第24話  水橋李雨 2



水橋李雨、一六歳。

………もうすぐ十七歳。


現在、自宅。

これからも―――自宅。

私は一人で自分の部屋の中にいた。

電気はついているけれど、蛍光灯は光っているけれど―――世界は暗い。

そんな気がする。


机の上には、英語のプリントがある―――先日、クラスメイトが届けてくれたものだ。


クラスメイト。

二年四組の―――嘉内夕陽かないゆうひさん、砂護野晴さごのはらくん。


嘉内さんは綺麗な人で、その笑顔も明るい。

砂護くんは真面目そうで、どことなく、安心する。

二人とも―――いい人だった。

そして、いい人に比べて、悪い人は私だった。

そう感じ始めてから、もう三週間ぐらい経ちそうだ。

クラスへ、教室へ、行こうとしたこともあるけれど、怖い。

またあの『危険』が迫ってきたらと思うと―――この家からは出られない、出ないほうが賢明である。


授業ノートを見ながら英語のプリントを見る。

問題文を眺めると、求められている答えは、おのずとわかってくる。

泳ぐことしか能がないような私だったけれど、まだかろうじてついていける―――のだろうか。

ついていける。

ついていって―――そしてそのあと、どうなるんだろう。


教室は、元々ものすごく得意というわけではなかった。

楽しいことも多かったけれど、嫌なことの方が心に沁みついて、だから―――。

やはり泳ぐことを考えるのが一番楽だった。

水泳部だった私は、その水泳部に救われてきたものだ―――そう、教室に行かないからなんなのだろう、元々私は、教室や、それ以外の―――陸上で起きる、大体のことがニガテだった気がする―――。

今思えば。

教室で、明るくみんなと話すなんて、それは、そういう素質はなかったのではないかな。




ノックの音が聞こえた。


李雨りう。開けるわよ―――」


母さんだった。


「『この前のお話』だけれど―――あの件だけど、明後日、迎えの人が来るって。教団に挨拶してきなさい」


「―――うん」


「私も、お父さんといろいろ相談して―――それで決めたことだわ。李雨………あなたも、一人でいちゃあ、いけないわ」


「―――うん」


あの教団のことを、私はよく思ってはいない。

まだ、知らないから―――これは私の知識が不足しているので、実際はどうなのかわからないけれど。


それでも。

今、このまま、普通に高校に通ったりするよりは―――いい。

はるかに安全だ。

それは確信できる、している。


「だから―――」


言いかけて、チャイムが鳴った。

玄関から―――間延びして聞こえる音。

また学校の人たちかもしれない。

クラスメイトの誰かが来たのだ―――もう来ても、できることなんて、変わることなんて、ないのに。


「こんにちは。数学のプリントを届けに来たんですけれど、水橋李雨さんはいらっしゃいますか」


今日は嘉内さんはいない―――来たのは、来てくれたのは―――砂護野晴くんだった。

彼は一人で、やや心細そうに見えた。

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