第41話 瀬の光の教団 1


「―――それは、大変なことでしたね」


女性の声だった。

場所は巨大ネオノイド教団『の光の教団』の本部、その大広間である。


教団の車から、水橋李雨という水属性能力者が逃走した、という報告。

それは俺と連木の、二人の教団員から報告された。


「せめてご挨拶をしたかったというのは、私の願いだったのですが………ご報告ありがとうございます、やぐらさん、連木つらきさん」


「申し訳ございません―――」


俺と連木は、頭を下げる。

協光様の御前であることもそうだが、任務失敗である。

任務失敗という事もあり、連木はあの日の宣言通り退職やめるらしい。

あと数日はここにいるとのことだが。


まあ―――俺がこいつとコンビを組んでいるという風に見えたかもしれないが俺は不満だった。

向いていなかったのだろう、相性もいいとは言えない。

女と軽薄にお喋りしたいのであれば、ホストにでもなればよかろう。

別に煙たがりはしないし見下してもいないつもりだ。


水橋李雨が自分から車外へ飛び出してしまった、という事の顛末について、『彼女』は残念そうではあったが、笑みは崩さなかった。


「良いのですよ、新しい場所に行きたいと思わない方もいらっしゃる―――私も教団を立ち上げる前は、不安で仕方がなかった」


協光様は女性だった。

教団の豪奢な衣装に身を包んでいる―――そのデザインは着物に近い。

透き通るような声の持ち主だ。


「でもお怪我はなかったかしたら、危ないじゃあないですか―――車から降りてという事ですね?抵抗して?」


「車の中で能力を使い始めて―――こう、能力光ネオンを目を光らせて―――」


連木が身振り手振りで説明を試みた。


「まあ」


と、言って反応し―――しかし、視線は近くにいた少女に移る。

白い制服を着た、新しい団員の子供だ。

今、彼女は能力の手ほどきをしている時間である。

訓練をしている途中、いわば授業中のようなものである。


その時間に、俺たち二人が報告に入って来た、という形である。

俺たちへの対応は片手間で構わない。

それは理解している、しているが―――あの交通事故の一歩手前、車内の出来事を説明して、「まあ」の一言で返された連木の表情―――お察しする。

苦虫をかみつぶしたような、表情、なのだろうかこれは。

あれは肝を冷やした。


連木のことを俺は、決して気に入ってはいない、むしろ虫が好かない奴だと思う事の方が多い。

よく思っていないが、しかしあの状況では助かったこともある。

助かった。

あの時、運転に関してはかなり努力した方だろう。

対向車にぶつかりに行かなかったことは幸運と、この男の仕事の成果といえるだろう。


協光様は新しく教団に入った少女の傍らにいる。

少女は、あの水橋李雨よりは幼いだろうか―――赤く発光した瞳を弱々しくふるわせ、自身の掌の火を、見つめている。

火を生み出している―――少女はネオノイドだ。


―――手のひらを広げ、そのうえで自分の能力を発動、安定させる。

俺は人間だが、ネオノイドの基礎修行の光景は何度か目にしているし、知っていることも増えてきた。

この少女は入団してひと月も経っていないだろう、まじまじと覗き込んでみるが、あまり見ない顔―――である、記憶にない。


少女を見つめる協光さまは、慈愛の瞳を宿していた。

彼女は成人はしているはずだが、年齢不詳である。

その表情は教団のトップとしての威厳があるようにも見えるし―――幼さ、無邪気でもある。


「しかしながら、協光様、教団への送迎の途中で、邪魔が入ったのです」


報告はせねばなるまい。


「途中で、ネオノイドによる妨害があったのです、報告外の―――」


「ああ、『新しい光』との邂逅かいこうですねぇ、喜ばしいことです」


新しい能力者がいると聞くたびに、自然と笑顔が出るのが彼女らしい。

言い回しがたまに独特になるが、もう慣れたものである。


「仕事の妨害をしてきた、潜在能力者ネオノイドです、危険ですよ」


「教団や、国が把握していない能力者がたくさんいることは、もはや常識のはずです」


「そ、それは―――」


「でも、お会いしたいわ、その子にも―――もう少し話していただけないかしら」


友達になれるかもしれないじゃあない、と、協光さまは笑顔をこぼした。

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