巨人の誘い

 頭でも打ったのか、意識を無くしたまま横たわっているエイブラハム。その頭の下にカバンを滑り込ませながら、俺は辺りを見回していた。

 

 全体的に薄暗い室内を、辛うじて見える程度に照らしている無機質な光。なんとなく、懐中灯石が発するものに似ているだろうか。それを頼りに、この構造物が石造であることを理解した。石は相当念入りに磨きこまれているらしく、受けた光を素直に反射している。

 その光も天井を照らし出すには足りず、天井がどれほど高い位置にあるのかを窺い知ることはできそうになかった。

 

 巨人の目が光ったと思ったら、ここにいた。

 俺はこれそのもの、あるいは似たような現象の存在を知っていた。師匠の元で修行を終えた後、手近な町へ送られる時に使われたことがあったのだ。

 それとは規模がまるで異なるが、転送魔法の類とみて、ほぼ間違いないだろう。

 

「そうね、まずは、いきなり呼び寄せてしまって、ごめんねー」


「こっちに用があるんなら、せめてもてなせよ」


 これだけのものを用意するにはいくらかかるのだろうか、などと考えていたら、部屋中にセレンの声が響き渡る。

 ……いや、確かにセレンに似てはいるが、僅かながら落ち着きを感じさせる声だった。俺はその微妙な違いを感じ取り、別人の声なのだと確信を持つ。

 俺はその声の呼びかけに対して、軽口を叩いて応える。

 

「ふうん、転送の直後なのに、はしゃがないんだ」


「そっちの爺さんが起きてたら、期待通り『これは仰天した!』とか言って驚いてただろうな」


「落ち着いてもらうのって、結構面倒なのよね。だからそのお爺さんには……もう少し寝てて貰おうかしら」

 

「お母さん、何てこと言うの!」

 

「えー。まあ、説明しなおすのもめんどくさいし、起こしておく?」

 

 エイブラハムの傍に座ったセレンが、頬を膨らませて猛抗議をしている。それに答えるように、見渡せない天井から一本の管が下りてくる。

 先端に備えた毛先のように細い針を、エイブラハムの腕に突き立てる。その途端、エイブラハムはビクリと体を震わせて、飛び起きた。

 

「ウンヌ。ゴホ、ゴホ」


「あ、よかったー。人に使うの久しぶりだったけど、ちゃんと効いたわ」

 

 話をしていてなんとなく、初対面ではないような感情を抱かせられたのは、声だけのせいではなかったらしい。

 セレンの母親、か。人にいきなり妙な薬を打ち込むような、倫理観の欠如が感じられる点に関しては母親譲りと言えなくもないが。

 それは果たして産みの母と呼ぶべきものなのか、それとも単なる作り手としての自称なのか、果たして。

 

「こんな起こされ方をしたのは、初めてですわい。……して、ここは一体?」


「どうも、あの巨人の中らしい」


「いやはや、なんというか……」


「なんだ、思ったより反応が小さいな」


「いえ、こんなものを作り上げる勢力といえば、一つしかないので。お目当てを見つけられたといえばそうなのですが……常識を覆されるのが当たり前になってしまっては、感動しようにも、どうにも」

 

 エイブラハムは、切り離された細い管を掴んでそれをまじまじと見つめていた。

 流石の学者殿も、未だに動作している『千重塔サウザンド』の英知に当てられ、すっかり大人しくなってしまっていた。

 

「まあいいか……で、あんたはどこにいるんだ?」


「探しても、どこにもいないわよ。生き物としてはとうの昔に死んでいるからね」


「魂だけってやつか。実現できるもんなんだな」


「そこの子も似たようなものだと思うけど? 私の場合は、この『アルビアナ』が肉体とでも言えばいいのかしら」


「ふーん」


「まあ、上から見てるから、話しかけるときは上向いて、もしもしエルゼさん、って声掛けてくれたらわかりやすいかな?」


 関心を通り越して、座り込んで放心していたイヴは、自分のことを言われていると気付いたらしく、顔を上げる。

 しかし言葉を聞き返す余裕はないらしく、言葉を発することはなかった。


「アルビアナ、ってのは?」


「この巨人の名前ですよ。中に入って、やっと気付きました。懐かしいです」


 石室の中心辺りで、ソラリスは人形のようなものを抱えて正座していた。

 その手つきはやけに優しく、まるで自分の子供でも抱えているかのように感じられた。

 

「この頃から、相当変わりましたね」


「六十年は経っているもの。アルビアナだって多少は変わるわよ」


「倍以上の大きさになって、何が多少なものですか」


「でも、よかった。都合よく貴女達がそろってくれたのはなによりだわ。セレンとシア、ソラリスのとこに集まってくれる?」


 上を睨みつけるソラリスにまるで構わず、エルゼと名乗ったセレンらの母とやらは嬉しそうな声を漏らす。

 言われるがままにソラリスの近くへ集まるセレンとシア。それを見届けたかのように、ソラリスが座っている石畳が盛り上がる。

 ソラリスは思わず人形を強く抱くが、特にバランスを崩す様子もなく、盛り上がり続ける隆起に座ったままでいた。

 セレンの肩を超えるぐらいの高さに至ると、隆起は止まった。

 

「……びっくりしました。出すなら出すと、先に言ってください」

 

「人形があるということは、そうよね」


 ちょうど思い出したというようにシアが関心を漏らす。

 言うだけに留まらず、降りようとするソラリスに手を貸していたのは彼女らしいと言えるか。その助けがソラリスに必要だとは思えないが……。

 しかし、予想に反してソラリスは大人しくシアの手を掴み、隆起から降りた。

 

 突如、隆起が纏っていた石畳を軽く吹き飛ばす。ソラリスが降りるのを待っていたかというようなタイミングだ。

 

 多少舞い上がった砂埃の隙間から窺える、独特な配管が走るその機体。

 間違いない。あれは、魔力凝縮炉だ。金属や石材の配置を見て、俺は確信するとともに、拍子抜けた。

 魔道具人形ソーサリー・ドール姉妹らが背負っているような華美で独特な造りの『蕾』とは違って、こちらは極めてどこの塔でも見かけるような、ありふれたものだったのだ。

 どうせこう見えて、実は出力がとんでもなかったりするのだろう。

 『千重塔サウザンド』に関わる道具に対する驚きを、もはやエイブラハム同様、呆れに変えつつある俺は、次に続くエルゼの言葉を待った。

 

「さて、貴方達にはこれからやることに関係ないから、特に用はないんだけど、そうねぇ。せっかくだし、見届けて行ってもらおうかしら」

 

「何をしようって言うんだ」


「動かない太陽を落とすのよ」


 動揺を隠せないのはエイブラハム、イヴだけではなく、魔力凝縮炉を囲む魔道具人形ソーサリー・ドール姉妹も同様だった。

 しかし、俺は確かに、動揺以上の期待に身を震わせていた。

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