拍子抜け

「……学者殿」


「いえ、モーリス殿に世話を都合していただいた手前、依頼を取り下げることはありませんぞ。彼女の処遇の件もありますしな」


「奴に気を遣う必要はないぞ」


 こいつ、『千重塔サウザンド』とはまるで無関係だというのか?

 ここにきて、俺とエイブラハムは目標としていたものの根幹が揺らぎ、思わず絶句する。


「どうしたの? 二人とも、顔が怖いよ」


 今後を相談している俺達を見て、情けないくらい目尻を下げておろおろとするセレン。

 辛気臭い気分ではいたが、こいつに気を遣わせてしまう程だったとは……。

 そんな雰囲気を払拭しようとでもいうように、エイブラハムは青龍の宝珠をこちらに差し向ける。

 

「なあに、彼女の出身がどこであろうとも、『蕾』の謎が解けたわけではありませんからな。せっかく便利な物が手に入ったわけですし、せっかくなら師匠殿の元まで訪ねてみましょうぞ」

 

「そうか。俺としては助かる」


 流石は学者殿だ。例え門外漢だと言えども、多少のアクシデントがあろうとも、一度興味を持ったものには目がない。

 地質学者のくせに、魔道具ソーサリー・ツールらしき『蕾』に大金を叩いてでも執心する。

 少しばかり引っ掛かるところはあるが、そういうものなのだろうとここは飲み込む。

 なんせ、大金が掛かっているのだ。どうせこんな稼ぎ方をしてしまえばあぶく銭になるだろうが、それで構わない。依頼者が良いと言っているならそれで良い。異論を唱える必要なんてどこにあるのだろうか。

 

「よし。そうと決まれば、早速出発しよう。できるだけ焦熱期の開始丁度に到着を合わせたいしな」


「左様ですな。塔もととの往復が早く片付いたのは助かりましたな」


 俺はポンと手を叩いて出発を切り出す。乗り気なエイブラハムを見たセレンは、こいつなりに安心したのだろう、ほっと息などを吐いている。

 

「ということは、私の仕事も終わりだな。気が向いたらまた里にも来ればいい。私が不在でも、それなりに歓待はして貰えるだろう。手土産さえ持ってくればだが」


「ああ、そのうちな」


 アンヘリカに報酬金を支払い、別れを告げる。こういった支払いは前金からだが、受け取った額からすれば端金だ。

 長かった仕事も、もうひと踏ん張り。ようやく終わりの兆しを見せた。

 終われば久しぶりの酒が待っていると思えば、特に気負うところはなかった。

 

 

 

―――




「はあ、退屈ー。ちょっと外散歩してくるね」


「目印の場所、忘れんなよ」


 出発から四日程が過ぎた。

 テントから飛び出していくセレンに目もやらず、これまでに幾度遊んだか分からないカードを片付けてはまた別の盤を用意するエイブラハム。

 目印と言うのは、テントの外に出してある石馬のことを指している。

 こんな時期に塔下町の外をうろついている奴など、滅多にいない。それは野盗共にも同じことなので、露晒しにしていてもなんら問題はない。だから時たま外に飛び出していくセレンの為に、外に放り出しているのだ。

 

 双陽の発生時間はまだ短く、この四日間の平均で一時間に届かないか、と言ったところ。

 透過遮光幕のテント内の気温は、三十四度。 

 外気温が六十度を超えていることを考えれば、天国のような環境だ。

 実際、気温に対して多少の耐性がある火人種に産まれた身としては、このくらいの温度なら適温の範疇を脱さない。

 

 前回の焦熱期越えが馬鹿らしくなってくる。

 もちろん、当時は幻獣由来の道具などに頼れるわけもないのだが、これほど快適な環境を手にした今となっては、そう考えざるを得なかった。

 

「この行路、想定よりもずっと楽ではありますが、やはり時間がかかりますな」

 

「気温が落ち着くまでも時間を取らないといけないしな。まあ次第に出られるさ」

 

 エイブラハムは盤上の駒をパチリと動かした。続いて番が回ってきた俺も、駒を動かす。

 駒の台座でエイブラハムの手駒を盤外へ押し出した途端、エイブラハムの顔色が変わる。

 

「ムォッホ!」


「あっはは。爺さん方はこういう遊びがうまいもんだと思っていたが」

 

「ううむ……、待ったは効きますかな?」


「構わない。何の賭けもしてないし」

 

 こうしたやり取りも何度したことだろうか。

 エイブラハムは、こうしたボードゲームの類をしたことがなかったらしく、俺が持っていたものをやらせてみたらそれがまあ、ハマったようだ。

 その腕前は初心者らしく散々なものだった。

 

 だが、師匠の住むメガロイグナ北端にたどり着いたころには、俺に若干負け越す程度には実力を挙げていた。

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