師匠もびっくり

「いやぁ、でかくなったじゃねえの。まさか生きてる内にまた会うとはなぁ」


「俺だって仕事じゃなきゃ、会いに来るつもりはなかったさ」


「仕事だ? お前が一丁前に護衛なんかやってんのか!」


 メガロイグナ北端、断崖の岩壁に掘り出された室内。

 大きく口を開けて笑いながら、かりん糖みたいに細く真っ黒な腕で俺の頭を擦るこの老人の名はアルフ。

 何故生きて動き回れるのか、わからないくらい貧相な体躯を持つこの人こそ、俺に魔道具ソーサリー・ツールの知識を叩き込んだ師匠だ。

 当時成人すらしていない子供だった俺に、たった一度の焦熱期だけでとりあえず食っていけるだけの力を着けさせてくれた。

 その実力がどれ程のものなのかなど、俺如きに計り知れるわけもなかった。

 

「わざわざこんなとこに来たがったのは、お前さんかい」

 

「いかにも。エイブラハムと申しますぞ」


「その歳でご苦労なこった」

 

「言われるほどの苦労はしていませんぞ」

 

「ふーん? 強がりおってからに」

 

「そうでもないぞ。これは土産ついでだが」

 

 この爺さんは往々にして、自分を棚に上げる。己より年下であろうエイブラハムを老人扱いしていることについていちいち食って掛かっていれば、時間がいくらあっても足りない。

 それを師事を通じて理解していた俺は歯牙にも掛けず、青龍の宝玉をよく見えるように掲げる。

 

「……ハアッ! お前が何故それを持ってる? どこで手に入れた? 青龍しかねえか!」


「これを少し削ったのを原動機に使ったら、日差しの影響をほぼ受けずに移動できた」

 

「削っちまったのかよ! 勿体ねえ」

 

 宝玉を目にした途端、疑問を畳み掛けてきたと思えば自己完結する。

 俺がアルフの質問に答えたことは、ほとんどない。彼の内にある膨大な知識が、俺の反応を待つ前に回答を出してしまう。

 本人が言うには、俺がした程度の経験くらいなら予想が着くのだとか。じゃあいちいち質問すんな、と当時の俺は思ったものだ。


「で? エイブラハムよ、お前さんは何の用があってここに来た?」

 

 アルフは俺から宝玉を受け取りつつ、エイブラハムを見遣る。珍しく、答えを待っているらしい。

 さすがに比較的歳が近いエイブラハムでは、俺の時と同じようにはいかないらしい。

 

「アルフ殿には、あの子が背負う魔道具ソーサリー・ツール、『蕾』を見てもらいたいのですな」




―――




「こりゃあまた、なんつう物を……姉ちゃん自身は生身に違いねえし……ま、大凡『千重塔サウザンド』製だろうな」


「セレンは『千重塔サウザンド』出身ではないと言っているんだが」


「どうせ、内部では俺達が呼ぶのと違う名前で通ってるんだろ。それぐらいしか思いつかねえや」


 なるほど、そういう解釈もありか。アルフにも知らないことがあったとは。投げやりに言い放つアルフを見て、何故だか感心すら覚えてしまう。

 セレンは大人しく座り込んで、背中を向けている。それに対して腕を組んで唸っているアルフの姿を見るのは、俺にとってかなり新鮮な光景だった。

 

「坊主。お前はこれ、なんだと思う?」


魔道具人形ソーサリー・ドールの原動機だろ」


「それぐらいか? 他に見当は付かないか?」


「いや……」


 何度考えても結論が出なかったことだが、師匠の手前、少し考える素振りを見せてから答える。

 アルフが質問して自己完結しない場合、相手を試している。

 つまり今回は俺を試していることになるが……、無茶振りはやめてほしいもんだ。

 

「コラァ!」


「うおっ」

 

 アルフが拳をこちらに向けて突き出すと同時に、俺の頭が衝撃で揺れる。拳から出た魔力に押し出された空気によるものだ。

 

「急に何しやがる」


「忘れたのか? 壊れた炉見せてやっただろ。あれそっくりじゃねえかこれ」

 

「……あっ」


「あっ、じゃねえよ」


 もう一発、拳が飛んでくる。今度は身構えることが出来たので、声は漏れない。

 言われてみれば確かにそうだ。塔の増築資材を魔力から作るために使われる魔道具ソーサリー・ツール、魔力凝縮炉の構造に近い。

 かといって、なぜ気づかなかった、などと言われる筋合いはない。

 まず、『狐灯塔フォックスランプ』での増築作業員をやめて以来、魔力凝縮炉に触れる機会すらなかった。

 そんな人間に、そもそもが巨大な物という認識が一般的である魔力凝縮炉と、人の背中に収まるような大きさの『蕾』を結び付けて考えろという方が無理がある話だ。

 

 言い訳がましくいろいろ理由を探していることに、なんだか後ろめたくなってきた俺は、なんとなくセレンの方に目を向ける。その表情は、悪戯が見つかった子供のような、何故か諦めを感じさせるものだった。

 

「……えへへ」

 

「セレン? どうした」

 

「どんな場所にも炉って、あるんだね。こんなところにまで逃げてきたのに」


「姉ちゃんもご苦労なこったな。そのサイズで動くんだ、その『蕾』とやらには、相当上等な幻獣の素材が使われてると見える。そんなもんぶら下げてりゃ、狙われもするわな」


「お爺さん詳しいね」


 セレンはおもむろに立ち上がり反転。岩室を出ようとしたところを呼び止める。

 振り返らず、顔を背けたままセレンは受け答えする。

 

「おい、どこへ行く」


「ごめんね。助けて貰うだけ貰っておいて、いざとなったら逃げ出して」


「そうか。達者でな」


「えっ?」


 引き留めてでも欲しかったのか、セレンはすぐさま振り返る。

 だがエイブラハムが何も言わない辺り、俺に引き留める理由はない。


「どうせ、外は双陽だしな。絶対に追いかけられない訳じゃないが、行くなら止めないぞ」


「逃げて追われないのって初めてかも。……だけど、なんだかすっごいむかつく!」


 勝手に出て行こうとして、怒るなよ……。

 不貞腐れたように座り込んであぐらをかき、頬杖をついている。

 

「すまんな姉ちゃん。流石の俺でも、こいつに女心までは教えてやれなかったからな」


 風に吹かれたようにアルフはセレンに近づいて、羽毛の団扇で頭を撫でてやる。

 それが心地よかったのか、セレンの頭は団扇が動くのに合わせて、吸い寄せられるように付いていく。


 俺もなんだか、懐かしい気持ちになる。俺が珍しくアルフの期待に応えられた時、ああやって団扇で頭を撫でられたものだ。

 

「はああ。なんだか馬鹿らしくなってきちゃった。どうせウチは飛んで行っちゃったんだし、どっしりと構えていればいいや。んんーーーっ」


 すっかりいつもの調子を取り戻したらしく、両腕を上に延ばして伸びているセレン。

 お前がやけに神妙な振る舞いをしていたら、こっちまで調子が狂う。

 俺の方までなんだか気が抜けてくると、エイブラハムがなんだかとんでもなく驚いたような形相をしていることに気付く。

 

「……セレン殿、今、『ウチが飛んで行った』と申されましたかな?」


 その言葉にアルフが続いて目を剝く。

 爺さん方が揃って一体、どうしたって言うんだ。


「あ、うん。言ったよ。その為に私達の蕾が必要だったはずだったんだけどね」


 ……それはつまり、塔が空に飛んで行ったということか?


 いくらなんでもどんくさいに過ぎる。

 俺は今日この瞬間程、自分の鈍さを恨んだことはなかった。

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