第17話 中華料理店「極麺」 3
店の裏にいても、客の人たちのにぎやかさ、その喧騒が漏れて聞こえてきた。
人ごみではない、楽しそうな人の集まり―――いや、美味しそうな人の集まりか。
うむ?
これも違うか。
路地裏は静かである。
重ねられた酒ビンの段が静かに鎮座していて、どことなく哀愁を感じる。
「しかし、その―――なんだ、学校に来ない子にやけにこだわるね、砂護くんよ」
ショウさんが、再度、煙草に火を点けるべくライターをかちかちさせる。
こだわる―――というほど、親しくもないのだが。
そういえばなぜこんな話をしたのだろう。
あの不登校の―――水橋李雨だって、いやがることは予想できるだろうに。
まあ、個人名は出さないでおこう―――それならセーフ、だろうか。
僕だって嫌われたくないのだ、気にしているだけで。
「ええ、ちょっと心配しただけなんですけれど―――僕は、先生に頼まれて家にまで行ったんです」
かち、かち。
「ああ―――だから気になったわけか」
かち、かち。
「そうかもしれません―――だからその女子が」
かち、か―――、
「女子?」
ショウさんが振り返り、まじまじと僕の目を見る。
「いえ、その………女子なんだけれど、その不登校の子が………あれ、言いませんでしたっけ?」
「いやうん、言ってなかったが、そんな事………うん、その女の子、へぇー!」
へえへえと。
ショウさんが何かに気付いたようなそぶりを見せ、僕の顔を覗き込み、にんまりとわらった。
これ以上ないような、弾ける笑顔に。
年上の男の弾ける笑顔に、やや圧される僕。
ジョシ、ジョシと呪文のように連呼する。
「女の子!そうかそうか、
ショウさんが笑顔になる。
すべてを理解したというような表情だ。
何やら知らないが、勝ち誇っている。
彼は勝ち誇っている―――。
難事件を解き明かした名探偵になったんですかね?
探偵ならば、こんな気持ち悪い顔になるだろうか。
いや、ならない。
反語………何故反語だ、古典でさんざんやっているのでとっさに出たぜ、出てしまったぜ。
ええい。
ショウさん―――この人の人生は実に楽しそうだな。
こんな風に生きることは僕には不可能だ。
肘で僕の脇腹を突っつき、このこのぉ………なんて、ずいぶん古臭い行動に出る。
もはや古典だ、そんな行動は。
自分のことを軽薄だとか思っている場合じゃアなかった、もっと軽薄なのがいました。
いたよ、はい。
「いいじゃんいいじゃん。女の子だったら、助けてやるのもいいもんだよ、そのまま、仲良くなっちゃって、あわよくば………!」
僕は唇を中途半端に開いたまま、表情を停止した―――何ともコメントしがたい。
やっぱ言わなきゃよかったかな………
年上の人はやっぱり、何かしら僕を馬鹿にしようとしているのだ。
そうに違いない。
そして実際、水橋李雨は僕という男子をして、なんとか力になってあげたいと思わせる、そんな女子であった。
僕は彼女のことを不登校の対人恐怖者であるとは全く思っていない---。
だからこそ口外した、という節はある。
彼女と仲良くなることは、その可能性はあるという心境が僕の本音であった。
ただ、それがこのショウさんと
僕は話を逸らすべく、煙草に目を向ける。
彼の口から離れ、今は指先にある煙草。
「ショウさん、『火』………今、いいですよ」
「んお………?うん、だって………」
一瞬、無表情で店の方を見るショウさん。
「今―――
「………まあ、な」
ショウさんが口にくわえた煙草の、先端を見る。
見つめるその目が、静かになった。
暗闇の、黒目。
その黒い瞳に、ちらりちらりと、赤が増えた。
瞳が朱色になり、その朱色が強まる、瞳の赤が濃くなるのと連動して、煙草の先端に温かな光が生まれた。
夕焼け空が漏れたような。
―――ぼ、ぼぼ、ぼ。
火が生まれた音だ。
弾ける。
ショウさんは瞳の発光を安定させると、少し顎を上げて、息を吐いた。
ふぅ、と白い煙が夜空に霞んでいく。
「ま―――タガヤ………店長だけは知ってるンだけどな俺が『そう』だって―――。教えたわ」
煙を吐きながら、彼は言った。
「隠し事ばっかってのも、イヤなんだよなぁ」
彼は夜空を見て呟いた。
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