「こりゃあたまげたな。まさか『千重塔サウザンド』ってのがそこまで出鱈目なんてなあ」


「まさに、次元が違いますな……」


「往年の崩壊も、自発的なもんか。そりゃ、徒で崩れるような塔ではないと思っていたがね」


 各地で塔が伸ばされる理由はただ一つ。空に浮かぶ二つの太陽、どちらでもいい、片方を破壊することだ。

 『千重塔サウザンド』程の高さでも到達できなかったその領域は、同塔の崩壊を以って甚だ不可能なことと断定され始めていたが、なんだか彼らなら可能にしてくれそうな気がしてくる。

 知識や経験に富んでいるはずの爺さん方でさえ、なんだか感心し合っているくらいだ。

 

 そういうことになると、新しく気になる点が生まれる。


「お前らの『蕾』が必要だってのは、どういうことだ?」


「そのことね。これ、麒麟さんの角でできてるんだけど」


「いやいやいやいや」


 麒麟の角だと? 師匠の元にたどり着いてからというもの、明らかになることが多すぎて付いていけない。

 そもそも、麒麟の角は皮膚に覆われており、瘤の様になっているものだ。活用しようとするには、皮膚を引っぺがして抜き取る他にない。そんなことをしてしまえば、幻獣である麒麟とてひとたまりもないだろう。

 出くわすことすら難しい麒麟を、あまつさえ捕まえてしまえる程の技術力。

 正直、『雲裂塔クラウドブレイク』でさえ足元にも及ばないだろう。エイブラハムでさえ顔が引きつっているのを見るに、俺が受けた印象はより裏付けられる。

 

「麒麟の角が使えるなれば、魔力凝縮炉の出力も相当上がるだろうな。だとすると益々分からねえ。なんで最初から炉の増強に使わなかったんだ?」


「それは、私の病気のせいだね」


「お前病気すんのか。お前がか」


「なんでそこに驚くの!?」


 なんとかは風邪を引かないはずだ。能天気なほど元気なこいつが、ましてや風邪どころか、病床に臥せている姿など想像できようにもなかった。 

 恨めしそうな視線をこちらに向けつつ、セレンは持病の詳細を明かす。

 

「生まれつき濃い風の魔力を取り入れてないと、体の細胞が機能しなくなるっていう体質でね。しんどい時は、息もし辛かったよ」


「ああ……生来の病か。姉ちゃんも苦労してんだな」


「サイボウ?」聞き慣れない単語を耳にしたことで、俺は思わず反射的に復唱する。


「小さい部屋みたいなもので、それが集まると肉や臓器になるよ」


「へぇ」


 また聞いたこともないような症状だが、確かに難病なんだろうな、と俺は思う。

 火の魔力でしか動作しない一般的なものとは違い、唯一風の魔力で増築資材を作ることが出来たという『千重塔サウザンド』の魔力凝縮炉。

 かの塔がかつて最高度を誇っていたのは、風の魔力が漂う地、メガロシュトロームにおいて競合相手もなく悠々と増築することが可能だったから、と言われている。

 そんな環境では必然的に風の魔力は薄くなってしまうのだろうな、と簡単に予想がつく。

 

「お母さんが私の病気をどうにかする為に、お父さんがくれたっていう角を使って、蕾を作ってくれたんだよ。それに後から、ウチの炉を管理してた人に目を着けられたってわけ」


「そういう事情があってのことか。妹たちも同じ病気なのか?」


「ううん。あの子達は、そもそも蕾が本体というか、なんというか」


「はあ?」


「後から蕾を付けられた私とは違って、あの子達は蕾から生まれたから。それを炉の材料にされちゃったら皆死んでしまうの。だから皆して逃げてきたって訳」

 

「原動機が人を作れるというのですかな……」

 

 考えもしなかったようなことが多すぎて、いい加減頭がこんがらがってくる。

 だとしたら……。明らかに回転速度が落ちているような実感がある頭をなんとか働かせ、疑問を絞り出す。

 

「じゃあ、もうお前達が逃げる必要なんてないんじゃないか?」

 

「え、なんで?」


「えーっと、そうだな。お前のウチには、風の魔力が多少なりとも漂ってたか?」


「うん」 

 

「ならやっぱり、お前のウチってのは『千重塔サウザンド』だな。ここらメガロイグナの塔じゃないなら間違いないだろう」

 

「むう、そういうことにしておくね。で、何でもう逃げなくていいって思ったの?」


「飛んで行ったっていうなら、太陽壊す算段は既に立ってるんだろうし、もうお前らに用はないんじゃないか、と思ってな。回収も手間だし」


「……」


「……」


「そうじゃん!」


「ええ……」




―――




「そろそろ出る。師匠、本当に助かった」


「構わねえよ。こんなもん持ってきたなら、質問くらいなんぼでも答えてやるよ。少々削れてるのは残念だが」


「でしたら、私が受け取ったものがありますが」


 アルフは青龍の宝玉を握りながら、歯を見せながら笑っていたが、エイブラハムが掲げた美品を目にした途端、血相を変える。魔法でお互いの宝玉を浮かせて、強制的に交換した。


「そんなもん、何に使うんだ」


「冷房だ。別に傷物でも効き目に変わりはないが、丸ごとなら多分俺の方が先におっ死ぬ」


「……ああ、そうだろうな」


 思っていた以上にくだらない使い道で、なんだか落胆すら感じてしまう。

 大魔術師と名の通っているアルフが幻獣の素材で作る魔道具ソーサリー・ツールだ、一体どんなものを作り出すのだろうか、と無意識ながら勝手に期待してしまっていた自分が悪いのだが。


「今日は最高の日だ! また来いよエイブラハム。俺が生きてる内なら相手してやる」


「その事ですが……どうしてアルフ殿は、この地を離れられないんですかな? ここでさえなければ、また伺い易いのですがな」


「あー……」


 次々と表情が変わる人だ。急にばつが悪そうに頭を搔き始めると、もごもごと喋る。

 アルフがここにとどまり続けている理由は俺も知らない。黙って聞き耳を立てる。

 

「若気の至りだ、昔に臓器をいじくっちまってな。若いうちはよかったが、今ではこの辺くらいに火の魔力が濃い場所でも、双陽が出てなきゃ目覚めてることもできねえ」


 短い発現だったが、合点がいった。

 太陽には、火の魔力を活性化させる性質がある。双陽が出ているときはその分強く活性化されるので、今アルフが目覚めていられるのはその恩恵だろう。


「そういうことでしたか」


「あっはは。お爺さん、私と同じだね」


 セレンがアルフを見る目は優しい。奇しくも己と似たような症状の病を持つ老人に、仲間意識を感じずにはいられなかったのだろう。


「じゃあ、またな。師匠」


「おう」




 長かった仕事もこれで終わりだ。


 やはり青龍の宝玉による魔道具ソーサリー・ツールで日差しを弱めつつ辿る帰路。

 脇道に横たわる白骨遺体を目にしていると、やはり当時子供だった俺がメガロイグナ北端を目指す移動キャラバンに加わり、ここまでたどり着けたのは奇跡だったのだろうと改めて実感する。

 

 こういった移動キャラバンは、師匠の教えを当てにした人間達が金を出し合って編成することがそれなりにある。

 俺もそれに乗せてもらったというわけだ。もちろん、大人達と同じだけの金を出した。当時は今時よりも参加者が多かったので、一人頭の額が少なくて済んだのだ。

 

 道中では人が次々に斃れた。俺よりも少し年上の、正に双陽を超えるのに最適といった年齢の若者であろうと例外はない。

 結果的にたどり着いた同期生と呼べる人は、六人程だった。

 

 それを考えると、双陽の気温に苦しまず、こうして五日ほどでこの北端から『穏火塔トーチ』まで移動ができるというのは、不思議という他になかった。

 

「クレイグじゃないか。久しぶりだな」


 モーリスは意味もなく枝を伸ばす。伸ばし方に規則性は感じられない。

 これも、本人にとっては意味がない訳ではないらしい。体をうまく動かせないモーリスなりのボディランゲージだそうだが、俺にはやはり無駄にしか感じられなかった。


「報酬はもう受け取ってる。報告はこれで終わりでいいか?」


「『蕾』のことをまだ聞いていないぞ。茶でも飲みながら待っていたまえ」


「うむ。そのことは私から説明しましょうぞ」


「ありがたい」


 エイブラハムは簡潔にセレンやアルフから聞いた事実を述べる形で、モーリスに説明した。

 その間、セレンは倉庫にいた。アンヘリカと背が並んでいたのは錯覚ではなく、どうにも急激に成長していたらしい。服のサイズが合っていないのはもはや歴然としていたので、喜々としたシンディーにああして倉庫に連れていかれたという次第だ。


「なるほど! これは素晴らしい。流石は大魔術師! 『千重塔サウザンド』の遺産!」


 普通の人間なら塔が飛んでるとか、原動機から人間が作れるとか聞いたら引くだろうに、この男はそれどころかこちらが引くほどに喜んで見せた。

 エイブラハムは実際に引いているが、俺にとってはよく見る光景だ。だから構わず話を進める。

 

「という訳だ、俺はそろそろ行かせてもらうぞ。さて、あの酒場、今やってるかな……」


「ううむ、セレン殿は酒はいける方なんですかなあ」


「ああ? なんでセレン?」


「……まさかとは思うが、クレイグ。依頼の内容を把握していないのか?」


「え?」


 何の気なしに、懐から今回の依頼書を取り出す。調査助手ついでの護衛の件ではなく、師匠の元までの護衛の方だ。報酬金の詰まった封筒の奥に丸まっていた。

 詳細に上から目を通していく。そして、その中に「依頼終了後、セレンの身柄は甲が引き受けるものとする。」と書かれた項目の存在に気付いた途端、血の気が引いたような感覚が襲い掛かってくる。

 

「……」


「わかっていなかったのか……」


「考えても見てくださいな。私がセレン殿を連れて帰れるわけがありませんでしょうに」


「……はは、はっはっは。それもそうだ。あはは」


 俺はしばらく乾いた笑いを続けることしかできなかった。

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