病み上がり? 関係ねえ

「無事……なのですかな? あの時、腕を怪我されていたと思いますが……、おや、白いですな」


 健在を示すべく、見せびらかすように俺は空いてる片腕を振って見せると、エイブラハムはそれを物珍しそうに眺めている。


「これは、シアに治して貰ったものだ。不思議なもんで、彼女の花弁を巻き付けていたら次第にこうなっていた」


「ほお、麒麟の瘤角りゅうかくを彷彿とさせる効果ですな……おっと、瘤角というのは、瘤の下にある皮膚に覆われた角のことですぞ」


「瘤角か、師匠の蔵書にもあったな。麒麟を詳しく知っているのか?」


 師匠の蔵書にさえ、麒麟に関しての情報は少なかった。それが思わぬところで得られるとあれば、質問が若干食い気味になるのも仕方ないと思いたい。

 

 麒麟に関しての記録なんてのは、どれも眉唾ものだ。

 麒麟といえば首が長いものとされる一般論でさえ、残された記録の割合、すなわち多数決で決まったと言われている。

 ということもあって俺は、師匠の蔵にあった書物以外の記述はあまり信用しないようになっていた。


「いえ、書物で得ただけの知識ですがな。麒麟の二つある瘤角のうち、紫の瘤角には再生を促す作用があるのだとか」


「ああ……で、もう一本は?」


「破壊の作用を持つ白の瘤角ですな」


 エイブラハムの述べた内容は、師匠の蔵書に書かれていたことと同じだった。

 若干肩が落ちかけるが、さすがに彼に失礼になるかと思い踏み留まる。


「こういう感じで二つあるものって、なんでか対になるものを揃えてるよね。はー、麒麟さんさえ同じのを持っててくれたら、姉妹皆でお揃いになったのに」


「ああ? 何の話だ。不死鶏なんかも、自分の消火に水の魔力を使うな」


「そうですね。いくら幻獣といっても、弱点を補う必要はあるのでしょうね」

 納得したらしいイヴが手をポンと打つ。


 麒麟が同じ角を持っていたとして、何が姉妹に関係あるというのか。

 いつものことだ。こいつはしょっちゅう、要領を得ないことを呟く。


「言ってなかったっけ。どの蕾も全部、麒麟さんの角から造られてるんだよ」


「ああ、そうか。……え、ん? 麒麟?」


「姉さん、そんな軽々と……」


 いつの間にやら目を覚ましていたらしいシアが、動転していた俺の肩の上からセレンを呆れたように睨みつけている。

 

「怒らないでシア。この人達は大丈夫だよ」


「人を信用してるの? 姉さんが?」


「私どんなやつだと思われてるの!?」


 セレンが大げさなくらい驚いて見せると、シアは表情を変えずに溜め息を吐く。

 今になって俺は、師匠のもとでそんな話をしていたことを思い出す。

 当時の俺には衝撃が大きすぎたのか、記憶からぶっ飛んでしまっていたらしい。

 

「私はふりだと気付いていたけど、ソラリスには野獣か何かだと思われていたでしょうね。あの子がどれだけ怖がっていたと思ってるの?」


「う……、だけど、アリューを外に連れ出そうと思ったら……」


「やっぱり。アリューのことさえ信用してないから、そういうことをするのよ」


 余程呆れたのか、シアは力無く肩を落とす。相変わらず表情に動きがないので、演技でもしてるのかと思えてくる。

 

「ははは、これじゃどっちが姉かわかんねえな」


「ええっ、なにそれ!?」


「そうねえ、私もアリューもソラリスも、ある程度成長した身体で生まれてきたし、間違ってないかも知れないわね」


「もおおっ、シアまで!」


 腕を下に伸ばして怒りを表すセレンに、俺だけでなくエイブラハム、イヴも笑いを溢す。

 

「笑ってるそこの貴女も、同類なんじゃないかしら?」


「僕ですか? やっぱり、わかりますか」


 セレンを除いてただ一人笑っていないシアが視線を動かす。見据えられたイヴは恥ずかしそうに目を伏せた。


「でも、多分貴女達とは成り立ちが違いますよ。僕は、魔術師の魂と、その魔術師を父に持つ娘の遺体から作られましたから……」


「……その遺体ってのは」


「ええ。直前にそうなったと聞いています」


「わかりますかな。これが、『雲裂塔クラウドブレイク』のやり方ですぞ」


 死んですぐの人間の遺体を魔道具人形ソーサリー・ドールにするやり方は、結構前から知られている。師匠の蔵書にもあったくらいで、ウン十年前レベルの知識だ。

 だが、人間とはあまり非情になり切れないものなのだろうか?

 病や老衰で亡くなった人間ではまともに動くものが作れないらしく、至って健康体の人間が必要になるこのやり方が試されたという記録は少ない。それこそ、師匠の蔵書でも一冊しかその記述を見つけることはなかった。


「魂と体がちぐはぐなんだな。だからお前、イヴって呼ぶの決まった時微妙に嫌そうだったんだな」


「そ、そんな話は今してないでしょうが!」


 たっかい小麦のパンみたいに白い顔を赤くしたり青くしたりしている。それを見て皆が笑う。イヴは怒っているのか、困っているのか自分でもわかっていなさそうだ。

 重めの話題にちょっと空気が重くなっていたので、少しくらいは弛緩になっただろうか。


「ああ、そうだわ。貴方の怪我が治ったら、ソラリスを探すつもりだったのよ。手伝ってくれるかしら?」


「今からか? そりゃ、大きな恩はあるが……」


 思い出したように用事を告げるシア。

 困った俺はエイブラハムの方を見る。正直、『千重塔サウザンド』遺跡までの護衛なんかよりも、今はシアの手伝いをしてやりたい気分だった。

 だがエイブラハムの件は仕事だ。途中でほっぽり出す訳にもいかない。

 とすれば、俺にできることはそれとなくエイブラハムに懇願の眼差しを送るだけだった。

 

「……む? ああ、ええ。貴女はクレイグ殿の命の恩人ですからな。ひいては、私の命の恩人と言い換えることもできますぞ。その願いを聞き入れないでいい訳がありますまい」


 心配は無用だったようだ。というか、エイブラハム自身も確認を求められて若干戸惑いすら見せていた。

 

「よかったわ。あの子ったら、どこにいるのかしら」


「んー……、探す必要は無さそうですよ?」


「え?」


 イヴが地平線に向けて指を差す。こいつの目はいい。まさか、都合よくソラリスがあっちに居るのか?

 俺は差された方に目を凝らす。確かに、いつかセレンが走ってこちらに向かってきた時のように、乾いた荒野特有の砂の噴煙が広がっている。

 つまりそれは、全速力でこちらに向かっているということだ。

 なんで全速力を出す必要がある?

 

「……セレンさん、爆弾を用意して貰っていいですか。シアさんは、えっと、戦えますか?」


「へ? なんで?」


「二枚なら動かせるわ。折れてるのと、穴が開いてるのしかないから、当てにはしないでね」


 イヴの様子を見て、なんとなく、何が近づいてきているのかを察する。

 俺も、魔道具ソーサリー・ツールを構えて……あ。不死鳥の杖がねえ!

 アリューの奴には損を見せられてばかりだ。次、顔を合わせたときには、弁償してもらうか検討したくなる。

 

 と、そんなことはさておき。

 予備を握る。毎度おなじみ、火炎岩の出る杖だ。

 結局こいつが頼りになる。安くて、威力もあり、連射もまあまあ効く。

 

「先頭のソラリスさんがこちらを通り過ぎたら、皆さん、お願いします!」


 事態を呑み込めていないままのセレンも、ようやく言われた通りにスズラン爆弾を手に取る。その後すぐにソラリスを目視できたのか、追加で五つほどを宙に浮かべる。

 

 俺にも視認できるほどに接近していた。ソラリスはいつだったか俺に突き付けていた鎌の柄を両手に握りしめながら、必死に足を回している様子だった。その鎌の刃は、中程から先が折れて無くなっていた。

 

 その後ろに見えるのは、大量の魔道具人形ソーサリー・ドールの類。

 下手でも打って、鈍亀本隊にでも見つかったか。

 あいつは強かなように見えて、抜けたところも案外あるように見えた。今までは前者の印象が強かったんだが、もうすっかり間の抜けた奴という認識を固めることになりそうだ。

 

 まあ、こういったどこに撃っても当てられそうな大部隊の相手のほうが、火炎岩の杖は本領を発揮できる。

 野盗の襲撃が最も多いことで有名な、狐火塔フォックスランプの保安軍で塔の増設作業員をしている時に身に着けた感覚だ。

 

 だがこの時俺は気づいていなかった。

 ソラリスを追う魔道具人形ソーサリー・ドールに、一切鈍亀の類が見受けられないことに。

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