第33話 砂護野晴だ 2


「―――銃は駄目だ」


手を押さえて叫び、呻き転がる男に、僕は言った。

息が、乱れて、乱れる………。


「拳銃は―――駄目だ、駄目だ―――ッ!」


はあ、はあ、はあ、はあ。

どうやら間に合った。

僕は男が拳銃を離したのを見て、拳銃だけは回収する―――取り上げて、手で持つ。

水橋李雨が心配だった。


「お前マジふざけんなよ!お前らマジふざけんなよ!なんなんだお前らはっだいたい―――」


興奮して国語力が低くなっているのが自分でもわかったが、もうそんなことはどうでもいい。

拳銃を、つかむ。

重厚な、鉄のフレームが僕の手の中に存在している。

そのひんやりとした感触に緊張した僕だが、とにもかくにも、確保しなければ、また水橋さんが危ない。

大きさこそモデルガンよりもやや小さめに見えたが、しかしこれは、凶器だ。

洗練された―――人を殺す可能性を持つ、もの。

本物に見える―――本当に?


「いいかっ、この子は―――お前ら、つい最近まで学校に来られなかったような―――繊細せんさいな、子なんだ。優しい子なんだ知ってる、僕は知ってる―――それを」


流石に引き金からは指を離したが。

それをしてしまうと戻れなくなる気がした。

何かから、戻れなくなる。


「何考えているんだ、なんて酷い奴らだ―――誘拐するつもりだったのか?しかも、こんなものを―――銃を―――馬鹿かよマジで、なにをかんがえてるんだっ」


ただでさえ、家にこもりがちな………こもりがちになってしまった、繊細で傷つきやすい子に………拳銃なんてものを見せるんだ。

ひどい、アホか。

非常識にもほどがある。


だってそうじゃないか、そもそもこの男たちは何なのだ、水橋さんの家族ではなく、知り合いという風でもない。

水橋さんの知り合いではないという僕の山勘は当たっているとおもうのだが、しかしだからと言って出所がわからない。

見慣れない制服を着ている。

制服というよりも、その文様は何かの民族衣装に近かった。

なんの組織だ、団体なんだ?



大男の方は、呻くのをやめたようだ。

そして、それを見ていた細身の方の男はこちらを睨んでいた。


「バケモノ………!」


男は言う。

銃を両手で握り、僕を睨む。

大男を投げた―――無我夢中の必死だったが投げることができた―――行動をしっかりと見られていた。


「バケモノ―――が、拳銃よりも、ずっと危険なバケモノが!人間の皮をかぶって―――!」


細身の男は甲高い声で、そんな言葉を喚いている。

喚き続けている。

奴はまだ銃を持っている―――僕も、持ってはいるが撃ち合うわけにはいかない。

そうだ―――今は僕よりも、水橋さんを………。


「水橋!………さん!離れろ、離れて!」


「砂護くん!」


水橋さんが叫び、背後から駆け寄ってくる。

一体何があったのか。


「いい―――いいの!」


「えっ―――な、なにを」


狼狽える僕の手を引き、端の方へ向かう彼女。

車が止まった場所は川にかかる橋だった。

川をさかのぼった上流で、ショウさんたちと釣りをした場所に近かった。


彼女に手を引かれ、橋の欄干らんかん―――縁側にかかる柵にまで引っ張られた。

僕は謎の男たちに警戒しつつ、黒塗りの車のわきを通り、そこにたどり着く。


「ちょっと、何をして―――」


僕が困惑していると、見ている間に、水橋さんはその落下防止のための柵に手をかけ、そしてスカートのまま、足をぐいっと上げてその柵に乗せた。

僕も男子の端くれなので、魅力を感じざるを得ない―――とかなんとか、思っている場合じゃあない。

なにしろ彼女の視線の先は、橋の下を流れる川。

川の流れを真剣に見つめている。


僕は彼女の行動を見ていて、寒気が走った。

―――なんで川を見て―――ちょっと、危ないよ、なんで乗り越えるような姿勢を―――。


りるよ!」


いや、降りるよってあんた―――?

一体どうしたというんだ、拳銃を向けられて精神的におかしくなってしまったというのなら―――いやそれでも橋から降りるのは無謀だ。

水に落ちてどうするというんだ。


「大丈夫だから!」


僕は、信じられない思いだったが、彼女は僕の腕を引く。

その目が真剣だったし、彼女だけを―――そうなる、落ちるのを黙ってみていられるわけがなく、僕は追いかけた。

おそらく五メートルほど下の川への落下。

銃は投げ捨てた。


彼女が飛び、一瞬遅れて、僕も欄干を乗り越え、飛んだ。


「………うっ」


落下の風圧か、あるいは重力にさらされ、僕は宙を掻くことしかできなかった。

両足が地につかない―――空中だ。

空中。

空中とはつまり、地面がない空間であり、大地がない空間であり。

大地を操る地属性能力者にとってこの上ない恐怖であった。

風が耳のそばを猛烈に駆け抜けていく―――顔が、表情がゆがむ。


流石に、水橋李雨に向かって馬鹿野郎と怒鳴りたい衝動が沸いたが、このままではまず彼女が、背中から川へ落下、ドボンである。

どういうことだよ。

激流が見える、激しさで表面が白く泡立っている―――

くそっ―――何かできないか、僕の能力で落下までに―――水橋に追い付いて―――。


僕が視覚に意識を集中させようとした時だった。

それを中断して、僕より下方を落下する彼女と見つめ合うことになった。



僕と彼女は空中で向き合い、見つめ合った。

―――いや、違う。

僕等は見つめ合ったのではない、もっと一方的だった。

僕が、彼女に見入っていたのだ。

魅入っていた。

魅せられた。

彼女の瞳に。



―――彼女の両目が、深海のように深く輝いている様子に、僕は心を奪われた。



彼女の背中側で起こった変化を、見ることができたのは僕だけだっただろう。

川の水の激流が、一瞬停止した、





―――かと思うと、膨らんだ。

水が、膨らんで体積を増して――――――いや、上昇してくる。


彼女が水のスロープに着水すると、その上を滑った。

着水音はしたが、その軌道はあり得ない―――と感じる間もなく僕が水の上に乗せられた。

滑り台とベッド―――が一番近い感触だったと感じた。

僕は水に流されるのではなく、水の上を流れた。

あり得ない動きのまま

僕は身体を回転させられながら、彼女のあとを流された。


波に乗る、とはこのことを言うのか―――。

僕と彼女は、下流へと流された。



―――――――――――――――――――――――――




残された二人。

それと、どう対応すればいいかわからなかったショウは、車からそれらを見ているのみだった。


「―――やぐらさん」


仰向けに寝ころんだ俺は、連木の声を聞く。

銃をぶら下げた手は、力がなく、生気が抜けていた。


「―――俺ぇ、この仕事めますわ」


呟く連木。


「………馬鹿、バッカヤロオ………お前は怪我してないじゃねえか」


俺は腕を上げる。

もう激痛はないが、血が出ている………血が出ている、その程度で済んで良かったのだろう。

良かった方だろう。


「―――そうでスけどぉ、でも」


「………まあ、止めはせんよ」


としか言えない。




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