接ぎ花
体が怠い。今まさに眠っているというのに、このざまである。これでは、何の為に睡眠を取っているのかわからなくなる。
少しでも改善を図るべく寝返りを打とうとしたが、体が微動するに留まる。
それ以上体を動かそうとすると、なおさら怠さを覚えるのだ。
諦めた俺は薄く目を開く。天井が目に映る。ごつごつとした岩肌だ。
俺は目を全開にした。透過遮光幕の中で天井が見えること、ましてやそれが岩であるはずがないのだ。
「あら、目が覚めたのね」
体は起こさず、顔だけを声がする方に動かす。
シアが近くに座っていた。彼女の髪が纏っている、淡く青い蛍光が、この暗がりでもその持ち主を認識させる。
「んあ? っ痛」
「無理に起きないで。剥がれちゃうから」
やっとのことで体を起こそうとした俺は、まず二の腕の中ほどから感じる、ヒビでも入ったかのような痛みと、肘が曲がらないことで己の身に起きた異変を知ることになった。
腕を上げようとするも、うまく上がらない。どうにか目をやってみると、指先から二の腕の丁度痛みを感じた辺りまで、白くて大きな植物の葉のようなものに包まれている。
なんだこれは?
「それが馴染めば、また腕が動くようになるわ。しばらく不便だろうけど、あんまり動かさないでね」
「……そうか、すまないな、ありがとう。こんなこともできるんだな」
「どういたしまして」
シアは返礼した後、思い出したように口角を上げる。その動きはやはりぎこちない。
俺が腕を見ていたことで心中の疑問を察したのか、シアは至極簡単にではあるがこれの説明をしてくれた。
己が意識を失うことになった経緯を思い出す。
まさか、考える間もなく攻撃が弾かれ、腕を焼かれることになろうとは……。
とんだ紛い物を掴まされてしまったらしい。そりゃ、取引の前に物の確認はした。あれは確かに朱雀の尾だった。だが、今となって考えてみれば、あんな辺鄙なところで有用な幻獣の素材が手に入るはずがなかったのだ。
おそらくは、どこぞの養鶏場から、朱雀の下位種である不死鶏の尾が巡り巡ってあの辺りまでたどり着いたのだろう。
また幻獣の素材を買う機会があれば、よく気を付けないといけないな。
「よかったわ。二日くらい意識が戻らないから、もう少しで諦めてしまうところだったもの」
二日も寝倒していたのか。あたりを見回しても、シアの他に誰かがいる様子はない。三人とは、はぐれてしまったらしい。
どうせあの爺さんのことだ、俺が置いて行った透過遮光幕や非常食を勝手に活用することだろう。その費用は……まあ、勘弁しといてやるか。
三人とはいち早く合流したいところではあるが、この腕じゃなあ。
また動くようになるまでにどの程度かかるのかを、背を向けていたシアに聞こうと開いた口が止まる。
彼女の背中に付いた『蕾』に、花弁が一つしかないのだ。
「……その『蕾』」
「ああ。気にしないで」
「気にしないで良い訳があるか! アダッ」
「まずは自分の心配をなさいな」
つい興奮した自分を諫めるように痛みが強まる。それを抑えようとしても動く腕はない。
少しだけ冷静さを取り戻して、振り返ったシアに改めて確認する。
「確か、四つあったはずだろ。一つ壊したのは俺だが、他のはどうした」
「そこに二つあるわ」
シアは俺の腕に向けて指を差す。
まさか、この巻き付けられている葉のようなものは……。
「これが花弁なのか……なんで」
「私がこんな風に使ったのは初めてだわ」
この口振りからして、他の姉妹の『蕾』が持つ花弁でも同じか、似たようなことができるのだろう。
俺はセレンと初めて会った時のことを思い出す。あいつは、俺達の事を酷く警戒していた。
確かに『蕾』は、塔の魔力凝縮炉そっくりの機構を持つ。だが、地上の人間の殆どにとってそんな物は無用の長物だ。だが、黒焦げになった腕でさえ動くようになる程の治癒効果を持っているとしたら話が変わる。
この力の存在が、彼女らが警戒を怠れない要因の一つになっていたのだろう。
帰る場所も崩れて、多数の人間に身を狙われるような生活を何十年も送ってきたのだと考えると、俺は彼女らに同情の念を感じずにはいられなかった。
「なんで……か。どうしてかしら。うーん……そうね、知らない人じゃないし、いいかなって思ったの。ほら、花弁はまた生えてくるけど、腕は生えないじゃない?」
同情を抱かれていたのは、どうやらお互い様なようだ。
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