第15話 中華料理店「極麺」1



その日の晩はラーメンだった。

晩御飯はラーメン店で食べる。

僕とハタガミくんは、行きつけの中華料理店のカウンターに腰かけていた。

中華料理店『極麺』きわめんのカウンター席に、二人で並んで腰かけている。


「へぇ!『組手』やってるんだ、もう!」


調理中の白く湯気の立つ鍋を覗き込むのをやめ、そこから、嬉しそうに顔を上げてショウさんが言う。

テレビの野球放送が響く店内はそれがなくとも騒々しく、ほとんど満席状態だ。

この店のラーメンは美味しく、値段は安くて量も多いので、すごく繁盛している。


「―――で、どっち?どっちが勝ったんだよ」


「俺が!俺の勝ちぃい!」


ハタガミくんがカウンター席の上で身をのけぞらせる。

ええい、必死だなアピールが、中学生。

僕はまだアレを思い出すと汗がにじむ。

くそ、神経が疲れたような気がする―――。

能力光を発動しても視神経に悪影響は通常起きないとギミーさんは言っていたが、疲れるものは疲れる。

修行だ、修行不足だ―――これからだな。


「まだ、スタミナがない感じですね………僕は」


謙虚に一言付け加える。

それにとどめると、ショウさんがいいねえ、いいねえ―――と微笑んだ。

彼は年下の子の、少年の頑張りを褒め称える。


「砂護くんは、春からだっけ?じゃあ二か月か………いやもっとか」


「え………ああ、そうです」


ギミーさんと初めて会った頃が春のことで、ショウさんの働くラーメン屋に行くことが増えたのも、そのころからである。

二十代の、美味いラーメンを作るあんちゃんといった雰囲気の人で、ここではバンダナをつけていることが多い。

今日もブラックのバンダナをぎゅっとめている。


ギミーさんを知っていて、かつそれと同時に、この店の店員である彼は、僕とハタガミくんの成長を楽しみにしてくれている。

まぁ、イイ人なのだが………この人はなんなんだろう、保護者か、何かか。

うーむ、なんとなくむず痒い。

あと僕が負けたのに、それを聞いて楽しそうなのが、何かなあー、嫌だなあって感じ。


ショウさんは調理する手を休めることはない。

真剣な瞳は、鍋の中、スープ表面をじっと見据えている。

そのため、口調は気が乗っておらず、ややスローモーである。


「ショウ!鍋の上で喋んなぁ!」


奥の親方(っぽく見える人)からそんな声が飛んできた。


「あッはい!すんませッ!」


鍋から素早く離れつつ、声のトーンを落とすショウさん。


「もう………やってるんなら組手、成長したんじゃないか?」


今までは色々とやっていたが、全部基礎みたいなものだったので、僕も進歩が嬉しい。

まあ当たり前と言えば当たり前なのだが、初めから自分の能力を使いこなせるわけでもなく、まずはコントロールからだった。

自分の力のコントロール。

地面のコントロール。


具体的には、砂時計がある。

三分で砂が全て落ちる砂時計があり、その三分を四分で落ちるように砂を操れという修行だ。

砂粒を視線で、若干浮かすように能力をかける。

修行なのかどうなのか、ミニゲームみていて可笑しいと思われるかもしれないが―――能力の繊細さををやしなうトレーニングなのだ。


これが難しく、力いっぱいド派手に能力を使うものよりも、難易度は高いかもしれない。

能力光を光らせっぱなしで何時間も砂時計をにらみ、四苦八苦したものだ。

ちなみに四分ジャストにできたことはまだ一回しかない。

自分の力なのにうまくいかない―――となると悔しくて、熱中してしまった。


とにもかくにも、今日は能力組手をやったので、ある程度の爽快感はあった。


「もうちょっと頑張ります………イイ線いったんですよ、いってたんですよ………足を、こう―――地面で滑らせることには成功したのですが………」


僕の話を聞いて、くわっ、と目を開いたハタガミくん。

睨んでくる。

目がでかい―――でかいし近いよ。


「負けてないよ!」


「………いや、ハタガミくん滑ってたじゃん」


ハタガミくんの電気操作の能力で、本来電気駆動のロボットは正常に動作した。

動きは規格外にアクロバットではあったが。

まあとにかく身振り手振りを大きく語り、自分は勝ったのだと必死である。

うーん、勝ったのならそんなに激しく一生懸命に捲し立てなくともいいと思うが。

この子がどっしりと構えるのはいつになることだろう。

大人になってから落ち着きを覚える姿が想像できない。


「アレはロボットの性能が―――あれがもっとこう、最新型のヤツだったら負けてねえよ、 

今CMに出てるやつっ」


「性能ねえ」


意図せずして、にやりと笑ってしまう僕。

口元が緩む。

それは近くの席に座っていた人たちもそのようらしい―――おそらくゲームか何かの話だと思っているのだろう、ゆるい笑顔が時折り見える。


「ロボットの性能が、勝敗を分ける絶対条件ではないよ」


僕はそのまま先輩風を吹かせたくなった。

どこかにいそうな、ミステリアスな年上のかたき役で金髪の仮面男。

クールな人になりたい。


「へぇーい、中華二つ、お待ち!」


その時、ショウさんが中華のうつわをふたつ、つづけて置いた。

醤油ラーメンのスープが、表面はうっすら光っている。

店は繁忙期真っ最中である。

僕とハタガミくんは、割り箸をぱきりと割った。


「いただきます!」


「いただきまーす」


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