第2話 水泳少女に会いに行く 二

町中を歩く。

住宅街を赤い夕焼け空が染めている。


電柱がぽつりぽつりと、続いていく知らない道は、僕の自宅からはかなり距離がある。

知らない道は新鮮な気分にさせてくれる。

欲を言えば自転車で軽やかに走りたかったかな、徒歩ではなく。

東京は空が狭いらしいが、ならば僕の住むこの町は、空が広いのだろう。

舗装した道路ではあるが、なにぶん田舎町なので、土くれの香りがする。


「全然知らない道だぞ、委員長………」


僕は前を歩く女子生徒に声をかける。


「地図は見ているわ、こっちであっているはずよ」


クラスの委員長、嘉内夕陽かないゆうひは言った。


「見つけたわ、いえ見つけそうだわ、この辺よきっと………おそらくこの道で正解ね」


曖昧な言葉を呟きながら、柿本先生からもらった地図を片手に、歩く。


「もうすぐ着くわ、あら立派なおうち」


その発言がお世辞なのかどうかはさておき、住宅街の一角に、水橋家は存在した。

確かにあった………表札ひょうさつにも、『水橋』とかいてあるのでおそらく違いないだろう。


どっちにしろ突入に迷いはない、というような嘉内かない委員長の足どりは、健全な高校生のものである。

毎日学校に通っている普通の高校生のもので、世間的には見本とされてしかるべき、正しいものだ。

だがその健全な人間が―――いいのだろうか。

果たしてうまくいくのだろうか―――健全な人間が不登校の生徒のお宅に出向いても。


そうまでして颯爽と進んでいけるのはどういった心境だろう、僕は気が重いよ。

不登校の、しかも大して親しくもない異性に対してどう接するべきか、わからない。


とりあえずは無難に、優しく接するつもりだけれど。

やんわりと学校へ来ること、登校を進めたほうが、良いのだろうな………先生の事を思えば。

何なら、応対は彼女に任せて、ずっと黙っているつもりであった―――。


「委員長、先どうぞ、っていうか、一人で入ってもらえると、僕は助かる」


「何よ、何がそんなに嫌なの」


「嫌とかじゃなくて、自信がないんだよ、やり方がわからない」


僕は今回この件に関して役に立てるかどうかわからない。

それと、これは彼女には言えないが、能力者であるのだから、あまり目立つ場所に行きたくないという要素もある。

うむ………む、目立つ場所、ではないか。

うん、別に対して大勢の人前に出る場所でもないな。

初めてであるとはいえ、民家だ。

友人の家だ―――クラスメイトの家だ。


「委員長こそどうなんだ、この件は不登校の生徒をその―――どうにかしようという話だ。ネオノイド関連じゃあ、無いみたいだぜ」

ネオノイド。

この世界に現れた新人類―――彼女はそれに並々ならぬ興味を抱いている。



「私は先生に頼まれたから来ているのよ、なぁに、そんなに嫌なの」


嫌そうに見えるのか。

俺は普段通りの表情をしているつもりだが。


「余計なことを言ったんじゃないの?先生と、何を話したの」


柿本先生にか―――別にそんなこと言ってない。

言っていない―――はず。


「向こうが―――その、水橋さん、が嫌がったら嫌だなぁみたいなことは言ったけれど」


「余計なことじゃない、それ、それ―――」


ちゃんと余計なことを言っているんじゃないわよ、と、睨んでくる彼女。

いや睨むというか、嫌な顔を。

食べた料理が予想外にまずかった、というような口の動きをして。

彼女は言った。


「いいよ………、もともと僕の役回りじゃない」


あえて言えば、しいて言えば。


「暇だから選ばれたわけで―――」


僕は決して乗り気じゃあない、正確に言うならば、自分がこれに向いている、とは思えないのだ。

やる気はあるだろうか―――いや、ない。

やる気があれば何でもできるのだろうか、いや、やる気でどうにかなる問題ではないだろう、そういった種類のものではないだろう。


………というかよくもお前は、僕に説教ができるな。

お前の方が心配なんだが、お前の将来が。


「もっと嬉しそうな顔をしなさいよ。女子の部屋に入れるぞ、わーい、っていうような表情で、いなさい」


仲良くなれたら賑やかでしょう?

と、言うようなことを言ってにやける彼女。

御立派なことだ。

世の中にはその、人と仲良くなってにぎやかになるのが、とかく苦痛な人種がいるということを除けば―――これは人間か能力者ネオノイドか、ということとはもっと別に―――まあ、うん。

うん。

とにかく。

ははぁ、そんな発想もあるのか成程なるほどね、この女子はたくましいな。

というような表情を顔面に形成する僕。

僕にそういった気持ちが少なからずあることを見抜かれていたようだ。

そして、そんな自分を恥ずかしく思っていた。

僕の今の気持ちは複雑だった。

しかし少なくとも、不登校の生徒のために何かするのは―――まあ悪いことではないだろう、というような。

善の気持ちはあった。


「―――まあ努力はするよ」


実際は、現実はそこまで聞けるかどうか。

彼女個人の部屋にまで入ることはかなわないだろう。

ひきこもり、というのが僕の想像する通りの存在ならば、ぼくたち二人は彼女の部屋の前で、ドア越しにかろうじて会話ができる程度のコミュニケーションが限界だろう。

顔を見られるだろうか。


「それ、それよ―――あんた、そのにがい表情」


いかにも嫌そうな―――、と付け足す嘉内。


「わかったよ、わかったから」




これがネオノイド―――近年出現した新しい人類、超常の能力を持つ人類に関係する事件になるとは、この時僕は思わなかった。

単なる、不登校問題に関する案件だと感じていた。

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