第32話 砂護野晴だ 1



全く、どこから沸いた?

この子供―――高校生か?

まっすぐに走ってくるこの少年は―――水橋李雨と同年代くらいに見える。

ただでさえ今は―――緊急事態だ。

単なる喧嘩じゃない、能力を使っている。

水橋李雨の能力に巻き込まれる可能性もあるし、ややこしくなるから―――。


「出しゃばるなよ、ボウズ!」


思わず口走っていた。

俺はそいつを、銃を持っていないほうの腕で、脇につき飛ばそうとする。

しかし少年は俺の手を両手で不格好に抱え込む。


この、この少年………!

直感でわかった―――投げる気か。

俺を、投げる気か―――勇ましいな少年。

だがそう簡単にやられるか?



俺は、柔道二段―――!



その眼鏡をかけた痩躯そうくの少年は、俺の右腕を両手で抱え、背を向けた。

背負い投げの姿勢だ―――。

彼の背が、胸と腹に押し付けられる。


スピードや、それなりに迷いのなさはあった―――感じられたが、こと格闘技に関しては、それに限っては素人だという事はぐにわかった。

俺は少年に背を当てられる形になったが、足さばきで体勢を変え続ければ済む話だ、と思った。

相手が経験者でないのなら、対処はできるはずだった。





俺は少年の後頭部、その黒。

黒い髪しか見えなかったから、その時知らなかった。

知らなかったし、見えなかった。

その少年の瞳が―――、黄金の輝きを放ち始めたことを。






異変は、俺の足。

足で重心を整えようとしたが、滑る。

なんだ、足元が、滑る。


氷のように滑る―――つるりとではなく。

ざらりと―――ざら、ざらと。

何者かに、俺の足もとを、持ち上げられた。


「誰だッ!?」


反射的に叫んでしまった。

誰だよ、いま俺の脚を持ち上げる馬鹿は。


砂護野晴さごのはらだッ」


いやお前じゃないが。

持ち上げる奴の―――ことだよッ!


少年の声が聞こえると同時に、足元のことが、わかった、見えた。

―――いや。

見えたがわかったとは言い難い―――理解したとは言い難かった。

あり得なかったからだ。


道路が、が。

コンクリートが割れていた、割れていく。

今まさに、コンクリートは噛み砕かれるクッキーのように割れている。


コンクリートの細かい破片で、滑る―――?

その、隆起する、今まさに隆起する地面。

俺の脚が―――持ち上がってっ。

足元にあった台をいきなり持ち上げられたかのような―――それに、足を捕られ、そのままスライドした。

俺の脚を持ち上げるのは―――その犯人は、地面だった。


「大地を操る―――地属性ッ!」


「――――なっ、ああっ!?―――あっ?」


犯人が判明したとはいえ、その犯人へ、対処法がわからず、少年の両手にひかれ、地面が上昇し、俺はぐるりと一回転した。


大地に、叩きつけられる。

俺が柔道を習っていた柔道場の稽古とは、違う景色。


「かっ―――はっ、」


柔道場の畳ではない、路上にたたきつけられて、背中に衝撃を受けた俺は、それまで肺に詰め込まれていた空気をまるごと吐き出す羽目になる。

息継ぎのために息を吸う。


少年は俺を見下ろしていた。

真っすぐとした目だった―――ようだが、その目が黄金の光で、蝋燭の火のように爛々と燃え盛っていのと、逆光で、表情は読み取れなかった。



俺の周りのコンクリートの上を砂が砂利が、石が。

蠢いて、秋風によって転がる無数の枯れ葉のような音が響く。

雨粒が叩きつける土砂降りの地面のように、激しく音が聞こえる。

無数の音が、無数に蠢く。


がさがさと、無数の蠢く働きありのような砂は、脚もないのに少年の身体によじ登り、靴から膝、腰、胸、肩、それから右腕に向かっていた。


右腕に集まった砂は徐々に体積を増す

右腕に集まった砂は徐々に質量を増す。


雪だるま式に右腕―――いや右こぶしを、砂が覆っていく。

雪だるまはなく、あるのは砂だるまで、少年の頭部と同じくらいの大きさまで膨れ上がる。


こぶし大、という言葉がある。

今のところ、目の前で起こっていることの印象は、こぶし特大であった。



少年の右の肘は奥に引っ込められ、さあ今から右ストレートを打ち下ろしますよ、という姿勢で停止。

俺を見下ろしていた。


はあっ―――、はあ―――、はあ、はっ、はあ―――。


俺は、元々は道路の表面だった灰色の岩石を見上げながら呼吸を、整える。

息を肺に入れる。

入れなければならない。


「お―――お前、『能力者』ネオノイド、か………!」


一般人じゃあなかったのか、くそう、どこから沸いたんだ、この能力者ネオノイド

俺の仕事じゃあないが―――聞いていないが。

報告にない―――未発見能力者か。

潜在能力者か。

国内に無数にいるといわれる野良のらの―――ネオノイド。


そうか―――地面が、舗装されていた路面がこんなになってるのは、お前だったのか―――そうかお前の仕業か。

あり得ないことをやってのける新人類、ネオノイド。

不可能を可能にする新人類、ネオノイド。


くそう、こんな運の悪い日はあるか、不幸な日はあるか。

よし、そろそろいいか。

喋れる、声が出る程度には―――回復した。


「ま、まい―――『まいった』―――!」


言えた。

息が詰まる………だが、それでも声を出すことは、できた。

これ以上、騒ぎを大きくすることもない。

そうだろう?


―――ひゅっ。

風の音。同時に少年の岩石が振り下ろされる。

俺の利き腕の指が、岩石と、拳銃の持ち手グリップとの間に挟まれる。

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