第3話 水泳少女に会いに行く 三


嘉内夕陽かないゆうひ委員長が、水橋宅の玄関のドアを開ける瞬間。

僕は初めて入る空間に対し緊張する。

緊張どころか、なんなら身構えたが、外観を見た限りでは、なんの変哲もない一軒家であった。

玄関の辺りには写真立てがあった。


写真。

何年前のものだろうか―――幼い日の水橋李雨みずはしりう………彼女の写真である

そこで目にした、写っていたのは、この家に住む彼女の印象、特徴であった。

場所は屋内プール。


水着姿。

スクール水着姿の女子を見て、一瞬首を傾げた。

僕と同じクラスの女子にしては幼い―――これでは小学生だ。


ああ、昔の写真なのか。

ならば並んでいる人は、母親だろう、母親か父兄の―――親類かもしれないが。

幼い日の、おそらくこの頃の―――小学生の頃の水橋は、彼女は金色のメダルを手に摘まんで持って、微笑んでいた。

微笑ましい家族。

いい笑顔に―――見えた。



ここで、今回で会う予定の彼女が、水泳部であったことに思い至る。

前情報として、先生から最低限の説明は受けていた。

クラスメイトが知る範囲での、彼女のパーソナリティというか。

どんな人物なのかという、やんわりとした印象、特徴。


しかし、僕自身は水泳はあまり好まない。

苦手、というよりは自分と真逆の存在だと感じた。

中学生の頃の僕ならばまだしも。

今となっては、水と油のようなものだ。


玄関で靴を脱ぐ際に、光るものが目に入った。

トロフィーだった。


「ほら、行くわよ」


嘉内に急かされたのでよく見えなかったが、スイミングなんとかという賞、のトロフィーらしかった。

表面の光沢の陰りは、やや古いものに見えた。


俺は細心の注意を払い、あらゆる家具に決して触れないように歩いた。

まるでベテラン刑事。

事件現場での鑑識、あるいは刑事のような振る舞いであった………ドラマで見たやつのように振る舞ったつもりである。

必然的に俺の身体の動きはぎこちなくなり、挙動は不審者のそれであった。


「なに、少しおとなしくしていなさいよ?」


「いや、そんな………」


教師からの頼みごとを事務的にこなそうとしていたが、やはり当初の目論見というか、見切り通り、場違いだっただろうか。

そう、あきらめかけた僕。

嘉内委員長一人で事足りるのではないだろうか?



「………学校の、プリントね」


ソファに座った彼女の第一声。


小さな声で、手に取ったプリントを見る―――



少し顔を上げて、彼女はこちらを見た。

くりっとした目は見開かれていた。

そのとき僕が受けた印象、僕からの印象で言えば、水泳部で真面目に活動している女子であるというだけあって、しなやかで健康的な体型であった。

どことなく、小学生のような子供っぽさ、いや走り回るのが好きな男子小学生と言ったイメージがして。

帰宅部まっしぐら、地味なインドア派の僕にとっては眩しささえ覚えた。

肌の艶めきもどこか、いいというか、不健康なイメージがまるで払拭されている。



だからこその、何か、不思議な―――いや、神聖でさえある感覚があった。

彼女は決してひきこもるような女子に見えなかった。

やはり、少し驚きであった。

彼女がもう二週間も、教室に来ていないという事実に。

学校に来ていないという事実に。

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