第39話 専門家 ギミーさんのマンション 4

「水橋さん、今日はありがとう―――ショウが車持ってくるから、このマンションからはそれで帰るといいよ」


「僕の先輩にあたる人だから、まあ―――いい人だよ」


と言っては見たがあの人はあまりいい大人ではなかった。

子供を大きくした感じだった。

大丈夫かなあ。

いや―――やはり僕も同乗しよう、と思った。





「ところで砂護くん―――『使った』そうだね」


という第一声から始まったギミーさん。

僕は、ああその話が来るのか、と身構えた。

以前修行中に会話したことだが、



―――砂護くん、随分うまく使えるようになったんじゃないか?


―――ええ、最初の頃よりは。


―――その能力を、無抵抗の人間に使ってはいけないよ。


―――いやいや、しません………余程のことがない限りはそんなことしないと思いますけれど………。



その教え自体は、確かに常識と言えるものだった。

それほど印象的な会話でもなかったので、記憶の彼方だったが。


「………使いました」


「人前で、一般人に」


「はい―――あの男たちが、普通の一般人、かどうかはわからないですが」


「………」


こちらを、睨んでくるという事はないが真っすぐな目で見てくる、ギミーさん。

僕は、いま考えて言葉を選ぶ。

ギミーさんは教育者だ。

学校の先生とは違う、全く違うけれど―――。

彼は争いを好まない、しかし僕たちに能力のコントロールを、修行を施している、いい大人だ、善良な大人だ。




ノックして、すぐに入って来た男がいた。

ショウさんだ。


「ふう、こんにちは―――よおギミー、立て込んでるか?」


と、声をかけて来る。


僕はギミーさんに向き直り。


「あの時は、そうしないといけないと思って―――大けがはしていないと思います、あの男も」


ショウさんは僕とギミーさんの様子を見ていた。

それからも二言、三言、問答を続けて―――


「ギミー、なあ、ちょっと待て、砂護くんも色々あってだな、相手だって抵抗してきて………」


割り入って、言いかけたショウさんを、手で制すギミーさん。


「―――砂護くん、修行を毎日していて君の能力は大きく、強力になってきている。使いこなせるようになった自分の力を、無防備な人間に使ったらどうなるかくらい、わかるだろうに」


君は決して頭が悪い子じゃあないと思って見ていたんだけれど、と付け足す。

ややかちんと来たのは、完全に個人的な、僕の個人的な問題だけれど。

いい気分じゃなかった。

あと頭の良さ、そんなものは問題じゃないだろう、頭のいい悪い、関係ないね。

あの場面で動かないのは人の心がない。

僕はそう思う。


「………あれは、水橋さんが」


襲われているように見えたから、と言おうとした。

だがふと、彼女を見る。

黙っている彼女の表情は変化していない。

彼女を言い訳に使うのも―――良くない、とは思う。

………いや、僕は、正しい使い方をしたと―――思う。


「いえ、使うべき時だ、と考えました」


こういう時こそ、騒ぎを止めるために―――修行で得た力を使うべきだ。


「使うべきだと判断しました---言い訳はしません、言い訳と、後悔をしていません」


「―――この敷地で、能力組手にだけ使いなさい」


「………それは、ずっとですか」


「ずっとだ―――」


「それだけですか」


「次は、やるな」


それだけか………。

それだけかよ。


「なんだよ、それ………流石に見損ないましたよ………」


本当に誘拐だったら、どうするのかと。

水橋さんが誘拐されているのだったらどうするのかと………!

車内で言い争うような光景を見て、見て、それで無視すればよかったのか?

僕は耐えられなくなった。

僕を見てぴくりとも笑わない師匠、その表情には悲しみがある。


「女の子助けたんだ!そうすべきだと思って―――それでなんか、他に言うことないのかよ、言ってくれることないのかよ!」


耐えられなくなって、ドアから出ていく。

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