姉妹の再会

 正直に認めよう。俺は今、確実に浮かれている。

 ソラリスと出会ってから二日、全行程で言えば一週間。こんな短期間で『雲裂塔クラウドブレイク』から鬼人の里までの距離を踏破できるとは夢にも思っていなかった。

 

 この分なら、これから始まる焦熱期をも快適に乗り切ることが出来るだろう。仕事がいくら簡単になろうが、依頼者は報酬金を契約書記載の金額から変えることはできない。一転して簡単な依頼となった訳だ。

 

 直に、メガロアクアに差し掛かるな。境界に侵入する前に、念のためソラリスに伝えておくか。

 石馬の足を緩め、背後を振り返る。彼女に悪いので、防暑の魔道具ソーサリー・ツールの機能をオフにする。

 

「ソラリス」


「そろそろ、近いようですね。わざわざ伝えていただいて、ありがとうございます」


「わかってたか」


 流石は鼻が利くだけはある。伝えずとも、認識していたようだ。

 境界先の森林が近づくにつれて、二つの人影が目に映る。

 片方は、角が生えている。個人は判別できないが、鬼人だ。当たり前と言えばそうだ。この辺を根城にしているのは、鬼人くらいしかいない。

 

 ではもう一人の、角がない奴は誰だ?

 

「クレイグ!」


 ああ、お前らか。

 もう少し近づいて、鬼人の角が黒いことに気付く。アンヘリカだ。その隣には、やたらと積み上げた薪を背負ったセレンが並んでいる。こちらに向けて、手を振っている。

 二人の背丈がほぼ同じぐらいに見えたことで、気付くのが遅れてしまった。セレンの背はアンヘリカよりも低かったはずだが……見間違いだったのだろうか。

 

「普通、護衛対象に雑用をさせるか? 確かにこいつの怪力は便利だろうが」


「こいつが手伝うって聞かなかったんだ。連れてたら狩りなんて出来っこないし、こうして薪集めなんてしてるわけさ」

 

「……それは迷惑をかけたな」


 かくいう俺もエイブラハムに索敵などをさせたりしていたが、それは一旦棚に上げる。

 まずいな。ここでセレンとソラリスの関係をはっきりさせておかなかったことが裏目に出た。

 こいつもアリューの様にセレンの命を狙っているようなことがあれば、一戦交えざるを得なくなるだろう。もちろん、メガロイグナのど真ん中で戦うよりは幾分マシだろうが、アリューの相手以上に手を焼くことになるのは明白だ。

 

 しかし、そんな心配は無用だったらしい。

 

「……セレン姉さん、なんでここに」


「ソラリス、やっぱりあなただったんだ。久しぶりだね。シアを探しにきたんでしょ」


「クレイグ! この妹は大丈夫なのか?」


「言ってた奴じゃない、とりあえずは問題ない」


 ソラリスはそそくさと石馬の陰に身体を隠し、頭だけを伸ばしてセレンの顔を確認するように見つめていた。その狼狽えっぷりには、逆にこちらが驚かさせられる。よく似ている方の姉とは違って、彼女自身はそれなりに表情が作れる方のようだ。

 事前にアリューのことを伝えていたので、アンヘリカは警戒する様子を隠さない。ただでさえシアの例を目にしているのだ、理解できなくはない。今のところは無害なので、念を押しておく。

 

「うん、そう」

 

「シアのこと、大好きだもんね。しばらく見てないけど、遠くには行ってないはず。一緒に探そう?」

 

「え、いいの?」

 

「当たり前でしょ」

 

 優しく微笑みかけるセレン。安心したのか、ソラリスは意外そうな顔をしながらも石馬から身を乗り出した。何があってこんな態度をとっているのかは知る由もないが、アリューと比べたら問題と言うほどのものにはならないだろう。

 

「私から離れちゃダメだよ。この辺の魔力って水で、毒になるらしいから」

 

「わかった」

 

 案の定、ソラリスの『蕾』では水の魔力を無毒化し得るまでに作用することが出来ないらしい。これは元々、扱いやすい火の魔力を扱う魔道具ソーサリー・ツールに共通した欠点だ。

 仮に単身で侵入した場合、毒の影響を受けてしまったことだろう。本当に、一人で来たときはどうするつもりだったのか。思いの外抜けていて、人間臭い奴だ。

 

 我先にと里の方へ向かおうとしているセレンに手を引かれ、森に足を運ぶソラリス。足取りは頼りなく、メガロイグナで石馬を追い越そうとせんばかりの走りを見せたのと同じ足だとは、到底思えない。

 次第に、足がもつれ始める。ソラリスの姿勢が崩れるのをセレンは受け止め、そのまま流れるように背中に乗せる。

 

 へえ、姉らしいこともできるんだな。

 なんとなく感心を覚えながら、セレンの後ろに続くことにした。

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