植え替え

 エルゼはイヴと合意をとるや否や、管で針を打ち込んでイヴを昏倒させる。

 管先の針を引っ込めると、同じ所から刃物を取り出し、イヴの背中を切り開く。

 勢いよく血は飛び出なかった。元気に出歩いているとはいえ、元は死体。生命活動はごく小さく、防腐程度に収まっているのだろう。


「何をそんなに焦っているんだ?」


「誰が焦ってるのよ」

 

 俺のぼやきに近い問いかけに、エルゼは間髪を入れずに返事を寄越す。図星らしいことはすぐに分かった。

 

「学者殿はともかく、あんたに寿命はもうないだろ? なら、十五年ぐらいならそんな変わらないだろ。太陽壊すのは、ゆっくりアリューの体作り直してからでもいいんじゃないか?」


「それじゃダメなのよ。先を越されちゃう」


「ほう? それは、『千重塔サウザンド』以外にも太陽を壊せる勢力が存在するかのような物言いですな」


 エイブラハムは施術光景から目を背けつつエルゼに意見した。

 やや衝撃の強い絵面なので、目に入れたくないというのはわからなくもない……しかし、野盗の燃え滓は平気で手にとってすらいたように記憶しているのだが。


「先行派……先に打ちあがっていった彼らも、その『千重塔サウザンド』よ」


 そうだ。記憶からうっかり抜け落ちていたが、『千重塔サウザンド』の先端は上空へ飛んで行っているという話だった。

 だがそんなもの、いったい何十年前の話だというんだ? それだけの時間があれば、とうの昔に壊せていてもおかしくはないだろう。

 

「あー……、って、いやいやいやいや。そいつらが壊せるってんなら、いったい何年かかってるっていうんだ。数十年レベルの話だろ?」

 

「大きなものを飛ばすには、それだけエネルギーが必要なのよ。彼らがそれをどう実現したかは知らないけど、かろうじてゆっくり飛ばせるだけの方法を確保したんでしょうね」


「要するに、あと十五年も待ってる間に達成されてもおかしくはない、ということですかな」


「そういうこと」


 飛んでいった、という言葉から、つい火炎岩を飛ばすような、ある程度以上の高速をイメージしていたが、実際はそうではなかったようだ。

 しかし、『千重塔サウザンド』も派閥争いというか、そういうものがあるのだなと、なんだか人間らしさを垣間見たようでおかしな気分になった。

 

 

 

―――

 

 

 

 特に何を見ようというわけでもなく、前の方を見ながら、俺はペミカンを加熱せずそのまま噛り付く。

 正直、硬いし、濃すぎる味が微妙だ。しかし、この石室の中で火を起こすのは、なぜかためらわれた。

 隣に座るエイブラハムも文句を言わずにペミカンを齧っているのを見ると、彼も同じ気分でいるに違いない、と勝手にそう感じていた。

 

 イヴは、ばっくりと背中を切り開かれていた。

 その中からは、筋肉、骨、その他諸々がむき出しになっている。

 その他諸々というのは、多くが話に聞く臓器というやつなのだろう。だが、別に図を見たことがあるわけではないので、どれがどれだかさっぱりだった。

 

 いくら魔道具人形ソーサリー・ドールといえど、痛覚がない訳ではないのだろう。彼女の真っ白な肌からはびっしりと汗が噴き出しており、大人しくしているようでも、痛みのほどがうかがい知れる。

 

 魔道具人形ソーサリー・ドール姉妹たちは、それが目に入っているのかいないのか、平気な顔で談笑していたが、ただの人間である俺たちにはちょっと堪える。

 ショッキングな光景を目にしながらではあるが、腹ごしらえをさせてもらっているというわけだ。

 

「……うーん」


「どうした」


 どのようにして目にしているかは想像もつかないが、俺はおそらくイヴの背中を見て唸っていると思われるエルゼの呟きに反応する。

 

「地上の人も案外やるのね。ここまで枯れ切った技術だけで魔道具人形ソーサリー・ドール作れる人なんて、うちにはいなかったわよ」


「そりゃ結構なご挨拶だな」


 エルゼの発言は、いかに地上をなめ切っているかを如何にも示すものだった。

 中でも最高峰であるはずの『雲裂塔クラウドブレイク』の技術を指してこのように言うのだから、仮に本人にその気がなかろうと、そう受け取るしかなかった。

 

「これは、私が生まれるより前の技術よ。何から手を付けていいか、まるでわからないわ。そこのお爺さんは、この子が言うのを聞く限り、確か『雲裂塔クラウドブレイク』…って言ったかしら? そこの出身なのよね? これ、わかる?」


「いいえ。魔道具ソーサリー・ツールに関しては門外漢でしてな。せいぜい、既製品を扱える程度ですぞ。その役目ならば、クレイグ殿が適任でしょうな」

 

「おいおい、『雲裂塔クラウドブレイク』で使われてる技術なんか俺は知ったこっちゃないぞ」


「それってもしかして……これ以下のレベルで動く魔道具ソーサリー・ツールがあるってこと!? ぜひ話を聞かせてもらいたいわね。何してるの、早くこっちに来なさい。潰しが効くかもしれないから」


「はあ……」


 なんていう女だ。無意識に人を煽りやがる。

 太陽を壊そうっていう瞬間に立ち会えると知った時の高揚感はどこへやら、俺はとぼとぼとイヴの元へと歩いて行った。

 

「……うん? こんなんで魔道具人形ソーサリー・ドールってのは、成立するのか」


「あらあら、手応えありかしら」

 

 イヴの内部構造を一見した感想は、正直、拍子抜けだった。

 複数の原動機があちこち無造作に配置されていることは鬱陶しいが、用いられている原動機自体は至ってシンプルなものだった。

 『蕾』と規格さえ合うようなら、挿げ替えるくらいのことなら俺にとってもそう難しくはなさそうに思えた。

 

「全原動機の切除を頼めるか? どれが原動機かは、俺が指示する」


「お安い御用ね。そのあとにすぐ、蕾を取り付ければいいかしら?」


「その通りだ」


 エルゼは先端に刃物が付いた管を操り、俺の指示から食い気味に原動機を切除し始めた。

 時折早すぎて、俺の指を掠めそうな勢いなのが困る。それが二、三度繰り返されてからは杖で指し示すようにした。

 

 七つの原動機を切り離し、残すところあと四つ、となったところでイヴの頭は支えを失ったように項垂れた。

 背中を開かれる痛みについに耐えかね失神した、というわけではないだろう。それが核となる原動機を失ったからなのか、活動に必要な最低数を下回ったからなのかはわからない。

 『蕾』を繋ぐなら、今が頃合いか。

 

「エルゼ、『蕾』は準備できてるか?」


「ばっちり。もう繋げ始めていいのかしら」


「そうしてくれ」


 セレンから受け取ったアリューの『蕾』を、エルゼは見せつけるようにして俺の目の前に吊り下げたと思ったら、すぐさまかつて原動機が繋がっていた所へ『蕾』の管を接続していく。

 

 それを確認した後、俺は残る原動機の指示を再開する。

 エルゼの手際はさらに早くなった。原動機の切除と、『蕾』への接続を含めて、今までと同じ速度で完了させていく。もし、今も指での指示を続けていたらと思うと肝が冷える。

 

 最後の原動機の切除、そして『蕾』への接続を終えると、エルゼはイヴの背中を縫合し始めた。

 何やら特殊な技術でも使っているのか、縫い目は次第に消えて見えなくなっていった。

 

「さて、あとはこの子次第ね」


「うまくいったのか?」


「わからないわよ。だって、こんな雑な手術、やったことないしね」

 

 相も変わらず、無責任な物言い。しかし、その声色は懸念に満ちたものだった。

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