第22話 嘉内夕陽という女 4



「―――これは間違いなく、ネオノイドの仕業しわざねっ!」


日を改めて、僕は嘉内夕陽と二人で出会った。

二人で会うために待ち合わせをした。

というか、彼女から来なさいと、廃屋で言われたのだ。

僕から、倒壊現場の話が聞きたいと。


同じ教室で過ごすクラスメイトだ。

断る空気でもなかった。

それなりに仲良くしておきたいという思いはあったため、別段、険悪な関係になる理由もなかったため、断らない僕であった。

その頃ほとんど話したこともない女子生徒との待ち合わせを受け入れた、承諾したことに若干どころではない戸惑いを覚えつつも。

ええ、ぶっちゃけるならば仲良くしたかったですよ女子とは。

異性とは。


画的えてきには、のこのことやって来た、―――みたいな感じだったかもしれないが。

僕はドリンクバーでアイスコーヒーを入れたのだった。

―――ええ、はい、誘われた時、もちろん悪い気はしませんでしたよ。

だがそこからの出来事はなんだか予想とは違うと思う―――少なくとも和南達に冷やかされる恐れからは程遠いものだった。


「建物を倒壊させる、という点で考えれば『崩し屋』が有名だわ、今までの彼の―――いえ、女性かもしれないけれど、とにかく犯行を考えれば首都圏近郊の各国大使館、領事館、政治的な役割を持つ施設を選んでいるわ―――世論の操作、政治への圧力を目的、そう、目的があるのよ―――何か意味があって壊しているの、崩しているの―――これは典型的なテロリストよ、そういうことなの、だとするならば―――」


ファミリーレストランの画一的なテーブルに僕たちは座っている。

そこで僕と向かい合い、僕がアイスコーヒーを一杯飲む間、彼女はずっと喋っていた。

彼女は話していた。

話が聞きたいといった彼女は僕から聞かず―――というか僕はほとんど話したことのない女子に対して、口数が少なかったせいもある。

それでノンストップで話をしていた彼女。

アイスコーヒーが空になり、その後、氷が解け始めた。


「あの、おかわり、持ってきていいかな」


「あら、いいわよ」


勇気を出してその話に口をはさんでみたら、意外とあっさり承諾した。

彼女は愛想のいい笑顔を浮かべ、コップを見る。

彼女は自分のコップももう少ないと、今更ながら気づいたようで、


「―――あっ、あたしも行くわ」


と―――、僕の後ろについてきた。

彼女はメロンソーダとカルピスを混ぜる様子を眺める。

しかし彼女は、飲み物の味よりも


「そんな能力者がいると思うと、わくわくしない?」


と、ぱっちりと開いた目で僕を見つめる。

わくわくするかしないか―――まあそうだなだが、まあそれ以上に重要なのは。

喋り続けるその顔が近いこと。

いや、目が大きいのか、大きいだけか彼女は。

瞳のインパクトで言うならば、能力光をたたえることができる僕の方が、ネオノイドの方が強烈なはずだったけれど。

それを見ているだけでまあ、表情豊かな彼女が新鮮で、楽しいと言えば楽しかった。

ええ、この辺りまでは純粋に楽しんでいましたよ。

ああ、彼女はこういう子というか、人物なのか―――と。

悪い気はしませんでしたよ、ええ。

そういえば教室にいるときはもっと、特徴が薄かった気がする。


アイスコーヒーを一杯飲む間、喋っていたのではなかった。

二杯目の間もである、僕は彼女が黙るところを見計らって、ちびちび飲むゲームに興じていた。

いっぱいいっぱいだ。

彼女はしゃべり、それを聞いて僕は話題の難易度に驚き―――しかしながら部分的にかなり興味をそそられる時間を過ごした。


今のこの現代で、ネオノイドは一人や二人ではない。

珍しいことは珍しいが、集団になり得る存在だ。

そんなことは当たり前で、人口が頭打ちで駄々下がりのこの国、日本において、むしろ着々と増え続けているのが彼らだった―――。

そんな、不思議な時代だ、予想もされなかった時代だ。


むしろ科学、テクノロジーにやや停滞の兆しが現れ、代わりに目まぐるしく変わっていたのがネオノイドの現象、現状だ。

当然ニュースでもたまに触れられる、現代人になじみ深い話には、なっていた。

彼らのことは不思議な存在ではあるけれど、もう誰もが一度は耳にしたことがある。


嘉内夕陽の知識量は、番組に登場する人たち、つまりコメンテーターだとか識者しきしゃだとか、近年の能力者情勢に詳しい○○さん、と紹介される大人と、遜色そんしょくないレベルであるように見えた。


まあ、それはそれで胡散臭いように見えるのだが。

テレビでそんな怪しい肩書の人間が映るたび、ケッ、あんなおっさんに何がわかるってんだ。と楽しそうに笑っていたのはショウさんだ。


ネオノイドに。

彼らに詳しかった―――。

彼ら、という言い方をしているが、考え方をしているが、僕もだった。

流石に能力者になってそう時間が経っていない、能力者歴が年単位ですらなく、一日や二日だと、全く自覚がない。

僕はまだ夢を見ているのではないか、嘉内夕陽もなんだか予想していたクラスのマドンナとは違うし、そして僕のあの能力も―――勘違いではないか。

僕はこの頃、この日は―――そう思っていた。



彼女は能力者についてよく話した。

だが僕が期待したというか、あらかじめ想定していたようなワードは言わなかった。

想定の範囲外。


彼女はそう―――。

彼氏カレシ」だとか「好きな男子」「恋愛」「付き合っている人」「ファッションはこう」「どこの服を着ている」「何万円するバッグを持っている」「今まで何人にこくられ何人と付き合ったのよ、すごいでしょう」


のような―――そういったような、そんなことを言うか言わないかを見ていたのだが。

僕が、男子から注目されがちな女子に対しなぁんとなくイメージするようなワードは一向に飛び出してこなかった。


ネオノイド、ネオノイド。

能力者、能力者。

彼女の会話の主語は、能力者ネオノイドだった。


そして、僕が教室で予想していたものは来ない。

彼氏とかのくだりもそうだし―――。

女子らしい他愛のないうわさ話―――あの先生ムカつくとか、なんかそう―――男子よりも要領を得ない―――何だ、そういう話題もさておき。



本当、何だろうね、女子ってアレだよ

男子の悪口、好きすぎない?

悪口から会話を始めるから、なんか―――何がしたいのかわかんねーし言いたいだけ悪口言ってニヤニヤしてるし。

こっちも対応がわからないから言葉が返しづらい。

たまには男子をほめてくれたっていいのに。

ていうか僕を、褒めてくれても良いのではなかろうか。

僕をたたえろよ、男子というのは常に誰かから、みとめられたい、といった欲求があるのにさ。


ん。

何の話だっけ。


ああ、嘉内夕陽だった。

つまり―――そう彼女は。

予想が通用しなかった。

僕は、一方的に話す彼女に対して、嫌な感じは受けなかった。

僕も一方的に話すことが、ままある人間である。


まあでも、僕は困った。

困ったので。

僕は勉強してきたテスト範囲がまるっきり違うと気づいた時の受験生のような顔をしながら―――、そこに座ってアイスコーヒーをちびちび飲んでいた。


別に悲しいとかは思わないが、困惑した。

なんということだ。

というか、なんなのだ、これは。

謎の状況だ。


だが時間がたつにつれ、彼女といる時間がたつにつれ、その少年マンガの主人公のような、真っすぐとキラキラした瞳を見ることができるようになった。



ちなみに今日彼女が着ている服は普段着だった――制服ではなかった―――が、服は彼女の身体に身に着けられることによって、その役割を十二分に果たしているように見えた。

制服とはまた違った魅力。

ファッションに関する知識が壊滅的にない僕でも、非の打ち所がないことを感じることができた。

僕は隙を見ては彼女をちらちら見て、またもや欠点を探そうとしたが、なかなか見つけられずにいた。


人の欠点を探すのは下品な行動であるが、しかし、一カ所ぐらいそれがないと美少女に対して精神的安定が保てない。

板挟みな。


え、服の描写をした方がいい?

暖色系のブラウスがどうのこうの―――いいや、やめよう自信がない。

女子に対して服装のあれこれなど、まあ―――釈迦しゃかに説法だろう。

僕の残念さが露呈する。

勝てる気はせん―――あまり踏み込まないのが身のためだ。

そもそも僕は服以外に金をかける系統の男だ。



「能力者をめぐる環境は悪いわ、何しろ多くの国で彼らは人間とは違う生き物、とされていて、言い方は悪いけれど差別の対象よ。そこに宗教もしくは政治が複雑に絡む。実際に問題なのは彼らの能力が戦争に使用されたことがあるという事実よ、歴史的な。また、誘拐された理由の一つに、彼らだから、だから、ネオノイドであるから―――というのがあり、それと彼らの能力は、やはり悪人に利用されがちな」


長い話を聞くのはそれなりに耐性がある。

しかし話が―――話の内容がヘヴィになってきて。

何とはなしに、どこかで落ち着かせる必要があるような気がして。

僕は手を上げて制する。


「ま、まて、嘉内かないさん。大体わかった」

この頃はさん付けしていた。

敬称を用いていた―――できれば二か月後もそんな間柄で、仕方がない、そうするべきだと思いたいが、のちに期待を裏切られることとなる。


「わかってくれた?………それで『第一発見者』の砂護くん―――」


第一発見者。

嘉内夕陽は、僕をそういう風に呼んだ。

そ、そうきたか。

確かにあの日、現場に居合わせた僕は無関係なようには見えないだろうが。

第一発見者………って、まるで取り調べかよ。

取り調べだったの?これ。

結局、何故僕がここに呼ばれたのかわからなかったため、不安が大きかったのだが、僕でないといけない理由が、ちゃんとあったらしい。


「そう、砂護くん、砂護野晴くん、聞きたいことがあって、今日は呼んだわけだけれど」


まあ、昨日の現場の事ね。

古びたマンションの倒壊現場。

日本の少子化はどうやらあまり歯止めが効いておらず、人口はじわじわと減っていて、つかわれていない建物というものは、割と多い印象があった。

まあ、だから崩してもいいということは、もちろんならないのだが。

あのマンションは無人だった、それに近かった。


「あの日、『崩し屋』を見たなら………見たんでしょう?どんな人だった?」


その名前は。

犯罪者であり、最近のニュースで何度か聞く名前であった。

僕はあまり知らないまでも、メジャーリーガーとは正反対の性質でありながら、知名度だけで獲るなら、同じくらいの有名な人物だとは、存じていた。

彼女は、有名な犯罪者がこの町に来たという確信を抱いているらしい。


「『崩し屋』………?いいやそんな人は見なかったけれど」


ウソではない。

崩し屋など、あの場にいなかった。

犯人を、やった奴を知らないとは―――言っていないが。


「ええと―――嘉内さん、嘉内夕陽、さんは」


君は。


『能力者』ネオノイドのことが………そのう………き、嫌いなのか?」


「まさか!」


テーブルに両手をつき、前のめり。

身を乗り出す。


「大好きなのよ!」


店内の離れた席の人たちまで、同時に振り返った。

僕は視線をさまよわせている………。

目ん玉が、うようよ。

視線が反復横跳びみたいな動きをした。


「好き………!」


彼女は言う。

今度のこれは、大声ではなかった。

囁きだった。


「ん………そ、そうなん?それはいいと………思うよ?」


彼女が身を乗り出して迫って来たということで、僕は海老ぞりの姿勢となり、すこし息が詰まった。

いいと思うよ。

やっとのことでそれだけ言えた。





まあとにかくこんなわけで、事態が複雑になっているのは確かだ。


嘉内夕陽、彼女は新人類にして能力者、『ネオノイド』に強い興味を持ち、興味を持っているだけでなく―――いろいろと行動力のある女子であった。


で、だ。


僕と話すようになってから二か月。

彼女は僕が『そう』であることを知らない―――まだ知らない。


僕がずっと隠しているからだ。

必死こいて。


………いや、マジで大変なんだよ。

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