自ら毒へ踏み入る

「シュロってのは、この樹だ。皮が縄を編むのに最適だから、ちゃんと覚えておけよ」


「はーい」


 材料の調達ついでに、森で採れる中で活用できる素材のことを里のチビ共に教え込む。

 たまたま同世代の中では一番先に生まれたのが私だった。

 最近は毒のことだの旅の義務だので、まるで相手ができていなかった。ちょうどいい機会が持てたと思う。


 里に張ってあるテントは大型のものが多い。その大量の骨組みを円滑に運ぶには、頑丈なシュロ縄で束ねるのが一番だ。

 彼らがいずれ旅に出た時も、頼りにできる知識となるだろう。少しでも、助けになればいいのが。

 といっても、私自身にも大した期間を旅した経験はないのだが……。

 

「なあ、姉御ー」


「こら。黙って見てろ。……ほら、うまく編めたなら聞いてやるよ」


「いたっ。うーん、できるかな」


 せっかく結び方を実演してやってるというのに、無駄口を叩くからにはちゃんと見て覚えたんだろうな?

 今日連れてきたチビの中では一番大きい男の子、デメトリオは私にひそひそとした声で耳打ちする。私はそれを戒める意味で頭に拳を落とした。

 彼は頭を少々さすった後、不器用ながらもシュロの皮を編んでいく。


 お、結構やるじゃないか。

 デメトリオが編んだシュロ縄は、少々ほつれが目立つものの、れっきとした縄として使えそうな品質だった。


「まあ、そのくらい編めたら及第点かな。で、なにが言いたかったんだ?」


「姉御ってさ、えっと、あのさ」


「落ち着いて話しな」


「姉御は、サンダリオ兄貴と付き合ってるの?」


「ふはっ。お前、いつの間にそんなませたんだ」


「俺のことはいいから! どうなの?」


「付き合っちゃいないよ。第一、そんな仲にはなりそうにない」


 鬼人の指導者たる資格、黒巻き角。

 族長の代替わりに関係なく、ある一定以上の年齢を満たした鬼人に発現する突然変異だ。

 こともあろうか、その現象が現族長や族長の息子を差し置いて私の身に起きてしまった。

 それ以来、サンダリオからは一目と、距離を置かれているような気がしているのだ。

 

「じゃあ、俺が旅を終えて帰ってきたら……結婚してくれない?」


「……っは? あははははははは」


「笑わないでったら! 皆に聞こえちゃう」


 慌てふためく様子はまだ子供そのもの。彼にとって幸いか、他のチビ達はシュロの皮剥ぎに夢中だ。こちらに関心がありそうな奴はいない。

 私はおかしいのを堪えて、デメトリオを諭す。


「ふふっ。お前は確か、今年で十二だろ? 旅に出れるのは三年後、その頃私はもう二十だ。私に行き遅れろっていうのか?」

 

「違うよ。婚約してれば安心してもらえると思って」


「婚約ねえ」


「そりゃ、しばらくは寂しい思いをさせるかもしれないけど、旅なんかすぐに達成して帰ってくるから!」


「誰が寂しがるって?」


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い」


 生意気を言うデメトリオの頭に、再度拳を落としてぐりぐりと押し付ける。

 まさか、こいつがこんなことを言い出すなんて。なんだか私は母親が抱くような気分になる。


 母親のような気分。

 慕ってくれていることに悪い気はしないが、このプロポーズに対する答えは決まっているようなものだった。


「そうだな……お前が帰ってきたとき、私がフリーだったら考えてやるよ」


「えー! キープって奴かよぉ!」


 うまい断り方が思いつかない私は、とりあえず彼が幻滅してくれる方向に仕向けてみる。

 誠意のないやり方だと思う。何故だかきっぱりと断ってやれなかった自分が情けない。


 草木が揺れる音に、自省の感情を一旦押し込める。

 この音は、野生動物が立てるものではない。警戒心の強い彼らが今のように大きな音を立てることはない。

 狩りに来た鬼人という線もない。わざわざ獲物である動物を追い払うような真似はしない。

 だとすれば……森に不慣れな人間か?


「こっち? あっち? ……あっち!」


 白い髪を振り回しながら走り去っていく女の子が目に映り、私は呆気にとられた。

 あれは、さっき里前で別れた人間連中が連れてた子供に違いないだろう。

 

「姉御……あっちは、毒が……」 


 水人種じゃないくせに、毒には耐性がある様子を見せていたあの女の子。

 しかし彼女が走り去っていった方向は、毒の発生源である青龍の住まう地だ。

 生粋の水人種である鬼人のサンダリオでさえ、あのザマなのだ。どの程度の耐性を持っているのかは知らないが、過信すると痛い目を見るぞ。


「デメトリオ、チビ共を連れて里に帰れ」


「あの子を追いかけるつもりなの?」


「心配するな。私にはこれがある」


 私は親指で己の黒巻き角を指し示す。

 伝承によると、これが生えていた者は押し並べて、他の鬼人よりも毒への耐性が高かったらしい。

 これまで必要に迫られてこなかったこともあり、自分の身で確かめたことはない。だが、今頼れるのはこれだけだ。


 小さくなる少女の背中は、草木に阻まれてもうほとんど見えない。

 それを完全に見失う前に、私は駆け出した。

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