第23話 水橋李雨 1
「―――砂護くん、今度は数学のプリント、また頼める?」
授業をしっかり受けて放課後。
その日の放課後。
担任である柿本先生の授業も、問題ない態度で聞いていたつもりなのだが、その柿本先生からまた声をかけられた。
声をかけられて呼ばれて、ほいほいと容易く付いていった、職員室でのことだ。
そこでは多くの先生が、机で作業をしている。
それをぼんやりと見つつも、またこの前のように水橋さんの件かなあ―――と予想はしていたのだ。
ショウさんに、冷やかされたりしたので、僕としてはもう水橋さんのお宅に行くのは遠慮しようかなぁなどと考えていた矢先だった。
この調子だと和南あたりから、まあクラスの奴から冷やかされるのじゃあないかなあ―――まだそういうのは無いけれど。
そう考えていた矢先ではあったが―――。
「まあ、いいですけれど………」
と最初にまず引き受けてしまうのが僕の口癖だった。
争う姿勢は見せたくない。
ただ―――。
「嘉内………あの委員長でイイんじゃあないですか?それか女子か………」
「届けて、あとは水橋さんと少し話すくらいでいいから」
「………」
「話をしてくれなかったら、無理はしなくていいのよ」
「そうは、言われましてもね」
会話に慣れない。
一度訪れて思ったことだが、水橋李雨との会話は、
話題が全く思いつかないし、彼女は僕と会話をする、積極性が欠けていた。
彼女は終始、自信なさげにうつむいていた。
口数は少なかった。
もちろん
僕は彼女に対して―――嫌悪感は抱かなかった。
むしろ逆、安心した。
同類。
僕と同類。
一人でいる時間も好き、人付き合いが得意過ぎる人種じゃあないのだろうな、ともう把握していて。
だから水橋李雨の心情を配慮して、言う。
彼女にしても、初めて自宅に訪れた男子との盛り上がり方を知らなくとも、別に罪にはならないだろう。
そっとしておけばそのうち通い始める―――と、いいなあ。
「彼女ともっと親しい人とかいるでしょう、どうなんですか―――?例えば水泳部………」
そうだ、思わず口に出したが、そうだこれだ。
「水泳部の子とか、いるんじゃあないですか?」
ぴたり、と柿本先生が止まる。
それを見て、ああ、わかってくれたかな我ながらナイスなアイデアだと思う―――などと僕は思った。
もしかして先生、それを考えなかったの………?
「先生、まさかそれを考えることなく、僕に、その―――依頼してきたんですか」
「砂護、くん」
と、声をかけたのは、横。
意外な方向から声をかけてきたのは、何を隠そう、嘉内夕陽であった。
何でいるんだ。
「ちょっとこっち来て」
そんでもって、引き
連行された。
数学のプリントは―――僕の手の中だ。
ああ、結局水橋宅には行くことになるようだな。
それはともかく、何故僕が連行されるのだ。
「馬鹿じゃないのっ」
そんな風に廊下で言われた。
そういえば成績優秀でも通っている嘉内夕陽。
だからこそ目立つんだろお前は。
だから僕の方が馬鹿ということは、大いにあり得ることだった。
僕は言い返さない。
「馬鹿………かもしれないが馬鹿なりに良いアイデアを出したつもりだよ。同じ部活仲間の方が、そこそこ仲良くできるんじゃあ―――ないか?」
人と仲良くするスキルがお世辞にも高いと言えない僕だが。
共通の話題なら部員同士の方がある―――。
「そうか、あんた………そういえばそこまでは、聞いていないのね」
嘉内夕陽が難しい顔をした。
そこまでは、とは何のことだろう。
なんにせよ僕の知らない情報があり、そして嘉内の方が知っているのか―――女子同士なら、水橋と二人きりで話したりもしたのだろうか。
「いい?水橋さんは、プールが壊れたから、来なくなったのよ。だからその話は良くないの」
「うん?それくらい………わかってるよ僕は、だから水泳部員同士で………あっ!」
ひび割れ、壊れたプールが脳裏に過ぎる。
それと同時に。
「そうか―――プールが原因不明で壊れている、そうなると水泳部員が困っている………水泳全員が………!」
僕はそれまで、これを個人の問題だと考えていた。
不登校になった水橋李雨の問題だと思っていた。
それで、彼女が登校する際の、力になろうとはしていた。
学校に復帰できれば、いいことだなあと―――。
僕がなんとなくだが、知る限り僕のクラスに彼女しか水泳部員がいないから、つい勘違いしてしまったが。
だが、あの事件のあとなら、プールを利用する部員全体の問題。
全員が。
もう部員全員が不登校になる可能性すら、ある………そういう状況じゃあないか。
極端に言えば。
水泳部全体が、険悪化―――いや、実際には見てはいないし事情に詳しくないから推測でしかないが。
良くは、ないだろう。
共通の話題なら、あるがそれがいけない。
水泳部員同士を接触させて、好転はしない、むしろ言い争いすらおきそうだ。
水橋宅に部員を送り込まないほうがいいと判断した先生は―――正しいかもしれない。
「今は県民プールを借りられるかもしれない、っていう段階みたいだけれど」
どうやら再開の目処は立ちつつあるらしい。
だが、気分は良くないよな。
というかなんで嘉内夕陽がそこまで詳しいのだろう、とふと思う。
「なんだくわしいじゃないか、水泳部だったっけ、嘉内」
「違うわよ―――聞き込みに行ったのよ色々と」
「………」
なんかいろいろと気を使って触れないようにしていた自分が馬鹿のように思える。
いや馬鹿なのは嘉内だと思うが。
聞き込みだって?
「でも勘違いしないで、水橋さんの不登校の心配を私が聞いたのよ、私はネオノイド関連の事とか目撃情報とか
ううむ………どうやって止めるか、抑えるかな、この女。
これでは僕が能力者であることがバレるのも時間の問題だ、そちらのほうがヤバいかも。
まあバレても別にいいが―――悪いことしているわけでもないのだから。
ああでも面倒だな。
と僕が思いつつ黙っていると、彼女はそこそこの状況説明をした。
水泳部は活動休止中だがそもそも高校以外にもプールはあるので、県や市で運営しているいるものが候補にあること、水橋李雨が不登校な件には部員も心配していて気がかりで、復帰を望んでいること、中には、水橋さんと仲が悪かった人もいたこと。
「でもプールが何者かに壊される前から、水橋さんはまあ―――大人しいというか元気がなかったっていうのも聞いたかもしれないわね、そんな話があったようななかったような、おしゃべりな女子が言っていたわ」
「随分曖昧だな………」
「うろ覚え。関係はあまりなさそうだから、ネオノイドと」
「………で、でも、とにかくだ。ならますます僕じゃあ………僕が行く意味が解らないし、デリケートな問題なんじゃあないか?」
手のつけようがない―――シロウトに任せるのは無理。
無理だよ柿本先生………そう思いながら、それでも、とぼとぼと、
僕はその日も水橋宅に向かう。
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