地属性能力者 砂護野晴の日常

時流話説

第一章 地属性能力者の高校生活

序章 とあるビルの裏路地



―――能力を手に入れてから、瞳は視覚ではなく触覚になった。






ビルとビルのは闇ではないにしろ、影ではあった。


コンクリートの、石の、石灰の、無機質極まりない香りが漂う。

そこに時折、足元の、湿った雑草のものが混じる。


灰色の壁に、手のひらを向けた。

向けるだけでなく、押し当てる。

感触もまた、冷たく無機質極まりないものだった。

そして自らの眼球に意識を集中させる。


目の神経を意識すると、視界が光る。

やや黒ずんだ、紫のようなこの視界。


それが、自分の『能力光』ネオンである。


自分の能力を使えば、これから行うことは容易いが、また追手が来るかもしれない―――手早く済ませなければならない。

紫色の視界の中で、視覚によって触れる。


灰色の壁の中を、内側からかき回すイメージ。

出来るだけ黒く、激しく、蠢くイメージ。

動作はコップの中の飲み物を銀色のスプーンでかき混ぜるように行う。


それまで泰然としていた灰色の壁から、パラパラと何かがこぼれ始めた。

細かい破片である。

少し下がり、目を細める。


いつからか、大義のために力を捧げることに迷いなくなった。

目蓋まぶたを細めることで、少し、力を加える。


力を加え直す。

少しだけ―――スプーンの握り方を、直す。

内部から、かき乱すイメージ。


灰色の壁が、みしみしと音を立てる。

振動が、目に見えてきた。

瞳は決して新しくはない建物の振動を、感じる。


コップの揺れが、わかる。

目でわかる―――眼球に感じる。

全力で回すものがスプーンのような小さなものでも、コップを倒すことはできる。

本当に力を籠めれば、コップが置いてあるテーブルすら、影響は受けるだろう。


自分が能力を手に入れてから、瞳は、ただモノを見るための器官では、無くなった。

自分の眼球は、世界テーブルを揺らす『力』になったのだ。


壁は、もっと世間に知られている正確な表現、名称で言えば、鉄筋コンクリート造りである。

だが自分の能力を酷使することで、設計時の強度は、設計時に想定された強度は奪われる。

失われていく。



灰色の壁から、黒い点がぼつりぼつりと、現れた。

穴が。

空虚な空間が。

ありの巣から並び出てきた蟻のように。


蟻は巨大化し、繋がり、線になって亀裂になる。

コンクリートを、亀裂が縦横無尽に、進み―――割る。




目に見えた結果があると、仕事は気分がいい

目に見えるものがないと人は変われない。

人間は変われない―――あの旧人類は。

我々の―――能力者ネオノイドのことを理解できない者たちは。









その日、その建物は倒壊した。

警察が捜査を試みた。

しかし犯人の明確な目撃情報は出てこなかった。

目撃情報は出てこなかったが、しかし犯人を特定できないわけではなかった。

油圧ショベルなどの大型重機を用いて倒した、とでも言いたげな、完全な倒壊。

だが路地裏は極めて狭く、その重機が入れる余地も目撃例も存在しなかった。


捜査にかかわった警察は、現場の状況から、前例との類似点を数点、認めた。

容疑者を能力者ネオノイドにして反政治者テロリスト、犯罪者―――通称『くず』の犯行とみて、捜査を進めている。


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