大巨人爆誕

「ん、うーん」


「おおっ、イヴや、具合はいかがですかな?」


「……イヴ? ああ、イヴ、そうだ、そうですわ……どっち?」


「混乱してるな。水でも飲んどけ」


 起き上がったイヴは、なんだか寝ぼけている様子だった。

 あらかじめ、滝石を削って水筒に用意していた水をマグカップに汲み、イヴに渡す。

 イヴは手を伸ばすが、取っ手をうまく取れずにいたので、直接口元まで運んでやる。

 そうするともはや取っ手を持とうとするのもやめて、イヴはマグカップに口だけつけて、ちびちびと水をすすり始めた。

 

「……ずー、ずー」


「ひとまずは問題なさそうか?」


 と思ったがその時。

 イヴが何かに投げられたかのように跳ね飛び、俺とエイブラハムはその衝撃波をもろに受けた。

 

「うわっ!」


「むおおっ」


 二人揃って床を転がることにはなったが、幸い頭などは打っていなかった。

 少し痛む体にも構わず、俺は身を起こしてイヴの様子を窺う。

 イヴは、落着きなく辺りを見回している。まるで気付かないうちに知らない場所に居たような、困惑した振る舞いだ。

 

「そうです、アルビジアですよ。貴女の生まれたところ、で合ってますか? そうですか。すみませんが、また返してもらいますね」


 何かに言い聞かせるようにイヴは呟くと、落着きを取り戻してこちらへゆっくりと歩み寄ってきた。

 

「エルゼさん、成功ですよ、おそらく。ありがとうございます、そして、おめでとうございます」


「こちらこそ。その言葉そっくりそのまま貴女に返すわ。体に不調はない?」


「意識をアリューさんと共有しているような感覚がする……ぐらいのもので、思っていた程では、まったくないです。魔力に親和性の高い体だったことが功を奏した、というところでしょうか?」


「……ああ、もしかして、元は魔術師の死体だったりするの?」


「魔術師の娘ですね」


「なるほどね。さっきのを見る限り、蕾の魔力も使えるみたいだし……始めましょうか、今度こそ!」


 エルゼは管と管を打ち合わせる。カンカン、と乾いた音が響く。

 今まではまるで無関心を決め込んで、談笑に耽っていた魔道具人形ソーサリー・ドール姉妹らはそれを耳にした途端、こちらに顔を向けた。

 

「あ! うまくくっついたの? すごい! じゃあこっち来て」


 いつの間に打ち解けたのか、背後からソラリスを抱えるように座っていたセレンは立ち上がり、イヴの元まで来ると、手を引いて魔力凝縮炉のところまで戻る。


「俺たちは離れていた方がいいか?」

 

「この中じゃ何にも起きないから、どっちでもいいわよ」


 あの一見、何の変哲もなさそうな魔力凝縮炉を、『千重塔サウザンド』ではどのように起動するというのか。

 ぜひ近くで見学したかったのだが、周辺ででたらめな現象が起きるとすれば、それは難しかっただろう。

 何の反応もないとなれば、それはそれで寂しくもある。まあ……起動の瞬間だけでも見届けられるだけ、マシだと思うことにする。

 

 魔道具人形ソーサリー・ドールらが魔力凝縮炉へ背中からもたれかかる。

 まず、セレンとイヴから。

 炉からはたちまちに煙状の淡い緑の蛍光が溢れ出し、次第に石室一帯に充満した。

 何が何にも起きない、だ。魔力凝縮炉を持ってしても固めきれないほどの魔力なんて見たことがない。

 

「せっかく夢の『千重塔サウザンド』……? に来たのに、ここでは何にも起きない、ってのは寂しいわよね。特別に何が起きてるか、見せてあげるわ」


 頭上、それも見上げてもあまり首が痛くならない程度の高さに、巨人が浮かびだした。

 細部について詳しく覚えてはいないが、シルエットなどを見るに、それはまさしく、アルビジアだった。

 何かしらの光学魔術で映し出されているのだろう。相変わらず、浮世離れしたことを当然のようにやってのけるものだ。

 

 次第に、アルビジアが膨らみだしていることに気づく。

 その勢いは留まることを知らず、アルビジアの外面を押し上げ、肥満体系を通り越して、風船のように丸々と膨れ上がる。

 膨らんだ体が頭まで包み込んで、膨張は収まった。

 

 それを見届けて、シアとソラリスが続いてもたれかかった。

 

「ッ!?」


「ぬおおおおおおおおおっ!?」


 蛍光の煙が一斉に消えると同時に、地面が大きく揺らぐ。

 やはり体勢を崩す俺とエイブラハム。姉妹たちは……背中を魔力凝縮炉に着けたまま、座り込んでいた。

 

「流石に、アルビジアが歩くのとはわけが違うわね」


 揺れに耐えながら俺は、揺れ方の異質さを感じていた。

 まるで、下からせり上がってくるような錯覚……。

 

 これは本当に錯覚なのか?

 

 仰向けになって、アルビジアを見上げる。

 すると、どうだろう。完全な球となっていたはずのそれは、餅が膨れ上がるように登頂だけが尖り、さらなる高みを目指して伸びていた。

 

 先端が伸びるにつれて、その下部は巨人の元の形を取り戻そうとしていた。

 

「ちなみに言うとね? この部屋はあの先端にあるのよ」


「通りでっ……」


 この揺れをものともせず、管はアルビジアの先端辺りを指し示す。

 理論上は至極簡単。地上の人間が塔を作り上げる時と、同じ現象でしかない。

 まさか膨らんだあれ全部が、塔の建材と同等のものだとでもいうつもりなのか。

 『蕾』四つが産む、馬鹿みたいな量の魔力があって初めて成せる技だ。

 

 休む間もなく石室を揺らしながらぐんぐんと伸びるアルビジア。

 途中、すっかり形を取り戻していた両腕を上へ伸ばす。何かを掴んだようだが、頭上の映像からは見えない。

 

「あはは! 連中、こんなところで留まってやがったわ! 後先考えないからよ」


 エルゼはさぞや、機嫌が良さそうだった。

 この反応を見るに、アルビジアが掴んだのは『千重塔サウザンド』の先行した一派が飛ばしていた塔の基部なのだろう。

 自分を置き去りにしていった連中をまさに見下ろす立場になったのだ、気持ちは理解できなくもない。

 

「どうせ爺ども、中で干からびてるんでしょ。ちょっと見ていこうかしら」


 だが、この悪趣味は理解できそうになかった。

 アルビジアは腕を動かして、依然として伸び続けている先端に、掴んだ基部を突き刺した。


 太陽を目前に、アルビジアの伸長が止まる。


「え? どうしたの、セレン」


 素っ頓狂なエルゼの声。

 魔力凝縮炉から離れた所に立ち、何かを覚悟した様子のセレンは言い放つ。

 

「……あそこ、知らない妹がいるの」


「なによそれ。私に隠し子はいないわよ、さあ、元の場所に座って」


「迎えに行ってくる!」


「座って」


「すぐ済むから!」


「座りなさい」


 親子喧嘩は岩を金槌で砕くような、地味な破壊音によって中断させられた。

 

「おや、まあ」


 音の発生源は石室の上方、アルビジアの映像よりも少し高い辺りの壁。

 そこから顔を覗かせる少女は、禁じ得なかった驚きを、甲からアサガオの花が生えた手で塞ぎ、こちらを見下ろしていた。

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