と謙遜したいところですが、お願いするしかありませんの」


「それでこそ、学者殿だ。で、どうする?」


「では、お言葉に甘えるとして、『雲裂塔クラウドブレイク』紙幣で五十、いや、七十の前金を借り受けとうございますぞ」


「ということは、報酬満額は二百十だな。この前金は別に貸し借りではないから、気にしないでくれ。私も気になるのだ、彼女が出土した意味を」


「かたじけない。感謝しますぞ」


「待て、なんだ。その二百十とかいう大金は」


 なんで俺に任せるはずの仕事の打ち合わせを俺抜きで進めていくんだ。

 モーリスはさも当然といった様子で枝を伸ばし、金庫をつかんで寄せる。

 こりゃ俺の意見なんて聞く気もないんだろうな。


「当たり前だろう。お前の師匠のところまで護衛を頼むんだからな」


「ああ。そりゃ妥当な額だ。ハハハ」




――




 二日後。


 モーリスから受け取った前金をふんだんに使って、俺は武器にできる魔道具ソーサリー・ツールの材料やら、保存食などを買い込んだ。今回は石馬を新しく用意する必要がなかったので、それでもかなり資金に余裕がある。


 めぼしい物は大体揃った。出発の準備ができたのだ。エイブラハムは張り切って、石馬へ物資の積み込みに励んでいる。

 

 セレンの『蕾』の過熱を抑えられる、土の魔力が染み込んだ紙……土吸紙も数枚手に入れることができた。

 しかし、俺が持っていたものより幾分か質が悪い物らしく、一回の過熱を抑えるのに数枚、悪ければ全て使い切っても抑えられない恐れがある。


 これは、あいつに教えないほうがいいな。

 土吸紙があると知れば必ず調子に乗って、またあの爆弾を使おうとするだろう。

 幸いなことに、彼女の新装は背中のスリットから『蕾』が丸見えになっているので、状態を把握するのに難くない。

 当のセレンは、何やら考えているようで唸っている。


「どうかしたのか?」


「んー……本当に、こっちに進むの?」


「なんだ、不安でもあるのか」


「テント張って寝てた時に、考えてたことなんだけど」


「本当に考えていたのか」


「考えてたよ。なんだかね、近くに妹がいるような感じがしてたんだ」


「お前に妹がいるのか」


「三人いるよ。私長女だよ」


「うーん、お前が長女か……」


 どうせ、下の子がしっかりしてるパターンなんだろうな。

 うちはそうでもなかったが、地元にはそういう兄弟がちらほらいた。


「で、近くに居そうな子は次女なんだけど、やっぱりこっちに行くと近づくことになるの」


「都合いいじゃないか。長いこと会ってないんだろ? せっかくなら、会えるといいな」


「ううん。ただ、前別れた時、ちょっと喧嘩しちゃっててさ……」


「ああ。じゃあ、なおさら会って、仲直りしないとな」


「……うん!」


 元気よく放った返事とは裏腹に、それきり表情を曇らせてまた唸りだしたセレン。

 よほど気まずい喧嘩の仕方でもしたのだろうか。


 兄弟達と対して大きな喧嘩をしたことがない俺にとっては、少々想像しづらいことだった。

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