第38話 専門家 ギミーさんのマンション3

まるで病気か何かのように。

そう呟いた水橋。

僕が少しばかり関わった、彼女の家族―――まあ一度しか会っていないような僕が、言えること、助言もアドバイスも少ないが。

彼女の両親はいい人たちだった、善良な市民に見えた。

娘のことを気にかけ、心配もしたのだろう―――そういう両親だ。


「病人か、腫れ物に触るような―――」


心配して心配して心配して、そして心配しか―――しなかったのかもしれない。

彼女の両親は。


それが彼女の、水橋さんの心を傷つける。

傷つけるというものとは少し異なるが、まあ楽しくはないだろう。

そして両親は全くそんなつもりはなかったのだろう。


「―――それだけです、すみませんギミーさん、砂護くんも。ただ―――誰にも言えなかったから、今まで」


と、そこで初めて心の底から―――笑った。

笑顔が出てきたように思った。

憑き物が落ちたのだろうか。

ここまで聞いても、僕にはそれが重大なこととは思えなかった。

水橋李雨が言った言葉。

なんていうと、鈍感な男子であり女子の感情などわからない―――という話になるだろう。


僕はそういう悩みはない―――最初からギミーさんがいたから。

そしてハタガミくんやショウさんと、話もできる。

ただ、彼女は唯一秘密を打ち明けた家族と、そういう微妙な関係が続いていたのだ、という話だった。





一度、僕に向き直って彼女は言う。


「砂護くん―――学校のプールのこと、あれ私が原因なの」


「えっ」


突然だったので、不意をつかれる―――学校というのは高校の。

僕等が通う高校の、二年四組の僕や水橋や嘉内も、いや他のクラスも利用する―――そして水泳部も。


「私が壊したわけではないけれど―――そもそも壊れるなんて思わない、思わなかったけれど、原因は私」





――――――――――――――――



高校の近くで、誘拐されかけた―――と水橋李雨は言った。


「相手は二人だった―――二人とも、別々の能力だったわ」


誘拐犯は、二人の能力者ネオノイドだった。


「………それって、あの黒塗りの車の男達がということ?」


僕は思わず口を挟む。

僕が何とか撃退した、二人組の、謎の男。

水橋は危険人物ではないっていうけれど、拳銃まで出しておいて、普通の奴らなわけがあるか。

どうなるかわからなかった。

今思えば僕は拳銃相手に立ち回れたのはぶっつけ本番の奇跡だった。

もう一度同じことができるかは、わからない。

自信があるという事は、無い。


水橋を助けるために走り出してから、拳銃を所持しているのが一人ではなく二人だ、とわかり、あの時は実は血が凍る思いだったのだが、それでも走るのをやめなかったのは、目の前で女の子が撃たれたら、一生後悔するだろうという直感からだった。

どんな理由があるにしろ。


「いえ、『瀬の光の教団』と―――あれとは別人なのは間違いなかったわ―――そもそもあれより前―――三週間くらい経ったわ、それくらい前の話。あたりが暗かったから、顔をしっかり見れたわけじゃないけれど」


―――能力者ネオノイドをめぐる環境は悪い。

犯罪に巻き込まれる。

ファミリーレストランで、嘉内夕陽がそんな話をしていたのを思い出す。

本当にそんなことがあったのかと疑問だが、僕は続きを聞くことにする。


「目だけが―――光っていて―――」


彼女の声が小さくなっていったが、なぜか逆に、聞き取りやすくなった気がした。


「『仲間にならないか』って―――最初はそう言われて―――同じ『能力者』だろうって―――」


ずっと秘密にしていたはずの、彼女の情報。

高校の友達にも教えていない、彼女の秘密。

それを知っていた、当然のように知られていたことに、怖くなった―――。

知っている人はあまりいないはず、と。


「逃げたら、追いかけてきました。能力も使ってくるなんて―――」


彼女は突然の犯罪者から逃げて、学校のプールに飛び込んだ。

とっさに、水に飛び込んだ。

そうした結果。


ギミーさんは話が見えてきた、と―――

誘導したんだね、と。

近くにある、水の多いところへ―――水属性能力者が力を発揮できるところへ。


「相手は二人がかりでも、だったけれど『水』があるところなら逃げ切れる、やり過ごせる――――だからプールに向かっていったんだね」


「というよりも、その直前まで、高校にいて―――だから走って戻ったらプールもあったので偶然のような思い付きだったんです」


「プールに飛び込んで………水を使えると?」


「使えると思いました、そう思いました。戦うというよりも―――その、逃げ込めばなんとか。だって私の能力が『そう』だから―――でも」


それでも相手は手段を選ばず、能力を行使してきた。

そして―――本来学校の敷地内、そのプールで激しい『何か』が行われ―――その結果、現場は壊れた。

おそらく途中までは、彼女が優勢だった可能性もある。

彼女の地の利―――というか水の利にたいして、襲撃者は焦りを覚えた。

だが相手は簡単に引かなかった。

彼女を『勧誘』することに手を抜かなかった。

そして強引な手法を取った。


「まさか―――そんな凄まじい能力だとは、知らなかったんです。プールが壊れるなんて、想像もつかない―――ひび割れて、剝がれてから、やってしまったことに―――気づいて」


確かに壊れるようなものだとは想像していなかっただろう―――。

翌朝には穴が開いた底面から水も抜け切り、なくなっていた。


「あの場所を―――壊したのは誘拐犯です、名前も知らない誘拐犯―――でも」


でも。


「でもあいつらを、そこに連れてきたのは、私………!」


簡単には引かなかった彼らだが、いずれはあきらめたのか、あるいは騒ぎを聞きつけた近所の住民がやってきたか、通報された警察か―――。

とにかく襲撃は止み。


しかし居場所が壊れた―――きっかけを作ったのは、自分。

意志を持って水のある所に移動して、そこを滅茶苦茶にしてしまった。

だから、水泳部のみんなに顔向けできなかった。

とてもできなかった。

やってしまったことに―――彼女は後悔し。

自分は水泳部では、水泳部員失格だ。



「君は襲撃者から無事に逃げ切れたものの―――家にこもりがちになり―――高校へ行かなくなった」


僕はここで、三週間前というのが、およそ彼女が不登校になり始めた頃なのかと思い至る。

彼女の家を訪れたこと、その経験に思考がいったので、開始時期については、特に意識していなかったのだが。


つまり、僕と嘉内夕陽が調査したあの高校のプールは、意図的に壊されたものではなかったと言える。

破壊者は、建造物としてのプールを狙ったのではなく、水橋李雨を連れ去ろうとした結果、過程として壊れてしまった。

そういう―――破損物だった。

その誘拐犯も、これは予定外だったと思ったのかもしれない。


「………私はもう、出歩きたくない―――と思いました」


「いや。責めるつもりはないよ、近くに誘拐犯の潜伏が考えられるのなら、この町に誘拐犯がいるのならば外出は避けるべきだろう」


「ギミーさん」


「うむ―――思いがけず―――うむ」


ギミーさんはややあって、息をつく。


「まずはキミが無事でよかったよ」


少し朗らかに笑うギミーさん―――確かにそれは、そうだ。

だが僕は直ぐにそんな言葉を出せなかった。


「そして最近頭に引っかかっていた件が解決した―――解決というよりも、何があったかはわかった」


と、僕の方を見る。

これで嘉内夕陽にも言えることが増えただろうか―――いや、この話は他言無用なのだった。

でもあいつは今でも校舎のことを調べているだろうし、何かの方法で止めたほうがよさそうだな―――。

まあそれは後でゆっくりやり方を考えられるか。


「わかった―――ってギミーさん、だって、誘拐ですよ?わかっただなんてそんな言い方―――」


「あり得る話だ」


ノータイムでそう返してきたので僕は二の句が継げない。

あり得る話。

あり得るって―――そんな。

いや、僕が通っている高校で………いやいや、そんな物騒なことが起きて生徒が巻き込まれているんですが。

嘉内夕陽からの前情報により、能力者が事件に巻き込まれやすいという話は聞いていたが、どこか別の国の、治安の悪いところのことだと思っていた。

ギミーさん、その言い方はどうなんですか?

僕、その高校の生徒なんですけれど。

明日も月曜日だから、カバンを背負って、その高校に向かって歩いていくんですけれど?


という、僕の複雑な心境もさておき。

しばらく考えて間をおいてからからギミーさんは言った。


「じゃあ次は、砂護くん、ちょっといいかな?」

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