双陽を前に

「物分かりがよくて助かりました。手荒な真似をせずに済んでよかったです」

 

 人の首元に刃物を突き付ける行為が、手荒以外のなんだというのか。

 俺はこいつにメガロアクアでの出来事を、それが二週間程前であることも加えて伝えた。アリューの様な例も考えて、セレンのことは伏せておく。


 他の姉妹らがやけにドライな関係を持つ中、ソラリスは姉の心配をして飛び出してきたという。こんな、人にものを頼んでいるとは思えない態度を取られたにも関わらず、素直に答えてやったのは、なんとなくこいつに共感でも覚えたからかもしれない。


 相手が魔道具人形ソーサリー・ドール姉妹の類でさえなければ、という前提の話にはなるが、抵抗の手段自体はあった。いつでも手を伸ばせる懐に、単発ではあるが電撃を放てる護身用の魔道具ソーサリー・ツールを忍ばせていたのだ。それを放つ気にもならなかったのはそのせいだろう。

 

 聞かされたソラリスは、意外なほどにあっさりと落ち着きを取り戻した。手を離された大鎌は、どこへともなく消えてしまった。


「では、貴方にはこのまま案内を頼みますね。私は漠然とした方向くらいしかわからないんで」


「なんでそこまでしないといけない」


「この地で私に逆らえると思わないでください」


 とはいえ厚かましい奴だな、と思っての発言だったが、思わぬ収穫を得られた。

 ソラリスの背中から、耳障りな高音を響かせながら、真っ赤に染まった鬼灯が三つ伸びる。それぞれが、人の頭よりは大きいだろうか。

 直接背中を目にしたわけではないが、それが何から生えているかなんてのは歴然としている。


「メガロイグナで力が出せるってことは、火の魔力で動く『蕾』か」


「詳しいんですね。そこまで知っているなら、それが何を意味するか分かるでしょうに」


「そうだな。水の魔力しかない土地で、一体どんな力が出せるのか。それが気になって仕方ない」


「……あっ」


「……」


 ソラリスは視線を落とす。こいつもセレンとあんまり変わらないな。

 合間を見て、離れた岩陰で様子を窺っていたエイブラハムに合図を送る。おずおずと石馬を向けて、こちらに駆け寄ってくる。元々彼の存在を認識していたのか、ソラリスに驚いた様子は見られない。


「この依頼をしてからと言うものの、肝を冷やすことばかりですな」


「人外の相手が続いているんだ、仕方ない。さて、ソラリスと言ったか。すまないが、俺達はすぐに出発できない」


「何に気付こうと、ここに火の魔力があることには変わりませんよ」


「その事だよ。あんたは大丈夫かもしれないが、俺達はただの人間だからな。これから双陽になる、そんな中を急げと言われても無茶な話だ。俺達が倒れたら、あんたは目的地に辿り着けなくなる」


「別に構いません。なるようになれ、ですよ。第一、貴方達のどちらかは魔道具ソーサリー・ツールを扱えるんではないですか? だったら、そのカバンの中に仕舞ってる、とんでもなく臭うものが使えるでしょう」


「臭うものだと?」


 思い当たるものは一つ。青龍から受け取った宝玉をカバンから取り出した。それを見てソラリスは顔をしかめる。


「うぅ……それだけ水の魔力が強く感じられる物です、どうせ青龍の老廃物か何かなんでしょう? なら温度を下げるくらいのことは、造作もないでしょう」


「なるほど、貴重という先入観があってか考えもしなかった。試してみる価値はあるな」


 と言っても、幻獣の老廃物か。胆石とかそういった類のものだろうか? 魔道具ソーサリー・ツールに活用するにしても、いまいち思いつかない。なんとなくだが、他の素材を使うと効力を下げてしまうような、そういった予感がしていた。


 ……なら、こうだ。

 エイブラハムから借りたピックを宝玉に突き立てて削る。せいぜい、カチカチに固まった泥団子程度の硬さだろうか。五分の一程を削るのにそれほど時間はかからない。削り取った屑を空の原動機に投入。この状態で信号を送ってみる。


 その途端、爆発するように広がる寒波。ソラリスも同じような勢いで飛び退く。

 気温にしておよそ三十度に届かないくらいだろうか? 双陽の発生を前にこの気温なら、その最中でもせいぜい四十度には達しないだろう。これはいい物を貰ったな。


「これなら行けそうだな。ソラリス、どうした?」


「どうしたもこうしたもないです。臭いがきつすぎるんですよ、それ。遅れて着いていきますので、お先にどうぞ」


「魔力の匂いがわかるってのは、便利なばっかりじゃないんだな」


 観測器がなくても周辺の魔力を知ることが出来れば、いろいろと捗りそうだなと考えていたが、弊害も多いんだろうか。

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