鬼人アンヘリカ
「私が鬼人だったら、何か不都合でも?」
両側頭に黒い巻き角が生えている、鬼人の女性は銭を懐にしまいつつ、訝しむ様子を隠そうともせず俺を睨む。
「いいや、その真逆だ。俺達は鬼人の里に用があるくらいでな」
「へえ。どんな用なのか知らないけど、相手にされないと思うよ。第一、お前らにとってあの辺の気候は毒だろ」
「承知の上だ。少しでも可能性を上げるために、友人に書簡を用意してもらった。せっかくだから聞いておこうと思うが、あんたはパトリックという男を知っているか?」
「外に居着いた鬼人に世話でも焼いたか? 同胞とはいえそんな奴の言葉にも耳を貸すとは、……パトリック? パトリックだと!」
確認するように名前を呟くと、鬼人の女性ははっとして目を見開き、食い入るように復唱した。いくらか地面を見つめると、己を取り戻したのか、数歩下がる。
「その反応、パトリックは旅の鬼人になんらかの世話を焼いたそうだが、あんたもその口か? その気さえあれば、里まで案内してもらえないだろうか」
「ああ、前の旅では奴に世話になった。……いや、だからといって、鬼人でもない人間を里に連れ込むわけにはいかない」
「それについては心配いらない。そのためのこいつだ」
俺は取引が済んで以降、地面に投げ置かれセレンに一本ずつ棘を抜かれていたドライヤマアラシを掴み、見せつけるようにして前へと突きだす。
「こいつのたてがみを使った
「
「どうだ、引き受けてもらえるだろうか」
鬼人の女性は腕を組みつつ顎を触る。少し唸りつつ何かを呟くと、次第にクレイグの目を見据えた。
「いいだろう。そのマスクとやらができたら出発するぞ」
「そうか、恩に着る。そうだな、あんたの名前は? 俺はクレイグだ。こちらが学者のエイブラハム殿。で、こいつがセレン」
「アンヘリカだ」
クレイグは目の前の鬼人、アンヘリカと、己の運の良さに感謝しつつ、各人を指さしながら彼女に軽く紹介した。
「出発は早い方がいい、早速取り掛かろう。その間、腹を空かしてるならこいつの肉を食っててもいいぞ」
「いらん」
聞きつけて目を輝かせそのまま齧り付こうとしたセレンを俺は制止しつつ、アンヘリカの返事を聞くまでもなくドライヤマアラシからたてがみを抜き始める。
だが、その手際はアンヘリカから見ると少々雑なものだったらしい。
「……見てられないな、寄越せ」
「なんだ、やっぱ食うのか?」
「黙って寄越せと言っている!」
アンヘリカはドライヤマアラシを俺の手からひったくると、代わりにたてがみを抜いていく。俺がやるよりずっと素早く、ドライヤマアラシは見る見るうちに禿坊主となった。
「おお、さすがは鬼人か。慣れてんだな」
「このくらいは、子供にだってできる」
相変わらず俺を睨みながらも、アンヘリカは長い棘を丁寧にまとめて寄越した。
鬼人達は、部族単位で狩りを生業としている一族だ。さて、読み書きを習わせ始めようか、といった年齢の子供でも兎程度なら仕留められる程には技術を仕込まれているらしい。
故に、俺と一つや二つも変わらないアンヘリカほどの年齢であれば、獲物の解体などあまりに手慣れた作業と言えるのだった。
たてがみを傷ませることなく見事に抜き揃えたのを見て、俺は思わず感心するとアンヘリカに感謝を告げ、
掌に収まる程度の小瓶に、ドライヤマアラシのたてがみをはじめとする材料を詰め込む。ちなみに、今回用いた材料は滝石とナメタケ、苔だ。
顔の下半分を覆える程度の布をこしらえ、その中央に瓶を提げる様に取り付けていく。
それを三回繰り返したところで、製作作業を終えた。
「よし、これで終いだ」
「もう済んだのか? そんなんで大丈夫なのか?」
「念のため、毒素が薄いところでテストはする。だがまあ、この出来なら大丈夫だろう」
「ふーん。だったら、もう向かうか」
その声を受けて、俺はセレンの方を見る。
製作の時間を利用してドライヤマアラシを炙っていたのだが、それが骨格標本でも組み立てられるのではないかと言えるほど綺麗に食べ尽されているのを確認すると、俺は腰を上げる。
「そうだな。では、よろしく頼んだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます