焦り

「それじゃ、始めましょうか。みんな準備はいい? セレンも、シアも、ソラリ」


 エルゼの言葉が意味ありげに妙なところで詰まる。

 俺には理解できなかったが、その意味に気付いたらしい様子の姉妹らは顔を見合わせる。

 

「アリューはどこなの」


 ええ……今更それかよ。

 いないことに今まで気づいていなかったぐらいには関心がなかった割に、急に声色を険しいものに変えたエルゼ。アリューがいないことで、何か不都合があるのだろう。


「えーっと……アリューはね、その……お母さんなら、治せる?」


 姉妹の中から代表して、セレンがどこからともなくアリューの蕾を取り出して、遠慮がちに上へ掲げた。

 

「ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」

 

 エルゼの絶叫が広い石室に響き渡る。鼓膜が破れるかと思ったところで、音量がつまみでもひねったかのように小さくなっていき、次第には聞こえなくなった。

 取り乱していながらも見せた、エルゼの配慮に少しだけ感心していると、シアが絶叫の意味を教えてくれた。

 

「私たちの体って、作るのにだいたい十年ぐらいかかるのよ。それも、貴方たちが『千重塔サウザンド』って呼んでた塔の設備でね。それをアルビジアに残ってる設備だけで再現しようと思ったら、多分もうちょっとかかっちゃうんじゃないかしら」


「もうちょっとどころじゃないわよ! はあ……黄龍鋼はもう使い切ったし、代わりに玄武甲でも……それも手間だわ、ああぁぁぁぁ」


 今度の絶叫は最初からつまみを一気に最低までひねったらしく、最早ため息程度にしか感じられなかった。

 玄武甲、は何となくわかるとしても、黄龍鋼など初めて耳にした物質だ。

 黄龍といえば、麒麟に並ぶほど珍しい、あるいは時に同一視されることもある、幻獣の中の幻獣だ。そんな幻獣からも素材を手に入れることができる、『千重塔サウザンド』というものがいかに規格外の存在であるかを、改めて思い知らされた。


「……十五年、少なくとも十五年は、お預けね……」


「そんなにかかるのか」


「そうよ。……ああ、貴方たちも、もう降ろしてあげるわ。また十五年後、縁があったら会いましょう」


「待ってください!」


 つまみを最低にしっぱなしのようにすら感じられるほど、意気消沈とした様子のエルゼは、俺たち人間組をアルビジアから降ろそうと提案したが、そこをイヴが待ったをかけた。

 

「僕も魔道具人形ソーサリー・ドールです。死体製なので、シアさんを初めとする『千重塔サウザンド』製には劣るかも知れません。ですが、セレンさんは元々人間だったと聞いています。であれば、僕にだって蕾を運用できる可能性がないとは言えないはずです」


「つまり、何が言いたいの?」


 怪訝そうに問いかけるエルゼに、ある種の確信を込めた声でイヴは言い放った。


「僕に、アリューさんの蕾を取り付けてください」


「本気なの? 脅かすようだけど、アリューの蕾は処女作なだけあって、とんでもない出来損ないなのよ。付いてるだけで、体に大きな負荷がかかるわ。その分だけ、アリューの体は頑丈に作ったのよ。分かる?」


「問題ありません」


 改めて強く言い切るイヴ。

 俺も、おそらくそれが危険であろうということは理解していた。

 少し魔術を使おうとして見せただけで、あの叫び様だ。その点では、母親譲りと言えなくもないのかもしれない。そもそも、血が繋がっているのかという疑問は差し置くとして。


「イヴや、無理を言ってはいけませんぞ」


「『雲裂塔クラウドブレイク』から連れ出してもらったことよりは無理だとは思っていませんよ」


 エイブラハムもそれを感じているのか、イヴの制止にかかっていた。

 しかし決意の揺るがないイヴは聞く耳を持たない。

 それどころか、エイブラハムを煽り始めた。


「それにね、止めちゃっていいんですか? エイブラハムさん」


「なんですと!?」


「僕やクレイグさんは別に、十五年後でもいいんですよ。けどエイブラハムさんはそうじゃないでしょう。太陽が落ちる瞬間を見届けたいのであれば、ここは見逃してください」


「うぐぐ……しかし……」


 珍しく、好奇心を天秤にかけているエイブラハム。ほかの物事がどうなろうととにかく好奇心を優先する人間だと思っていただけに、意外な一面を見た気分だった。

 

「……そこまで言うのでしたら、君に任せるほかありますまい」


「エイブラハムさんなら、そう言ってくださると信じていました」


 しかし案の定、好奇心が勝ったようだ。

 いくら迷って見せようが、エイブラハムという人であることには変わりがないらしい。


「それで、どうですか、エルゼさん。できそうですか?」

 

「……とりあえず、背中を見せてもらえる?」


 エルゼも結局、この提案に食いついた。

 しかし俺は、それがどうにも腑に落ちないでいた。


 生物としての肉体を捨て去り、おそらくはアルビジアが壊れでもしない限りは生き続けられるであろうエルゼ。

 彼女がなぜ、せいぜい十五年程度のことにも目を瞑れず、ここまで焦っているようにすら感じられるのかが、まるでわからなかったのだ。

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