ヤマアラシ荒らし

「くそ。やっぱり、あっちの方に行きやがったか」


 弩による初撃が外れたこと。あれは狙いが悪くて外れたわけではないらしい。こちらと己の獲物との距離を考慮しての一撃だったのだろう。せっかく獲物を仕留めても、拾得できなければ意味がない。

 それ以降のボルトはドライヤマアラシを近くへと誘導するべく、正確な地点へと撃ち込まれていた。


 森に慣れないエイブラハムやセレンを連れていることも、俺の焦りに繋がっていた。普段一人で行動している時よりも、音や気配に気を配らなければならない。

 ましてや、相手は野生動物だ。そこらの人間よりも警戒心はすこぶる強い。

 そうして移動にもたついてる間にも、どんどんドライヤマアラシは遠ざかっていくのだ。


「くそ、毛と草の色が紛らわしい。どっちにいった?」


「あそこ! 屈んで震えてる」


 草木の間を指し示すセレン。そちらに顔を向けた俺は、簡抜置かずに空気弾の杖を向けるが、今度もボルトに先手を打たれる。

 幸い、セレンは動体視力も優れているようで、ドライヤマアラシを見逃すことはなかった。しかし、落ち着いて目標を狙撃できるポイントに留まらせることができず、未だ状況を打開できずにいる。


「巧みな射撃ですな。奴のもとに獲物がおびき寄せられ切るのも、時間の問題ですかな」


「本職には敵わねえってか?」


 だが、俺達だって譲れないんだ。

 俺達にはメガロイグナの最果てへと赴き師匠に会うという目的がある。だから、ここでドライヤマアラシを、ドライヤマアラシのたてがみを逃すわけにはいかない。

 しかし、いくら確固たる意志を持っていようとも、覆しようのない経験の差が、次第にドライヤマアラシを遠くへ、遠くへと追い立てていった。

 

 ドライヤマアラシが浅い川を渡り切ったと同時に、その身にボルトが突き刺さる。息を大きく吸い込むような顔をした後、その場に倒れ込んだ。


「ふう、仕留めた。こいつは小金になるから欠かせない」


「待ってくれ!」


 大人の上半身ほどの大きさがある弩を携えた、声色からして女性であろう人物が藪から姿を現した。彼女はひょいっと弩を背負うと、針を避けながらドライヤマアラシの亡骸を担ぐ。そして川に沿って歩き始めようとしていたところを、俺はは呼び止めた。

 女性は狙撃のため、浅くかぶっていたローブのフードを深くかぶりなおすと、足を止めて振り返った。


「今回こいつは、私のものだ。あんたらも狩人なら、わかるだろ」


「それが俺たちは狩人じゃないんでな」


「……へえ」


「あんたは狩人なんだろ? だったら、そいつを売ってくれ」


 ドライヤマアラシを足元に落とし、背中の弩に手をかける女性。警戒を抱かせてしまったようだが、俺は悪びれず商談を持ち掛けた。

 その言葉を受けて、女性はゆっくりと弩を再び背中に担ぎなおす。片手をクイクイと動かして手招きした。


「……『紅鏡塔ミラールージュ』銀貨で五枚だ。受け入れる気があるなら、こっちまで渡ってこい」


 やっす。

 即座に足を踏み出し、川の水で足元が濡れることも構わず、その半ば程までたどり着く。それを見た女性は再び弩を構え直す。


「そこで止まれ!」


「なんだ」


 俺は川の真ん中で足を揃えて手を腿に添え、ピタリと止まる。女性はその様子に力が抜けかけたのか、弩を構える腕が少しぶれるもすぐに調子を整えた。


「気が変わった。『紅鏡塔ミラールージュ』銀貨で十枚だ。飲めないならそこで引き返せ」


 素直に足を止めていたが、女性の十枚と言う発言に合わせて、彼女が喋り終えるまでに再び歩み始めた。


 ちなみに、一匹丸々のドライヤマアラシの相場は『紅鏡塔ミラールージュ』銀貨で言えば、大体二十枚程度が相場である。その『紅鏡塔ミラールージュ』銀貨の価値は、『千重塔サウザンド』紙幣と比べれば微々たるものだ。クレイグが取引を躊躇う理由はなかった。


 本人としては吹っ掛けた値段のつもりだったのか、女性は一歩後ずさる。

 しかし、川岸に到達した俺が銀貨を詰めた袋を投げて寄越すのを見ると、クレイグの方をちらちらと睨みつつそれを拾っては中身を数えた。

 枚数が一致することを確認すると、ドライヤマアラシの亡骸をクレイグに向け片手で投げつけた。


「ひい、ふう、みい……確かに十枚あるな。じゃあ受け取れ」


「よっしゃ」


「これで旅の資金ができた。恩に着る」


「……その角、鬼人か?」


 飛んできたドライヤマアラシの亡骸を両手で受け止め、思わず一息吐く。女性はフードを下し、俺達を真っ直ぐ見据えながら礼を言った。

 露わになった女性の頭から生える、二本の黒い巻き角を目にした俺達は、驚きを隠せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る