第10話 修行中の身 3



言ってしまえばそれはロボットだ。

説明を隠さずに言ってしまえばロボットである。

この丘陵地帯のさびれたマンションで。

その敷地内、もともとは駐車場、駐輪場があったであろうその場所で。

僕にまっすぐ向かって走ってきたその物体は、頭身こそ、姿かたちこそ人間に似せてはあるが、それはロボットである。


機械人形。

からくり人形。

あるいはロボット、アンドロイド。

人間をモデルにこそしているものの、人間ではない―――その動力源は心臓ではなくモーターだ、あと全身に通っているのは血液ではなく電気であると、僕は知っていた。

ちゃんと知っていた。

………いや、どうだろうな、分解して組み立てるとか、そういうことはあまりしたことがない、一度もないから確信は持てないがつまりロボットなのだ。


今の時代では大して珍しくもなくなった、二世代、三世代前の性能のロボット。

色んなメーカーが毎年最新機種を発表している―――いや、シーズンごとかな、下手をすれば。

それの腕の部分にどこからか持ってきたのであろう赤いボクシンググローブをつけた、それこそ中学生が作ったような、適当なものだった。


僕はそのロボットの右ストレートを躱す。

人間よりも規則性がはっきりしている攻撃。

喩え攻撃を受けても、当たるのは柔らかいグローブという事になるのだが―――、ええい、このぉ。


僕は瞳に力を込め、光らせる。

黄金の光。

能力光ネオンが瞳にみなぎって、それを維持する。


ふと周りを見た感じ、襲われた際に、使えそうなものは少ない、ただの砂地のように見える。

人間ならば。


「―――これにしとくか」


僕はその瞳で地面を睨む。


この辺りはアスファルトがない庭―――というか砂地。

大量にあるそれ、砂をざくりと目ですくう。

透明なスプーンで砂をすくう―――イメージ。

そのままざらざらと、捲き上げた砂を、地面のすぐ上、つまり僕の脚部に巻き付ける。


落ちている布を足に巻き付けるくらいの難易度、体感難易度で、できるようになった。

今の僕は、あの頃の僕とは―――違う。


その砂の脚はそれほど重くはならなかった。

重すぎるのもよくない。

片方のすねのあたりを重点的に砂で覆うことによって、骨折で入院した人が使うギブスのようなものになった。

そのままロボットにローキックを入れる。

腕をやたらめったらに振り回していたロボットは、簡単に転げた。

腕が顔に当たりそうだったが、何とか躱す―――ええい―――うっとおしい。


ぎゃり、ぎゃりぎゃりぃ―――。


金属ボディが砂を巻きあげ、コンクリート地面にこすれ、こすれて転がり、慌ただしく滑っていく。

火花でも上げそうなものだったが、見ている分には大丈夫だった。


「ハタガミくん!」


僕は叫ぶ。


「ハタガミくんストップだ!ちょっと待ってくれ、修行開始ではないはずだ」


果たして、ロボットが走ってきた建物の陰から、男の子が現れた。

男の子というほどの齢でもないか―――まあ彼は中学生なんだけど。


砂護さごっち、これで修行しようぜ!」


声を上げるのは、元気そうな、快活そうな男子中学生だった。

着ているのは制服ではない。

彼も学校の後―――高校ではなく中学か―――、一度家に寄ってきたのだろう。

僕は―――、


「もう『組手』くみてしようぜ、『組手』!」


「自分で片づけとけよ、僕は上に行くから!」


距離があったのでそう言って、僕は階段をかけ上がった。


たどり着いた302号室が、ギミーさんの部屋である。

彼の部屋というか―――今となっては、最近では、僕たちの、という感じではあるが。


「入りますよ、ギミーさん」


ノックしてから、開ける。

来ることはわかっているはず、伝えたはずなのだ。

流石に通いなれて来たので慣れているが、この部屋は本の匂いがした。

図書館よりは印刷物の匂いが強いかもしれない。


「やぁ、砂護くん、調子はどうだい」


大量の本に埋もれそうな部屋の中で、細身の男性がいた。

今も一冊、手に持っていたものを机に置いたところである。


「ハタガミくんがちょっとウザいこと以外は、あんまり―――ええ、普通ですけれど」


「はは、ハタガミくんあの子はぁ、あれだねぇ、修行追加だね」


それからは、いつものように過ごした。

ネオノイドのことを、まるで雑談のように話せる人たちと。

ここはそういう場所なのだ。



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