初めての望み

「見たいもんでもあるのか? お尋ね者になってまで」


「私自身も興味はありますがな。それは、この子の要望でしてな」


「あ、はい……」


 お互いの声が苦なく聞こえる程度の距離に、石馬を並べて走っていた俺とエイブラハム。俺の後ろにはセレン、エイブラハムの後ろにはイブが乗っている。

 

 イブにはセレンら姉妹でいう『蕾』程の原動機が搭載されていないそうだ。そのため、石馬に乗せようと動かなくなるような事態が起きない。

 といっても、魔道具人形ソーサリー・ドールに人間の感性を再現させる程の代物だ。その製作には気が遠くなるような予算が投入されているに違いない。

 

 仕事に直接関係はないが、ふと浮かんだ疑問をエイブラハムに問うてみたところ、恥ずかしそうにイブが目を合わせてきた。

 

「エイブラハムさんが持ち帰ってこられたという、繭の破片を見たんです。そしたら、書いてありました」


「え、あの真っ黒なアレにか?」


「私が寝てたやつかな」


 アレを目にしたのは一か月以上前のことになるが、その記憶はまるで褪せてはいない。それを頼りに黒繭の破片を思い浮かべてみたが、どうしたってアレに何かが書かれていたとは思えない。

 

「え。私、アレに何か書いてたっけ」


「聞かれても困る。で、何を読んだんだ?」


「『千重塔サウザンド』の魔力凝縮炉の在り処です」


 俺は思わずイブの顔を凝視した。重心が変わったことで石馬が曲がろうとし始め、それにつられて落馬しそうになるが、後ろのセレンが片手で支え上げる。

 

千重塔サウザンド』が崩壊した当時、その跡地は地上に生きる者たちにとって、宝の山だった。

 あらゆる土地からあらゆる人種が、『千重塔サウザンド』の英知が詰まった遺産を目当てに、跡地に訪れたのだ。数十年たった今、跡地には価値のない瓦礫しか残っていない。

 

 そんな中、塔が絶対に一つは備えているはずの魔力凝縮炉。それが、崩壊から数十年経った今でも未だに見つかってはいないのだ。

 各地の塔が破格の懸賞金を出していたのにも関わらず、である。

 それを見つけられたとあれば、『雲裂塔クラウドブレイク』だって手配を引っ込めるだろう。

 

「僕は、作られた存在ですから。僕が持っている記憶の殆どは、意識が芽生えた時にはもう頭にありました。『千重塔サウザンド』について知っているのもそのせいです。ですけど、黒繭に書かれた内容は、初めて触れた記憶にない情報でした。それを知ってからというもの、すごく気になってしまって……あっ」


 急に食い気味な様子で、饒舌に語りだしたイブ。

 その様子を見て、魔力凝縮炉が見つけられる可能性に若干の興奮を感じていたが、それもすっかり鳴りを潜めてしまった。

 イブはそれを悟ったのか、途端に顔を赤らめて目をそらす。話し声もぼそぼそとした、馬上では聞き取れないものになった。

 

「聞こえん。止まってくれ」俺は石馬の足を止める。エイブラハムもそれに続いた。


「……えっと、だから、塔にいたエイブラハムさんにお願いして、外に連れ出してもらったんです」

 

「まあ、そういうことでしてな。それを見つけられんことには、私も帰るに帰れんのですぞ」

 

「なんであれ、『雲裂塔クラウドブレイク』を敵に回そうなんて、命知らずな……」

 

「断腸の思いで、髭を剃ったくらいですからな。覚悟はありますぞ」


 急ぎの用ではないが、立ち話に時間を費やす必要もない。再び、石馬を走らせる。そういえば、頻繁に扱いていた髭がなくなったことで、やや寂しさを感じさせる顎。そこを名残惜しいように触る仕草が増えていたような気がする。

 

「あ、あそこ。なにかいますよ」


 背後から、イブの注意を促す声が聞こえる。今回はエイブラハムも二人乗りだ。だから索敵は俺がやる……ことになっていたのだが。

 石馬の速度を緩めて目を凝らす。確かにイブの言う通り、前方にある大岩の陰にうまく溶け込むように、かつてメガロアクアで出くわした鈍亀のような魔道具人形ソーサリー・ドールが一体鎮座していた。

 セレンら程に身体能力が別段高いわけでもないだろうに、よく見つけたな。


「目が良いんだな」


「特製らしいので」


 その大きさを確認して、俺は事態の深刻さを窺い知る。

 人の高さ程はあるか。メガロアクアで見た個体が俺の腰くらいの高さしかなかったことを考えると、倍近くになる。

 

「あれは……厄介なことになりましたな。偵察型ですぞ」


「俺も話にだけ聞いていたが、やっぱそうか。だとしたら、もうこっちには気づいてるだろうか」


「左様でしょうな。破壊する他にありませんが、火力はありますかな」


「不足はない」


 偵察型の役割は、その名が示す通り、偵察だ。

 偵察任務は往々にして長期かつ危険な仕事となりがちだが、その役割を少しでも円滑に遂行するための改造が施されているのだ。

 

 エイブラハムが語った改造内容を搔い摘むと、こうだ。

 まず、弁が自分で開けられる。弁の詰まりは、原動機が整備を必要とする最もたる事由だ。それがないだけで、どれだけ長期間活動できるようになったことか。

 

 次に、戦闘を想定した装備。

 鈍亀と同じ腕部の爪だけではなく、魔道具ソーサリー・ツールの火砲も備えているのだ。サイズが人間大にまで膨れ上がったのは、この機関を内蔵したせいらしい。

 

 そして何より厄介なのが、装甲材の変更だ。その堅牢さたるや、銃弾程度ではびくともしないそうだ。

 普段俺が持ち歩いているような魔道具ソーサリー・ツールでも、結果は同じだろう。だが今日持ち合わせている魔道具ソーサリー・ツールは、その普段に含まれない規格外の物だ!

 

「新しい魔道具ソーサリー・ツールですかな」


「お誂え向きだな。実戦でも確かめてみたかったんだ。学者殿は、速度を維持したままあまり離れないようにしててくれ」


「了解ですぞ」

 

 メガロイグナに住まう幻獣、朱雀が落としたという尾を原動機に収めた、やはり杖の形を取る魔道具ソーサリー・ツール

 それを握って、俺は大鈍亀目掛けて石馬を加速させた。

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