第28話 櫓大吾郎の少し不幸な一日 1
教団の黒塗りの車の助手席。
俺はそろそろ慣れた道―――過去何度か通ったことのある大通りの風景にたどり着くと、やや気を抜いた。
ひと息つく。
ネオノイドが中心となって構成されている教団、『
そこに入団し送迎を担当した俺だが、俺は、自分は、何の能力もないことを知っていた。
俺は人間だ。
名前は
二十四歳。
ゴツそうな名前だ、とよく言われる以外は―――なんの変哲もない人間だ。
実際、柔道はやっていた。
俺は火を噴かないし水を流さないし雷を落としもしない。
人間だ。
これが現代では思いのほか重要なのだ、何しろ人間じゃない人間もいるからな。
しかしながら、何故そんな俺が縁もゆかりもなさそうな『
親戚の
その手の話を頻繁に聞く機会があった。
自分は当事者とまでは言えなかったが、決して
それがこの職についた決定的な理由かと問われれば疑問だが。
稼ぎは悪くないのだ、ならば文句もあるまい。
今は主に能力者の世話係、今回のように新人の送り迎えなどを担当している。
能力に目覚める若者………少年少女は、多かった。
少なくなかった。
近年はだんだんと増えている印象もある、傾向もある。
簡単な仕事ではない。
人間でいう「難しい時期」にあたる十代
俺の同僚も、『とばっちり』を受けて、入院した奴がいた。
全治二か月だったか。
そろそろ俺も、この仕事のデメリットを知り始め、いや色々聞き、場合によっては転職も有り得ると考えていた。
だが踏ん切りがつかなかった。
「―――キミさぁ、彼氏いんの?」
少女は黙って、窓の外を向いている。
「………連木、運転を………」
俺はむすっとした声を出す。
まあ連木がろくに聞かないのはわかっているがな。
ああハイハイ、と、連木は作ったような明るい声を出す。
「いいじゃあないですか矢倉さん---あ、じゃあ音楽でも聴く?」
言ってオーディオ機器を操作し始める連木。
俺よりもかなり細身の連木は、体重も口調も軽い男だ。
というよりも重い部分がないような性質。
この思慮が浅そうで軽薄そうなそうな男の持論を、聞いたことがある。
能力者が、今の社会で表立って自分が能力者だと公言しないことは、知っている。
彼ら能力者が特に肩ひじを張り、気にするのは自らの能力の話である。
彼らはそれを楽しそうには語らない。
―――だからそれ以外の、出来るだけ明るい話をチョイスすればよいだけ、という。
教団の休憩所で自信ありげに捲し立てていたのを聞いて、こいつなりに考えてはあるのだな、とは思った。
思ったが安心したわけではなく、任せる気にはなかなかなれなかった―――そんな簡単なものでもないだろうに。
俺には半信半疑だ。
まあ、俺はむっつりと押し黙る方が性に合っている。
単に心配性なのだが。
「それが、何か―――いたとしてももう、どうでもいいでしょう」
―――高校も、転校しなければならない。
水橋李雨はうつむいたまま、言った。
真面目に返答せずともいいのに―――、第一印象から感じたが、律儀な子だ。
「カワイーのに」
連木の口調を聞いて、やはりこいつの会話からはそこまでの心配りを感じないなあと思っていた。
まあ―――何十件も担当した俺だと、確かにこういった能力者の少年少女の事情も『よくある話』になりつつあった。
しかし出来るだけ明るい話題、とやらはそんなふにゃふにゃした話し方のことなのか。
ううむ。
ただ何も考えていないだけなのではないか。
見かねたというか、聞きかねたというか、俺が、口を開く。
「水橋―――くん、君は、今から私たちの教団に向かってもらう。この運転手の言うことは適当に聞き流してくれ」
「ヒドイッすよ櫓さん」
「運転に集中しろ、この教団は君もよく知っているように―――普通の宗教団体とは違う点がある。教えはあるが、何かしらの神を崇めるものではない、そういう者たちでは、ない」
代表として『
しかしながら、一般人がそうイメージするように、神を崇め奉るものではない。
霊魂や、そのほか神羅万象など―――そういったものを信仰するわけではない。
人間の力や自然の力よりさらに上の観念を信仰するものではない。
上というよりも、いうならば―――そう、新しいだけ。
新人類なだけだ。
協光様は常々、そうおっしゃっていた。
自分たちは、少し―――新しいだけ。
中身は何も変わらない。
「そもそも―――いや、民族宗教と言えばいいのだろうか、特定の者たちならば、歓迎するからね」
落ち着いて話を聞いている彼女。
その様子だと、今日の仕事も滞りなく進みそうだ。
「この教団はその敷地内の八割の人間が―――能力者だ。八割の人間という言い方は、少し妙だがな、うん―――つまり言いたいのは、君の悩みを共有できるだろうとそういうことだ」
教団の紹介文にあることを繰り返すのは、もう何度目だろう。
慣れた作業ではあった。
これは新しい教団員に言い聞かせる事でありながら、俺自身を落ち着かせる作業でもあった。
平常心は崩さずにいたい。
「水橋李雨くん―――君と同じ、
もう慣れたセリフであったし、これが仕事だった。
彼女はうつむきがちに下を向いている。
彼女の手には、五百ミリリットルのペットボトルがある。
七甲の美味しい水―――、その天然水のラベルの中で、水が揺れていた。
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