太陽の下で眠る

 徒歩の二人に合わせて、歩調を緩めるエイブラハムの石馬。

 そのおかげで、実際の距離の割には、到着までにそれなりの時間がかかってしまった。


「お。ここらへんか。すごい量だな……」


 一帯の地表にちらほらとむき出しになっている白の鉱脈に、思わず感心させられてしまう。

 滝石はそれほど希少なものではないが、それでも地表を半分白で埋めるほどの量には圧巻される。


「これほどの土地なら、もっと無法者共の野営地に溢れていてもおかしくありませんがな。幸いなことに、そういった類のものは一切見受けられませんでしたぞ」


「そうか。なら安心してテントを張れそうだな」


 そもそも、今の俺には武器となるものが空気塊の杖しかない。しばらく使用限界が来るとは思えないが、セレンのすぐ近くでしか使えない。

 もちろんナイフとかの刃物はあるが、武器として頼れるかと言えば別の話だ。

 石馬での体当たりだって立派な攻撃手段になる。ただ、鎧どころか胸当ての一つすら身に着けていない騎手がやるには少々リスクが大きい。

 周辺に襲われる不安の種がないということは、俺としては願ったり叶ったりだ。


「ここらにでも張ろうか」


「じゃあこの子も下ろすね!」


 鉱脈のない辺りの地面を俺が指さすと、それを合図にセレンは担いでいた石馬を下す。


「遮光布はこっちの石馬に括りつけてある奴ですかな?」


「ああ、それだ。まだそのピンは抜かないようにな」


 遮光布。

 夜の来ないこの世界で安眠するためには欠かせない、魔道具ソーサリー・ツールの一つだ。 

 その普及率は、懐中灯石以上に高い。あちらは最悪必要ないのだから当然と言えば当然ではあるのだが。


 そして、俺の遮光布は特別製だ。

 三角形の立方体となるように骨格を組み立て、その上に俺とエイブラハムの二人で遮光布をかける。仕上げとばかりに、クレイグはピンを引き抜いた。

 すると、みるみるうちにその存在が透けていき、肉眼では目視することが難しくなった。


「おお! これが噂に聞く透過遮光布ですかな! 長く生きてきましたが、目にしたのは初めてですぞ!」


「だろうな。俺も俺以外で使ってる奴を見たことがない」


 俺は護衛の依頼でも受けてない限り、一人で行動している。

 荒野でも安眠の時間を持つために、大枚をはたいて作りあげたのだ。


「じゃあメシでも用意するか。石馬の調整は、そのあとだ。俺が料理下手なのもあるが、もともと保存食ばっかりで美味いもんじゃないから期待しないでくれよ」 


「いやいや、その手の食事はこうした生活の醍醐味ですぞ」


「普段いいもん食ってるからそう思うだけだ」


 さてはこの爺さん、この行旅をたまの外遊程度にしか考えていないな。

 とまで考えたもののそれ以上は気にすることもなく、石馬に括り付けたカバンから調理器具の一式を取り出した。

  言っても火を起こすもの、冷蔵庫として使える魔道具ソーサリー・ツールそれぞれと、鍋、包丁、まな板、御玉杓子、皿といった程度だ。

 腹を満たすという目的を果たすには十分なものだ。


 冷蔵庫からペミカン――干した肉や野菜、果物を脂肪で固めたもの――を取り出し、鍋に放り込む。

 水は、セレンが滝石をガリガリと削ってくれた。十分すぎるほどあったので、男二人が少しずつ飲む。


「時期的にマシな方だとはいえ暑いのですから、ちゃんと水分を補給しておきなさい」


「いらないったら、いらないよ」


 削ったセレン自身は口をつけようとしないので、エイブラハムが勧めるも態度を変えなかった。

 エイブラハムは、石馬を運ぶという重労働の後だと言うのに汗一つかいていない彼女の顔を見て、ついに諦めたらしい。


 そのうちに鍋の中のペミカンは溶けきっていた。あまりに簡単なようだが、ペミカンスープの完成だ。


 俺は料理の腕が悪いことを自覚している。この料理、味はともかく、そんな俺でも簡単に作れることで重宝している。

 それを掬って皿に入れると、グルタン族の老廃物を焼いたパンと一緒に二人に手渡した。


 グルタン族というのは、意志を持ち、そこらを歩き回る植物の人種だ。彼らはこの炎天の猛暑を物ともせず、そこら中に麦球を吐き出している。

 本人達にしてみればうんこ同然のそれを食われてるというのは複雑だろうが、人類はありがたく頂いているというわけだ。

 これは野盗のような無法共たちが、塔下町に属さなくとも過ごしていける要因の一つでもあるのだが……。


「ほら、できたぞ」


「うむ! いい匂いがしますな。腹が減っていたことを思い出させてくれますぞ」


 今になって大きく腹を鳴らすエイブラハムは、皿を受け取ってはすぐそれに口をつける。


「これは……思っていた以上ですぞ! 粉末になった干し肉の風味がメインで、その味が濃くてもドライフルーツの甘さ、酸味が飽きないようにしてくれていますな。それをパンにつけて食べるのがまたうまい」


「やけに褒めるな。まあ、保存食だから誰が作っても同じさ」


 一方同じように皿を受け取ったセレンは、それをどうしていいかわからないというようにただ見つめている。


「えっと……スプーンとかは、ないの?」


「いいとこの子かよ。そのままぐいっと飲め、あんな風にな」


「そういうものなんだね。わかったー」


「熱いから気をつけろよ」


 指し示されたエイブラハムを見て納得したのか、セレンは皿の端に口をつけ、そのスープの熱にも構わずゴクゴクと嚥下していく。

 飲み干した後、ぷはっと一息吐くと、顔を輝かせてこういった。


「おいしい!」


「あんたら、えらい絶賛し具合だな」


「こんなおいしいもの、今まで食べたことないよ!」


 おいおい、お前が食ったのはただの非常食だぞ。俺だって荒野に出張ってなきゃこんなもんは食わない。


「スプーンを使うようないいとこの子だと思ったら、相当粗末なもんでも食ってたのか?」


「ううん。私、物食べたの初めてなんだもん」


「は? じゃあなんでスプーン使うことは知ってるんだ」


「そうやって食べてる人達を見てきたから」


 ああ、なるほどね……。

 原動機、彼女が『蕾』と呼ぶそれは、確かに謎が多いものだ。しかし、着用者に食事の必要すら消し去ってしまうとは、疑問を通り越して俺に感心を覚えさせるのには十分なことだった。

 代用臓器の魔道具ソーサリー・ツールだとしてもここまでのものはさすがに見たことも聞いたこともない。


「……ま、考えても仕方ないか。食い終わったら皿を片付けといてくれ」


 残りのスープを口に掻き込んで、皿をさくっと洗い終えたら石馬の方へ向かう。


「見当がついたのですかな?」


「原因は分かったが、すぐ解決できるかは微妙なところだな。火と風の魔力のバランスをうまく整えられる材料を見つかり次第になるだろうか」


 依頼人を置いたままうろつくのは気が引けるが、このままでは立ち往生することになってしまう。

 様子の確認を欠かさないようにしないとな、と気を引き締めなおしていると、髭を扱いていたエイブラハムが滝石をこちらに向けているのに気付いた。


「火と風の魔力ですか。こいつではダメなんですかな? 以前、魔道具ソーサリー・ツールを扱う友人がこれには水と土の魔力が少しずつ含まれているとか言っていたような気がしましたが」


「……なんとかなるかもしれない」


 盲点だった。確かに使えそうだ。 

 それだけ聞くと俺はエイブラハムに軽く礼を告げ、早速石馬の原動機を取り出す。中身を容器に移し、石馬に括り付けたカバンに仕舞う。


 解放のしすぎで少し消耗しているが、使用限界が来て灰になった状態よりはずっといい。使えるというだけで価値はまるで比較にもならない。ただでさえ原動機の材料に出来るものは高価なものが多いのだから、使えるものは使うほかあり得ない。


 空にした原動機を洗った後、十分に水気を切ってからカガタケヤモリの体液と、そこらに散らばっていた砂鉄を入れ、仕上げに小さく丸く磨いた滝石を詰め込む。


 火と風、両魔力の影響下で問題なく作用させる方法はある。

 原動機の属性を、その時使わない方の対になる魔力を持つ方に都度切り替えることで、その影響を受けなくしてしまえばいいのだ。

 

 本来、この機構を作るには魔道具ソーサリー・ツールにスイッチを設けなければならないが、幸い俺は魔道具ソーサリー・ツールに通う魔力に干渉し、スイッチ同然に干渉する魔法を習得している。

 これは俺が魔術師を目指していた時に、唯一身に着けたものだ。


 魔力がまるでない人間としては魔術師は諦める他無かったが、その成果が魔道具ソーサリー・ツール技師として生きることに繋がったのは都合がよかった。


 死にかけてまで双陽を潜り抜けて、師匠の元まで向かった甲斐があったというものだ。


 満を持して、それを石馬の胸元に戻す。

 数秒ののちに、石馬は目を紫色に輝かせ、覚醒する。今回は鼻息を荒げたりせず、静かに足元を蹄で蹴っている。駆動に用いる魔力が変わると、その性格にまで影響を及ぼすらしい。


 あいつが乗ってて、動いてなきゃ意味がないんだ。

 俺は試運転のため、丸石を先ほどより手慣れた様子で削りながら、三人分の皿どころか鍋まで洗っていたセレンに声をかけた。


「セレン、こっちこい」


「なに? いま取り込み中だよー」


「石馬が直った。試しに乗ってみてほしいんだ」


「治ったの!? 乗る乗る! で、どこにいるの?」


「お前目付いてんのか? ここだ」


 コンコンと石馬を叩いて位置を示してやると、今まさに気づいたとばかりに石馬に走りよって飛び乗るセレン。石馬はその衝撃に一声鳴いたが、落ち着きをなくすどころか、ましてや動作を止めることもなかった。


「おー。なんだか元気になったねぇ。よしよし」


「成功だな。はあ、思いのほか早く済んでよかった。念のため、もう一体の方もいじっとくか。学者殿もセレンも、先に寝といてくれ」


 俺は二人を促し、テントの方へ誘導する。エイブラハムは滝石を口に放り込み、何度か噛んで生まれた水で口をゆすぐ。それをテントの外に吐き出すとすぐに床に着いた。しかし、セレンは動かない。


「んーんー、私はそれ見てる」


「五時間もしたら、もう出発する。あんまり寝てる時間はないぞ?」


「私が何年寝てたと思ってるの? まだまだ起きてたいよ」


「わかったわかった。じゃあ学者殿を起こさないように気を付けててくれよ」


 年単位で寝てることは自覚してるのか。

 『千重塔サウザンド』が崩壊して、すぐの時点で黒繭があの村にあったとすれば、数十年あの中に居たということになるがこいつはそれも理解しているのだろうか?


 あまりそうとも思えないが、などと考えつつ作業を進める。


 全員の目が覚めたら、さっさと出発しよう。

 本当ならこんなところで野営せず、まっすぐ帰りたかった。午前五時、双陽の時間が迫っているから留まらざるを得なくなったというだけだった。どの道、透過遮光布を使っているのだから安全には違いない。だが、せっかくなら塔下町の宿屋で、ふかふかのベッドで眠りたいというのが人間というものだ。


 二人を連れて『穏火塔トーチ』で待つモーリスに報告、その後『雲裂塔クラウドブレイク』まで送り届ければ仕事は終了だ。


 報酬金、まず酒は確定として、何に使おうか。

 明日には彼らともおさらばだ。セレンの原動機については気になるところもあるが、あんなものはどうせ一介の魔道具ソーサリー・ツール技師でしかない自分には与り知らないものだろう。

 なんてことを考えながら作業を終えると、俺も床に着いた。


 テントに入る前にもう一度、セレンに早く寝るよう促す。しかし、俺の意識があるうちに彼女がテントに入ることはなかった。

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