第34話 砂護野晴だ 3


橋上からの落下。

数メートル、ビル何階建ての高さだという明確な数値は出ていないが、川まで派手に落下した、僕と水橋李雨。


結果から見れば、そのうち、水橋李雨は溺れることはなかった―――。

それもそのはず。

彼女の家にあった写真から推察するに、幼き日から十年近く水泳を習っている可能性はあった。

高校の水泳部というのは地球の歴史における人類誕生後の時間のように、薄っぺらなもので、それ以前の積み重ね、スイミングなどに通っている可能性があるからそこは驚くに値しないだろう。

泳ぎは彼女のほうが達者らしく、河童の川流れも、起きなかった。


水泳少女だし、さらには水属性だし、まるで溺れる要素がない。

水属性。

彼女はネオノイドで、水を―――どうやら操れるようだ彼女は。

僕はそう認識した直後に流されたので、僕は事態を飲み込んで咀嚼するヒマなどなかったのだけれど。

空中で、あるいは水中で考えをまとめることが出来るほど僕の脳は特殊ではないつもりだ。


とにかく溺れないように必死だった。

溺れないように必死だったというよりも、いや―――正直に言うと、僕は溺れていた。


全く予想できないクラスの女子の飛び込みからの激流下りにより、混乱の中だった。

彼女の能力により水の上を滑るようなことにはなっていたのだが、それでも全く水を飲まなかったわけではなく。

というか服着たままじゃないか、服を着たまま泳いでいるじゃあないか僕は。

服は水を吸って―――水分を吸って、重くなる。

水辺での事故防止のために、小学生の頃に一度だったか、そういう体験をしたことがある。

先生に教わり、自分で体験し、水着でも何でもない、私服のままに水中を歩くと、動きづらい。


クロールで泳ごうとしても、なるほど確かに泳ぎにくかった。

それでも水の流れで移動し、僕は下流へと流されていく。

水を吐き出しながら流れて、周りの河原を睨んだ。

息継ぎの合い間に、周囲の、流れ周辺の、丸い、角の取れた石が多い地形を見て、なんとか―――使えるものを探そうとした。


地属性能力者である僕は、身の回りにある石や砂利をコントロールできれば、多少、身動きというか、この状況に抗うことができる。

いざとなればそうするしかない。

だが僕が能力光ネオンを発動させる前に、彼女は―――水橋は僕を抱えて、岸へ誘導していった。

餅は餅屋。

この場所では水属性能力者に任せるのが、身のためだろう。

ここで僕の能力で川底の、かどの無い石を転がしたところで何になるか―――。

水橋李雨は、僕が地上を歩く時と同じような難易度で、それを行っているように見えた。

水は彼女の日常。


彼女に―――その元水泳少女としての泳力は動作の端々から感じられたが、彼女の操った水に乗せられて運ばれる僕、と言った感じになった。

経験の中で一番近いものを上げるとするならば、流れるプールになるのだろうが、一方的に岸に、河原に寄せあげられることは、今までなかった。




そんなこんなで下流にたどり着き、僕と水橋李雨は、河原の、手ごろな岩に腰かけていた。

この辺りまで下ると、流れも緩やかで浅瀬であり、ずいぶん表情が異なる水面だった。

日はまだ落ち始めていないが、森の木々が高いのでやや影ができ始めている。



山の自然の中、川の表面がきらきらと白く反射して、美しい。

昼間にショウさんやハタガミくんと釣りをした場所よりも良いスポットかもしれないなと思った。

景色の中で目に見える人工物は、谷の合間、遠くに霞むダムの、コンクリート製の直線ぐらいであった。

僕は息も落ち着き始めたところで、彼女に話しかけた。


「―――何があったのかは、聞かないほうがいいのか?」


彼女は、黙っている。

完全な黙秘ではなく、考えている様子だった―――何を話すか。


「銃で、脅されたりしたの?」


僕はあの、黒塗りの車の二人組を思い返す。

黒塗りの車だから悪人に見える―――とまでは言えないが、あまり良い連中ではない。

状況は知らないが、誘拐に近い何かだろう―――僕はこの時点ではそう思っている。

思っていたが、彼女は首を振った。


「………砂護くんは、なんでここに来たの」


何故来たのかというか、通りかかったというか。


「偶然通りかかったような―――ものだな、いや知り合いにちょっと、山で釣りに誘われて。いつも来るような場所ではないんだけれど」


と、説明する。

実際ここはクラスメイトが来そうもない場所だった。

僕ら二人だけだ―――だからこそ言いにくい話でも、出来る雰囲気はある。


「能力………」


切り出そう。


「能力………ありがとうな、水橋さん。溺れずに済んだよ」


「ううん―――ごめんね、橋から飛び降りたりして」


本当にごめんしろよ、そこは。

いや普通に死ぬって、あんなの。


「知らなかったからビビったけどよ………水を………そのぅ、使えるんだな?」


「………うん」


バレちゃったね、と水橋はあきらめたように笑う様子は、もしかしたら可愛く見えたのかもしれない。

しかし、僕の目から見る限りでは、可愛らしさ以上の、そう―――不安定さがあった。

彼女の笑顔は自宅で会ったときも感じたが、不安定な気持ちになる。

彼女の心が、移る………。

僕へ移る………不安定な気持ちが、伝わってくる、流れ込んでくる。

僕はその瞳の震えに耐え切れず、逃げるように目をそむけた。


しかし、疑問でもあった。

疑問も浮かんだ。

何故彼女はこんな、怯えるような目をしているのだろう。

僕が能力を初めて使った時のような怯えよう、混乱。

―――いや、それ以上の怯えようを感じる。

それはやや異常であったが、川から―――あの川流れの時、水泳少女も恐怖を感じたのだろうか?



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