第40話 専門家、ギミーさんのマンション 5


高校生こどもらがいなくなった、マンションの302号室。

火属性能力者の俺と、ギミーだけが残された。

まあ、ぼちぼち、車にその子を―――水橋という砂護くんのクラスメイトを乗せて帰らなければならないが。

さっきまでの様子を見ていると、ねえ………。


「なあギミー、どうだ、今日あたり、いつも誘っていたが、ウチの店に来ないか、そろそろ何か、作らせてくれ」


二人きりになったとき俺はギミーに話しかけた。


砂護くんやハタガミ君がいない時は、過去に戻ったときのような、錯覚を覚える。

俺とギミーが初めてあった頃。

だが過去に浸っていくのは俺のしょうに合わない。

まあ、こいつは変わらないな、見た目もそうだが―――あいも変わらず気配が薄い、独特の雰囲気を持つ男だ。

もういいだろうあの、誘拐事件、正確には誘拐もどき事件らしいが―――とにかくギミーから聞いた、ことはもういいじゃないか。



「ショウ、私がつらく当たり過ぎているように思うかい」


「………ああ、思うな」


「そうか―――私も、ぴりぴりしているな」


と、言ったギミーは悲しそうだった。

いや、なんだか儚げに見えた………まあ元々、どこか人間離れした雰囲気を持つ男だが。


「まあ、俺が―――俺がどこまで言えるかわからないがギミーよお、あいつら、拳銃を向けてたんだぜ、やってらんねえよ」


俺は、運転席から見ていただけ。

動けなかった………ただビビっていた男だ、と言われてもおかしくないのだが。

まあ砂護くんが何であの黒塗りの車を追いかけろとか、めちゃくちゃを言い出したのかわからず、イタズラなのか砂護くん………と思いつつも移動していたのだが。


うん………この日本でそんなことが普通に起こると思わなかった。

そりゃあ、最近は物騒だが。

あの時、あのカーチェイスは気が気でなかったが―――アレの直前は。

俺は帰ってから、さっき砂護くんたちと釣りで獲った魚を煮るか焼くか―――というようなことを、のんきに考えていたところだったのだ。

そこに拳銃だ。

恐怖というよりも、なにか別の驚きがでかかった―――突然過ぎてどうしようもない。

そんな感情が沸き起こったものだ。


「拳銃か………」


ギミーは宙をにらみ、考え込む。


「能力者が絡むとね、そういうこともある」


呟いた専門家。

思いがけないものが絡んでくる、とギミーは言う。


「マジかよ………マジで言ってんのか?」


ギミーの無表情に近いその顔にいらだつ。

平静と変わらないように見える。

なんでそんな顔ができる、教え子が銃を向けられたんだぞ、人間の心がないのか。

そういうこともあるって、何だって―――?

何を言っているんだお前は。


「だから、能力は隠すように言ったじゃあないか、ショウにも」


「こんなことになるってわかんねえよ!銃刀法とかどうなってんの?」


「能力者の出現から何度か改定はされたじゃないか、能力を犯罪に使用する悪質な者に対しては、火器の使用もやむを得ないと―――」


「そう―――そういう事じゃなくてだな―――」


「水橋李雨………水を使う子は、今回誘拐じゃあなかった、砂護くんの早とちりだったという事になったけれど、私はね、誘拐もあり得たと思う―――」


能力者をめぐる情勢は、今まさに変化し続けている。


「様々な誘拐組織が現れては消え、の繰り返し。能力者ネオノイドの子供を誘拐しての身代金や取引金額レートは人間の子供の十倍から上………と。これはおおざっぱな話だし、私も完全には把握しきれていないけれど」


「………!」


「だから、国内の大きな教団に保護されて、属してくれるのは―――かなりまともな部類だと思ったよ、私も―――安心できるね―――他と比較すると、ではあるけれど。そういう話だけれど。誘拐されて海外そとまで行かれたら、かなり厳しいし」


「………笑いのセンスが足りないな」


もっとなにかないのかよ、面白い話を中心に。


「気が利かなくて済まない」


「………ギミー、俺の手には負えないのはわかった、そういうのは、お前に任せるが」


「私の手にも―――負えないかもしれないよ」


ギミーはゆっくりと呟き、溜息をつく。

お前までそんな顔をされたらどうしていいかわからない。



「ところで」


ギミーはまた呟く。

実際のところ、砂護くんに対してそこまで怒ってはいない、という点。


「なんだよ………まだなにかあるのか」


「ショウ、砂護くんは『崩し屋』にも―――関心を寄せ始めたら、私に伝えてくれ」


「なんだよ、いきなり」


はあ?クズシヤ?

崩し屋って―――あのニュースでやっている能力者か。

犯罪者で、能力者ネオノイドの風上にも置けないひどい野郎だとは思うが。


「あのニュースでやってるアレか?」


「砂護くんが接触しに行く可能性を考えているんだ」


冗談か何かだろうか。


「い、いやいや………だってあれ、崩し屋っていうのはそもそも日本人でもないかもってハナシだろ?」


「ショウ………今回の件では実は、私はそれほど怒っていない」


そうなのか?


「―――まあ物議を醸す奴もいるだろうが………ボクシング選手が路上で一般人を殴ったようなものだからね」


言い方、言い方………よ。

おいおい、そこまで言うか。

この男も大概だな―――あの状況も大概だったけど。

実際のところ、正当防衛、だといえると思うがな―――いざとなれば俺だって証言してやる。


しかし妙だな、俺は最初に、あの黒塗りの車の中から、水の入ったペットボトルがすごい勢いでどこかに飛んでいったのを見たのだが。

まあ―――投げたの、かな。

随分な剛速球だったが。


まあ、一般人に対しての能力行使は、能力者間のコミュニティでは厳しい罰則がある。

俺らには俺らのしきたりが形成されていて―――という話はされた。


だが神経質な奴だな。

ギミーは悪人ではないが、こんな辺鄙なマンションにこもり過ぎてだいぶズレちまってる節がある。

正直言って、付き合いが比較的長い俺でも、この男のことはよくわかっていない。

歯がゆい。

本ばっか読んでないで、―――きょろきょろとあたりを見回す。

部屋は、室内は本ばかりである、本が積み重なり過ぎていて、それが本棚に見えるくらいだ。

そしてやや大柄なコンピューター関連のものと。


そんなことやるのもいいが、早くウチのラーメン食べに来いよ。

美味いぞ?


「砂護くんは、また何か―――能力者と関わっていく」


そりゃあ関わっていくさ。

砂護くんがトラブルを起こすといいたいのか、ギミー。

ええい、鬱陶しいな、ため息が出るぜ。

まーたこの問題によって能力者の世界、業界全体が―――とか言い出すぞ、この男。


「トラブル―――は多かれ少なかれあるだろうさ………だけど、それさぁ、やりそうなの―――ハタガミの方じゃねえ?」


どちらかというと。


「………ああぁ~~~」


少し間をおいてギミーは天井を見上げ、ゆるく息を吐く―――すごく納得してくれた。

なんだろう………安心するっていうか、なごむ。


「ああ、うん、そうだね………それはあるね………マズいな」


「だろ?」


ていうかハタガミくん、学校行ってるのかな、中学校。

行っているとして通常の生徒としているイメージが思い浮かばない………ガチで心配だ。

まー………うん。


「それか―――理解したよ、おそらく。つまり私は、砂護くんは大人しいから安全、だと過信していたのかな。砂護くんは口先だけで物事を、治めることができる―――それが出来ると思っていたところがある。だからこんなに苛立いらだちを………不意をつかれたような気分になるんだろうか」


「まー………もういいじゃねえか、女の子もなんともなかったんだろう?」


「ああ」


「それに崩し屋って、いやいやいや、どう接点があるんだよ、俺には想像もつかないぜ、この地域に来たこともないんだろう、アレは………悪いが共通点がまったくねえ………教団みたいなでかいコミュニティに属してもいない」


「―――砂護くんは本人も気づいているかわからないけれど、結構崩し屋の話をするんだ」


意識している。


「へえ!………いや、でもニュースでそればっかだから、変な話でもないだろう」


「………『崩し屋』はね、テロリストで、建物の倒壊をやっている―――コンクリートの建物を崩せるんだ」


コンクリート。

その組成そせいはセメントや砂利だと、前に言っていた気がする。

言っていたのは、砂護くんだったか。



「―――『崩し屋』は『地属性能力者』だ―――砂護くんと、同じ」


ギミーは言って、溜息をついた。

俺は―――それを聞いて、ああそうか、と思ったが。

しかし何の問題があるのか、と思った。

いくらなんでも、関わることはないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る