光線

 偵察型の大鈍亀の目に光が灯る。己に向けて突撃してきた俺を見て、警戒の要有りと判断したのだろう。

 背負った甲羅から生えた一門の火砲をこちらに向ける。狙いを定めかねているのか、今のところは発射される気配はない。

 

 ならば、もたついている間に蹴りをつけさせてもらう。

 俺は朱雀の杖を起動させる。握った手から微弱な魔力の信号を受け取ったと同時に、杖の先端から赤の光芒が溢れる。

 

「おぉ~、綺麗」

 俺の後ろに座るセレンは抑揚もなくそう呟いた。

 

 光芒は稲妻のような軌道を描いて、大鈍亀目掛けて飛翔。着弾し煙を立てるまで、一秒とかからなかった。

 

「綺麗なだけだね」

 

 しかし、大鈍亀は健在だった。それどころか、傷一つ負ってはいなかった。

 姿勢を見るに、直撃する寸前に身を伏せられたようだ。状況からみて、光芒は大鈍亀の背後の岸壁に刺さったらしい。

 身を伏せたといっても、甲羅のせいで人が屈んだぐらいの高さはある。光芒の軌道からして、十分命中が期待できそうなものだったのだが。

 

「おかしいな?」


「アレに当たる前に、跳ね上がってたよ」

 

 また、都合の悪い軌道を選んだもんだ。セレンが言うには、大鈍亀に命中する寸前に軌道が跳ね上がったらしい。

 もちろん、弾道の特殊さを理解はしていた。だからこそ、距離を詰めて射撃しようとしたのだ。試し撃ちした経験から、十分に命中が見込める距離だと踏んでいたが、今回は運が悪かったと思うべきか。

 

 大鈍亀はお返しだとばかりに両腕を突き出し、上二本、下一本の爪の間から覗く銃口から散弾を発射した。

 そんな武装があるなんて聞いてねえぞ! 俺は焦って石馬を反転させる。散弾らしく射程はあまり長くないようで、石馬に命中弾がいくらかあったものの、ダメージを受けるには至らなかった。これ幸いにと、突撃を開始した地点まで引き返す。

 

 今ので当たらないなら、もっと距離を詰めるしかないか。

 散弾は厄介だが、射程を把握できた。ギリギリを攻めよう。

 

 もう一度石馬を走らせようとしたとき、大鈍亀の火砲が火を噴いた。砲弾が打ち上がっていくのが目に入る。

 石馬が速度を出し始めるのには時間がかかる。対して、火砲に採用されている弾種はおそらく榴弾だろう。榴弾は、対象の真上で炸裂し、その破片で広範囲を攻撃する砲弾だ。今から逃げ出したところでこの速度では、破片の炸裂範囲から逃れることはできないだろう。

 

 対応を考えあぐねていたら、頭上で二、三の爆発が起きた。

 おかしい。発射された榴弾は一発のはずだ。そう思って空を見上げると、砲弾どころかその破片一つたりとも見当たらない。細かすぎて目に見えないというわけではなさそうだ。

 突如砲弾が消し飛んだのは不可解だが、目の上のタンコブがなくなったのだ。今は構わず、大鈍亀に再び突撃を仕掛ける。

 

 石馬の速度は最高潮に達した。今に、先ほど散弾を受けた地点まで迫っている。

 大鈍亀は俺の接近を、両腕を突き出して今か今かと待ち構えている。

 だが、有効射程に至る前に一発、少し左斜め上目掛けて散弾が発射された。

 

 射撃音に釣られるようにそちらへ目を向ける。射撃音は即座に爆発にかき消された。

 ああ、そういうことか。爆発すぐ近くの上空、散弾の射角外にはスズランが浮かんでいる。

 あれを放ったセレンの体調が気にかかるところだが、それもまずは大鈍亀を撃破した後だ。奴を破壊できないまま取り逃がしてしまえば、厄介なことになる。

 

 射角外を漂っていたスズラン爆弾に向けてさらに散弾が放たれる。これで次弾の装填までの隙が生まれた。

 その隙を逃がさず、しっかり距離を詰めて朱雀の杖に信号を送る。

 

 着弾までの所要時間はおよそ一秒に満たない。この速さが実に頼もしい。

 今度こそ大鈍亀のどてっ腹を捉えた赤い光芒。堅牢に作られているはずの大鈍亀の骨格もこれには堪らず、上半身を地面に転がり落した後、下半身が膝をついた。

 

「一丁あがりだ。さて」


 大鈍亀が動かなくなるのを遠目から確認した後、後ろにいるセレンの顔色を窺う。しかし、彼女の顔色は心配する必要もなさそうな程に良好だった。

 

「なんだ、大丈夫なのか?」


「平気だよ。体、元の大きさに戻れたから、こんなところでも十何発くらいなら」


 こんなところ、ってのは火の魔力しかない土地であることを指しているのだろうか。

 しかし、体の成長度合いで魔力の扱える具合が変わるのか。完全に『蕾』だけで完結している訳じゃないんだな。


 とすれば、こいつのすぐ下の妹のことが思い出される。

 奴は既に成人と呼んで差し支えない程に成長していたはずだ。だが、魔力を使おうとした途端、セレンの比ではない叫び声を上げて『蕾』の暴走に苦しんでいた。

 セレンの例を見ても、そこが説明つかない。


 疑問を頭に抱えながら、周囲を走っていたエイブラハムにでも追いつこうか、と考えていたところ、大鈍亀の残骸のうち、上半身がなくなっていることに気づく。

 

 目を泳がせてその行方を捜していると、少し離れた場所で、その大鈍亀の上半身を抱えて立ち尽くしている女がいた。

 

「フゥ……フゥ……」


 息を切らせた、漆黒の喪服のような衣装を身に纏った女。

 まさしく今頭に過っていたセレンの妹、アリューだった。

 

「あ、アリュー。えっと……どうしたの? そんな息切らせて」


「ッウ、フゥ。ハァ……」


 アリューはセレンの問いに答えない。背後からはちらほらと火花が覗いている。また蕾を暴走させているらしい、そんな余裕も無いのだろう。

 魔法を使う用事でもあったのだろうか。というか、何でそんな状態で大鈍亀を抱えている?

 

 アリューは大鈍亀の上半身を抱えていない方の腕をこちらに向けて突き出す。

 いや、まさかとは思うが。お前とこんなところで事を構えたくはないぞ?

 願いも空しく、アリューの突き出した掌には光が集まり始めている。掌一杯に光が集まったところで、こちらに向けて発射された。

 

 光には光を。他にそれを迎撃できそうな武装もない。俺は観念して朱雀の杖を構え、信号を送る。

 幸い軌道が逸れることはなく、正面からアリューの放った光とかち合った。

 

 だが光をかき消すには至らない。俺は両手で杖を握り、信号を送り続ける。

 アリューが放つ光の威力は強く、朱雀の杖を持ってしても徐々に衝突点が押され始めていく。

 

「クレイグ!」

 

 これは持たない! セレンもそれを実感していたようだった。俺はどうにかして光の進路を反らし、どうにか距離を取ろうと画策していた。

 だが次の瞬間には、杖ごと炭化していく己の腕が目に飛び込んだが最後、俺の意識はそこで途絶えた。

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