第16話 中華料理店「極麺」 2


「よぉし、上がっていいよ、ショウ」


「―――うす!」


僕らがラーメンを食べ終わった頃、ショウさんは店長から声をかけられた。

仕事はひと段落ついたようだ、お客さんはまだ多くいるけれど、注文の声はほとんど上がらなくなったようだ。


食べ終わった、と言っても僕は、もう少しスープを飲もうとしていた。

喉を通ったあと、塩辛さが一瞬通るが、どこか甘い。

ああ、これマジ美味いわ………。

これ一杯でご飯何杯でもいけます状態、に移行する僕。

ラーメンの褒め方に称え方に、ご飯を持ち込むのはううむ………少し違うな。 

違う気がするけれど美味いのです―――はい。

あ、でもいまからはライスは注文しない。


ちらりと隣のハタガミくんを見ると、ほとんど器が空だった。

これ一杯でご飯何杯でもいけます状態、に移行したのか、ハタガミくん。


「大盛頼めばよかった」


とだけ言っていた―――。

ショウさんが仕事を終えたのを見届けて、僕たちも裏に行った。

僕たちが人が多く狭い店内から外に出るのに苦戦している間に、先にいったショウさんが一服しようと、しているところだった。

口に煙草を咥えて、かち、かち、とライターで火をつけようとしている。

かち、かち。

かちかち山だ―――ちがうけど。

ライターだけど。


「ふぅ………ふぅじゃねえや、なかなかかねえやコレ………で、ギミーは?」


ショウさんが自分の唇に挟んだ煙草だけを睨み、こちらを見ずに尋ねる。

ギミーさんか。

あの能力者ネオノイドの師匠兼研究者。

ショウさんはギミーさんをこの店、ラーメン屋に誘ったことがあるようだ、彼は。


「えっと………まあいつも通り?」


僕は言って、ハタガミくんを見る。

頷く。

ショウさんはと言うと、なぜかその時、物憂げな―――いつもの店内での、快闊な雰囲気が失われているように感じた。

たびたび、ギミーさんを自分の店に誘っているようだが、ここまでは距離があるので来ないらしい。

ショウさんは少しぼうっとした表情になり、そのまま気の抜けた表情で言う。

どうもギミーさんに会いたいらしい。

というか、この店でラーメンを食べようと誘ったことがある。

以前ショウさんがそう言っていたのを、聞いたことがある。


「修行を頑張ってるなら、いいってことよ―――そんな、もんか」


言葉を、途中で区切るタイミングで、煙草の前のライターをかちかちとさせる。

ライターの火がつかないのは故障なのだろうか。

多少の風があるので、炎が現れない。


「まあ、また話聞かせてくれ―――学校はどうだ?大丈夫か?」


「ええ、それなりですよ、特には―――」


なんだろう、学校が楽しいと言える人種はいるのかな、ええそれなりには。

としか言いようがないが。

毎日勉強をしている、そのための学校だが能力修行の方が楽しいので―――今日わかった。

うん。


「能力修行の方が楽しいかなと思います」


「俺もッ!」


ハタガミくんが同意。

日が暮れたけどテンション暮れてない。

元気なだなあ。

ショウさんもにやにやしている。


「夏はどうだ?ハタガミくんもサゴくんも、プールやってんの?」


「プール………は」


ショウさんの発言に、真っ先に連想したのが水橋李雨だった。

僕はうっかり、実は不登校の生徒がいる、ということを話してしまった。


「不登校の子ねぇ………」


「心配なんです。―――プールが壊れたのが原因で………ああっでもその子は、本当は元気な子だと思うんですけれど、問題がないというか、普通に活発な子のはずなんです。つい最近会いましたし」


そんな弁解をしながら、マズい話をしたかなとも、思った。

ただ、誰にでもあり得る話だとも思った。

学校は、楽しいだけの場所でもないだろう。

それを非難するのではなく、人生は厳しいものだとか、辛いこともあるものだとか、そんな気持ちでつらつらと言葉が出た。


「まあ、あまり詮索するのもアレだぜ。サボりたい日ぐらい、あるよな―――まあ」


「ショウさんは?」


「んおぅ?」


なに、その声面白いですよ。

録音してリピートしたいー。


「ショウさんは友達多そう」


「懐かしいな………まあ俺ぁ、高校をサボったことはあんまりなかったけれど―――」


彼は静かに考え事をする。

本来さばさばした性格と外見なので、そういうところを見ると―――なんだか、そのギャップにほころんでしまう。


しかし、サボる―――か。

ものは言い方次第だなと思う。

確かにショウさんか、もしくは男子の一部はサボるとか、フケるとか、バックレるなどの表現をして、そして実際にそれを実行に移すこともあるのだろう。

水橋さんはそんな印象はなかったけれど。

彼女は不登校―――と、いうことになっている大人しそうな女子だが。

どうなのだろう、彼女の性質がまだわからない。

水泳部で運動が好きな子なのならショウさんとも共通する性質があるのかもしれないが。

ショウさん得意そう。


それでも彼は言葉を選んでいく。

その砂護くんの学校の子は、違うんだろう―――水泳部で、でもプールがなくなったのなら、そりゃあ休んで当然だろうぜ、生き甲斐がねえんだから―――。

というようなことを。

実際それが正しいのかどうなのか―――水橋さんとは深く踏み込んだ話をしていない。

もうちょっと口が軽い子だったらいいのになとは思う。

そう―――そうか女子とおしゃべりしたいだけなのかもしれないな、僕は。

ううむ、軽薄だぞう。

実に軽薄な男だな、我ながら。



結局のところ、水泳部、という彼女の特徴、パーソナリティのことが、僕はよく知らないとしか言えない。

僕は元々、それほど水泳に縁があるほうでもない。


ああ、泳げないという事はない―――泳げない人、いわゆるカナヅチ、だっけ、そこまで苦手でもない。

いくら地属性だからと言って、完全に水が無理な人ではないのだ、。僕は。

でも生きがいがないのならば、確かに休みがちになるのが自然なのかもしれない。

そこはショウさんと同意見である。


「俺ぁ、そういう話を聞きたかったわけじゃあねーんだけど………」


「え?だって学校は大丈夫かって―――」


「もっと笑える要素あるものを要求してんだよ―――それにだ」


もはや火を点けることをあきらめたのか、煙草から目を離して、妙に真剣な表情になる。


「まあ、どんな人間もあるだろうよ、生きてりゃ色々………」


僕とハタガミくんは黙る。

しんとする、というか、あまりにも正論だったので、反発しづらかっただけだけれど。

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