第26話 水橋李雨 4
雨が待つ中、しとしとと雨が降り注ぐ中、僕は水橋宅の前に立っていた。
小雨だ。
季節は六月だし、一学期の終わりやそれに伴う期末試験も見えてきた時期だ。
別段おかしくもない―――どころかここ最近降っていなかったのが不思議なくらいだろう。
そろそろ、陽が落ちて暗くなってきた。
僕は、折り畳み傘をカバンから出そうとしていた。
しかしこれがなんだか、あまり頑丈ではなく、以前の風がやたらと強い日にダメージを追っている歴戦の猛者?なのだ。
どこかのお店で安いものを買って帰るのもありかもな、なんてことをぼんやりと考えていた。
車道から、一台の車がスピードを落としつつ近付いてくる。
そうやって、シルバーの乗用車が曲がってきた。
それは徐々に速度を落として―――そして水橋家の車庫に向かい、車庫入れを敢行する。
僕は他人の家族の車庫入れというものに、若干もの珍しさを感じたのか、そのシルバーの車をなんとなく見ていた。
その車庫にはもう一台、ワインレッドがまぶしい車があった。
母親のものだろうか―――どことなく丸さが可愛らしく、女性が好きそうなデザインだった。
シルバー車の車庫入れ。
ウチの親とはやはり、手順というか、車の入れ方が違うなぁなどと言うことを想っていた。
もちろん道路も車庫も違うのだから当然なのだが。
灰色の空からは雨がぽつり、ぽつり。
降ってくる―――あまり移動する気が起きない天候のなか、帰宅を後回しにしてぼうっとしていた。
見終わってから、すこし、あ、しまった―――と思った。
人付き合いがやや苦手な僕にとって、イマイチ得意でない展開が訪れたのだ。
―――ばたん。
という車のドアの音で、僕は我に返った。
はっとした。
それまで、ただ他人の車を阿呆のように見ていたのだろうか―――僕は。
我に返って気づいた時には、車から出てきたスーツ姿の男………水橋李雨のお父様―――と
「………」
水橋の父親から睨まれはしなかった。
睨まれはしなかったものの―――。
だが、その壮年の男性が僕を真っすぐに見て、やや困惑している。
ウチに来ている、敷地に入っている見知らぬ男子生徒は何者だ、と言いたげな視線。
「あっ。ワタシ、いや僕は―――水橋さんのクラスメイトで、ノートをちょっと届けに、お届けに上がった者です」
僕は背筋を正して、裏返ったような声で、ここにいる理由を説明した。
その男性は僕の拙すぎる返事に、やや間を置いて、
「―――ああ!」
と、気づいたようだった。
どうやら僕が不審者ではないとわかっていただけたらしい。
「
世話になっているね、とその男性は言った。
迷いもなく頭を下げてきた。
姿勢がいい。
「あっ………いえ、こちらこそ」
僕も社会人ではないなりに丁寧に―――頭を下げる。
実際にはいつもありがとう、というほど水橋李雨とは親友ではないのだが、僕も友好で良好な関係は築きたかった。
友好的に。
争わないよ---争いたいわけがないだろう。
「忙しい中、すまないね」
「ああ、いや全然………僕は部活などは、やっていないので………ははは」
部活動に所属していない。
修行はやっているけれどね。
「それでもありがたいことに変わりはないよ」
「いいんですよ、では、雨も降っているし―――僕は、これで」
僕は折り畳み傘を広げる。
帰り道に車が来ていないかを確認し、帰路に就いた。
就こうとしたが、そこで少しだけあったことが。
「ああ、
「え?」
呼びかけた水橋李雨の父親は、数秒間、僕を眺めていて。
その間、何か考え事をしているようだった。
しかし、その後に言葉は続かず………。
その間に、僕は彼から娘の
格好のいい男性で、かつ優しそうに見えた―――自分の娘を心配している、良き父親、模範的な人物に見えた。
「いや、別にいいんだ………届けてくれてありがとう」
「………はい」
彼は何か言いたそうにしていたが、僕はその日は、大人しく帰ることにした。
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