落ちた彼岸花

「いけない!」


 セレンは項垂れたクレイグの体を抱えて、石馬を蹴って飛び跳ねる。

 石馬は態勢を崩したもののすぐには足を止めず、数十メートルほど先で停止した。

 

 エイブラハムは岩陰から、気絶したクレイグを地面にゆっくりと伏せるセレンを見据えている。回収の機を窺っているのだろう。

 

「アリュー。やっちゃいけないことの区別は教えてたと思うんだけどな。あなたが恨んでるとしたら、私でしょう? なんでクレイグが焼かれてるの?」


 アリューの顔が青褪める。ただでさえ、蕾の暴走による負担に耐えているのだ、元より悪かった顔色に拍車がかかる。

 真顔でアリューを睨みつけていたセレンは、何かに気が付いた様子で片眉を上げる。

 

「……あなた、ちょっとおかしいみたいだね。いいよ、取り除いてあげる。ちょっと辛抱しててね」

 

 その手にスズラン爆弾を乗せたセレンを前に、アリューはただ、狼狽の表情を浮かべるだけだった。

 だがそれに反して、彼女は豪快に地面へ大鈍亀の上半身を投げ捨てると、両掌を突き出す。

 

 アリューは表情を引きつらせるばかり。さながら本心では撃ちたくないのだと語っているかのようだ。

 だが光は放たれる。セレンの体を掠める光。その部分の服が焦げ散り、肌には炭がこびりついている。

 

「アッツ、さすがの力だね」


 セレンが背負う蕾が開き、緑の蛍光が溢れ出てくる。彼女の蕾も暴走の兆候を見せている。

 成長できたとは言え、体に多少なりとも負担がかかっていることは間違いないだろう。しかし構わず手にしたスズラン爆弾を宙に浮かべると、続けて複数取り出す。

 

 七つほど宙に浮かんだところで、スズラン爆弾は円陣を組んでアリュー目掛けて飛来する。

 対するアリューも掌で円を描くようにして迎撃を試みる。だが不規則な動きでスズラン爆弾は光を躱し、四つほどがアリューの元に肉薄する。

 

 堪らずアリューは足に魔力を込めて、投げ飛ばされるように飛び退く。

 地に足を着けるまでに掌を振ってスズラン爆弾二つを薙ぐ。残る二つは、左右から着地を狙うようにして迫る。アリューは地面を踏みしめた後、腕を交差させてそれらに掌を向けて撃ち落とす。

 

「かわいそうに。動けないはずの体を無理に……もう終わるからね」

 

「ハアッ、ウウウウウ」


 悲鳴を吐いたアリューは膝をつく。もはや光など出している場合ではない様子だ。そこへ容赦なくアリューにスズラン爆弾の第二波が殺到するが、彼女にそれを撃ち落とす余裕などなかった。

 

 初めに、衣服が消し飛ぶ。爆風は衣服だけに留まらず、熱がアリューの肉を蝕む。いくら蕾による並外れた耐久力を持つ魔道具人形ソーサリー・ドールである彼女でも、繰り返される爆撃は耐えがたい。

 

 次第に頭を守る腕の骨がむき出しになる。むき出しになった骨も赤熱化の様相を見せ、溶け出した液体が地面に垂れる。

 最早胸部も削げ落ち始め、蕾と体を繋ぐ管が露わになった。その管には、輪が結ばれていた。


「やっぱりだ。そんなところに仕込むなんて、無茶をしてくれるね」


 それを除去するためとは言え、己がとった手段の強引さも棚に上げてセレンは文句を零す。

 倒れたアリューのもとに走って近づいたセレンは、その輪を引きちぎる。

 

「はあ……お姉さま、ごめんなさい……」


「いいの。苦しかったろうに、よく耐えたね。偉いよ」


 セレンは両の腕では爆風を庇い切れず、ぼろぼろになったアリューの頭を膝に乗せて撫でてやる。

 アリューの蕾から、もはや火花は飛び散っていない。完全に機能を停止しているらしく、彼女の体を維持する機能にも影響が出始めていた。

 

「お姉さま、わたくしの……蕾を、どうか」


「わかってる。ちゃんと仕舞っておくから」


「ありがと、ございます」


 息も絶え絶え、礼を告げたアリューの体は崩れ落ち、蕾を残して消え去ってしまった。

 アリューの蕾を掌に乗せたセレンは、辺りをきょろきょろと見回す。

 

「あれ、クレイグは?」


 離れた地点で道草を食っていた石馬を捕まえて、牽引しながらエイブラハムが居たところへ向かう。

 

「……おお、セレン殿。お疲れ様でしたな」


「ヒッ、セレンさん」


「ううっ、えへへ……」


 二人の引きつった顔を見て、ようやくやり過ぎたことを悟ったのか、セレンはばつが悪そうに頭を掻く。

 

「えっと、クレイグはどこ? あなた達が拾ってくれたんでしょう?」


「いや、我々は近づけませんでしたのでな」


「ええっ、どうして!?」


「あなたの爆風が厳しすぎて……すみません」


「あ……うーん、ごめんなさい」


 セレンは食い気味にエイブラハムに迫ったと思いきや、すぐにしょぼくれる。

 だが目はそこら中に向け、動いていた。

 

「え、だとしたら、どこにいるの?」


「シア殿のような方が、拾っていかれましたな。追いかけることも敵わず、申し訳ない」


「ううん、謝らないで。あの子も近くにいたんだ……って、近づきもするか」


 彼女ら姉妹は、お互いの気配をなんとなく察知する術を持っている。

 二つの気配が集まっているところがあれば、接触を目当てに近寄ってきてもおかしくはない。

 セレンの思考もそこに落ち着くと、彼女は新たな疑問を口にした。

 

「あの子がどうして、クレイグを連れて行くの?」

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