第31話 櫓大吾郎の少し不幸な一日 4
僕とショウさんが黒塗りの車を追いかけ続けて数分。
僕の突飛すぎる発言による全力Uターン直後は混乱していたショウさんだったが、ようやく件の車に追い付きだして、ちゃんとしたカーチェイスに見えなくもない何かに、なりつつあった。
カーチェイスの体裁を保っているように見えてきたころ。
少し山の上まで来た―――釣りをしたダム湖への道だった。
追いつけたのは幸いだったが、当然でもあったかもしれない。
その黒塗りの車は、まともにスピードを出していなかった。
運転がひどく不安定だったのだ。
「なんだ、なんだよあの車!すごい運転してるな」
ショウさんが思わず口に出した通りだった。
すごいというか、信じがたいというか。
黒塗りの車は、左右に揺れ続けてドリフトの一歩手前、滑る寸前で体勢を立て直すというような動きで走っていた。
周囲の車もその暴走車の動向に、気を配るしかなく、しかし影響を受けて何とか避けていた。
運転はどうなっているんだ?
「オイオイ、どうするんだ、あれ―――通報するか?」
ショウさんはハンドルを握り、運転に集中する―――。
車の間を縫って走っていく、車線を頻繁に変えるごとに、ショウさんの緊張の呼吸が聞こえる。
ショウさんは手がふさがっているので僕がどうするか。
中の様子がわかりさえすれば―――。
――――――――――――――――
「やめろ!」
車内に響く声―――響くように叫んだ、声。
それと―――怒声のほかに、高速で飛来する、物体があった。
回転しながら飛び回る物体。
それが、運転していた連木の頭にぶつかる。
「ぐあっ!」
ひしゃげて変形するペットボトル。
ぶつかるというよりは、突き刺さる、というような、そんな飛び方だった。
連木が姿勢を変え損ね、ハンドルと―――車内が揺れる。
ぶつかって跳ねたのは、ペットボトル。
水がいっぱいまで入った―――ペットボトルだ。
ただの水だったはずだが、今では生き物のようだ。
俺はそれを掴むのをあきらめ、少女につかみ掛かる。
瞳から藍色の―――深い海のような光を放つ、水橋李雨に。
ペットボトル。
水橋李雨の能力はペットボトルを
奴は中の『水』を動かしているのだ(容器はその
教団から見せられた資料。
水橋李雨。
水属性―――純水か、それに近い液体を操る能力を持つ。
「やめろ、やめなさい、こんなところで―――!」
「私だって!好きでやってるわけじゃない!」
こんなところに来たかったわけではない―――と、いうようなことを喚く彼女。
後ろの席へ移動はできないが、手を伸ばすのみなら。
襟をつかんで、前の座席にひき寄せようとする。
俺も後ろの座席に座るべきだったか―――今となっては遅いが。
まさかこんな場所で能力を使い暴れるとは―――こんなことをすれば能力を使っている自分だって危険なのに。
メリットも何もないはずだ。
何故そんなことを―――まともに考えていないのか。
そこまで精神が、追い詰められていたのか、この子は―――?
道路は―――
止めて能力者を外に出しても、ここなら何とか対応はできる。
「連木!その辺で車を止めろ!」
「は、はい!」
俺の鼻先に、ペットボトルが直撃した。
鼻に鈍い痛みが広がる。
路肩に近付き、かなり減速したところでドアが開いた。
水橋李雨が、歩道に、転がり出た。
よろけて、地面に腕をつく。
そのまま、ふもとに向かって歩こうとする。
「私―――だって!なりたくて『こんな身体』になったわけじゃあ―――ない!」
叫びながらよろよろと、逃げようとする水橋李雨を、俺も追いかけようとしていた。
運転席の連木は動かない―――痛みによってであろう、呻いている。
「おい、おい―――待て!」
俺はドアを開けて、一度転倒する。
歩道のコンクリートに手をつく。
手をついて、そして意識をしっかり持つ。
くそう―――視界がひどく揺れている。
ガンガン景色が揺れる、無音のまま―――揺れる点滅し、明滅して揺れている。
景色が目蓋の裏でちかちかと光る。
地震が起きているわけがない―――それよりも、もっと身近な―――なんてことだ、これは、車酔いだ。
車酔い。
さっきからずっと激しく揺れていたのが、きいたのか。
だが、俺はそこまでヤワな身体ではない。
「止まれ!そこで―――『協光様』へ―――」
片膝で、立ち上がりかける俺。
少し先を走っていた水橋李雨が、転倒した。
彼女もかなり揺れを喰らったらしい。
ならば、まだ―――まだ、追いつけるか。
そう思った時、一台の乗用車が、近くに停まった。
ばん、と助手席のドアが開き、眼鏡をかけた少年が出てきた。
高校生くらいの少年だ。
「水橋さん!」
少年は彼女を見て、名前を呼んでいた。
マズい、一般人か?
トラブルはマズいし、何より今の彼女は、マズい―――まだ何かするかもしれない。
能力を使って暴れ出すなら一般人を巻き添えにするな―――。
「くそう、協光さまへなんて言えばいいんだよ!」
連木がかん高い声で叫んでいた。
俺は奴を見る。
奴は運転席から、もう、降りていた。
連木は運転席から降り、教団から支給されている拳銃を、構えていた。
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