第25話 水橋李雨 3



その日は意外な展開ではあった。

僕にとって意外なことに、水橋李雨とは、それなりに会話が弾んだ。

話が出来た。

彼女の家を訪れて、場合によってはすぐに帰宅するつもりだったのだが。

柿本先生に、無理して声掛けを―――声掛けとは少し違うかもだけれど―――しなくてもいいよと言われ、その言葉に甘えようとしていた。


だが彼女の顔色がやや違った。

数学のプリントを届けるという役割、任務をする僕は、とりあえずこれをダシにして勉強関連の話をした。

僕の通う高校は中途半端なレベルの進学校で―――と、僕は思っていて―――実際に授業進度も早いようだ。

だから一生懸命な生徒も多い。

そういう校風だ。

そして、勉強をしなさい、部活は別にやらなくてもいいよ、というような雰囲気は、合った。


まあそれに賛否はあるかもしれないが、とにかく、彼女が水泳の話を持ち出したときには、少し面食らったものだ。

水泳の話。


―――してもいいのか、水泳の話。


そう思った。

プールの件からしても、今は、避けた方がいいように思えた。

しかし彼女は言った。

笑顔で―――どこか夢見がちな目で。


「背泳ぎなの」


彼女が得意な分野………分野?

とにかく泳法えいほうらしい。


Baビーエー更新………バック泳ぎ………いや、あれれ………言い方、ヘンかな?背泳ぎの記録更新の事なんだけれど」


「へええ………!」


僕は彼女の話を聞いた。

聞き手に回った、その話の内容自体は―――僕には縁遠い話だったが。

思えば女子が、女子と好きなものについての話をすること自体が、かなり久しぶりだった。


水。

水泳か―――まったく泳げないわけではないが、地属性能力者である、地属性能力者となってしまった僕としては、僕からすれば、ちょっと………ね。

大地を操る地属性。

なんていうか―――遠い。

水は、真逆。

水と油ではないが、まあ、畑違いだろう。


「ううーん、でもちょっと畑違いかなー?僕はほら、生き方が、地面にどっしりって感じだから」


地味だから、と自嘲気味に付け加える。

能力のことについてはもちろん言わないが、彼女は聞いて笑う。

水橋さん。


「畑って―――畑って地面に水をあげるでしょう?必要なんだよ、砂護くん」


む、意外とこれは。

一本取られたか?

そして砂護くん、と言った時の彼女の、縛っている髪がぴょこんと揺れたのが可愛かった。


嘉内夕陽の、しっかりと生命力を感じる黒髪とはまた違う魅力がある髪だ。

嘉内に比べると、やや頭髪検査で教師に呼び止められそうな茶髪だが、染めているなんていうことはないようだ。

なんだか、毛並みがいいというか。

動物の―――きれいな、動物の毛並み。

見ていて印象がいい。

飼い猫だったらすぐにでも撫でたい………というようなことを思ってしまう僕はキモいですか、ごめんなさい。

でも可愛いよ水橋さん。


それからも、僕は泳ぎが不器用だとか、背泳ぎってどうやるのか、前が見えないんじゃあないのか、とか―――色々と話をした。

話には意外と花が咲いた。

彼女は何かに吹っ切れているように、笑っていた。


「あはははは―――あっ」


ふいに、彼女が窓を見た。

正確には、窓の外、グレーな空模様を。


「うん………?どうしたの水橋さん?」


「雨………!」


ぽつりと、水滴が落ちるようにつぶやく彼女。

僕も窓の外を見る。

窓ガラスに、ぽつぽつ、と水滴が張りついていった―――。


あちゃあ―――。

傘。

あったかな?

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