第6話 壊れたプール 2


「ねぇ、砂護!聞いてるの?」


立ち入り禁止区域から彼女の高い声が聞こえる。

それは歌。歌のようである―――女子って声高いな、僕だったら疲れるよ、そんな声出したら。


「聞いてないよ。今電話中なんだ、見りゃあわかるだろう」


「見え―――ないわよ」


と、僕はスマートフォンを片手に、ルール違反者に言う。

ばたばたと髪を揺らし、工事現場(仮)から出てくる嘉内夕陽。

動きがやたら大きく見えるのは、足が長いからだろうか。

正直言って、動物みたいな動きにはうんざりする。


「現場にはヒビはたくさん入っているのよ、亀裂きれつ、亀裂が」


「………他に何かわかったら、ギミーさんには伝えるけれど」


「え、何?じゃあギミーさんと電話してるの?」


「この事件についてわかったらギミーさんに伝える」


電話の邪魔はしないで欲しい。


『砂護くん、どうやら忙しいみたいだから、また日を置いてもいいよ』


ギミーさんが、どことなく薄ら笑いを含んだ口調で言った。

くっくっく、と楽しそうな笑いが駄々洩れだ、隠せていないですよギミーさん。

聞かせているんですか、それとも。

そんなに面白いですか僕が。

僕と嘉内夕陽が。


「あっ!いや、違うんです―――こいつとはそういうんじゃなくて―――!」


『いい、いい。『修行』はちゃんとしてね………じゃあこれで』


ぶつり。

と、あっさり電話は切れた。


僕は少し放心し、口を開け、彼女を睨みつける。

夕陽に照らされた長い黒髪をひるがえし、彼女は楽しげに解説する。


「あっ、でもねぇ、コンクリートにひびが入っているけれど、表面だけっていうか、底までは―――」


「なあ嘉内、新しいことはわかったのか?」


「………ううん」


僕は頭が重くなったような感覚を受ける。

眉間に指を当てて支え、考える―――手首が少し、眼鏡に触れる。

結局徒労か―――そもそも何のためにこの行動をしているのだろう、水橋さんとのあれこれで、何か関係があるのかもと思ってのことだったが、さあ何もなかったぞ、どうする。


「解決のヒントも無し―――っていうか警察が調べていったんだから、まあ僕たちが調べても、めぼしいものはないよな」


わかっていたことではある。


「でも砂護。このプールの件、問題が解決したら―――水橋さんはどう思うかしら」


馬鹿女が言う。


「水橋さんがまた学校に来られるようになると思わない?そうなったら、いいじゃない?」


夕やけ空の赤に照らされた彼女。

その度を超えて子供じみた笑みを直視できない―――恥ずかしい。


「そうは思わないの、砂護くん」


「………まあ、水橋さんが学校に来てくれたら、先生も、助かるだろうな」


と、照れ隠しに、ごにょごにょと言ってしまう僕。

嘉内夕陽の、時折見せる表情に弱いことを、自覚していた。


彼女が、ただのルール違反者の馬鹿女だったら、つるんで行動などしないのだ。

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