第42話 瀬の光の教団 2


大地を操る地属性の少年。

彼が同じく能力者である水橋李雨みずはしりうの送迎に乱入してきたあの日。

大変な騒ぎだった。

右手に包帯を巻いている、俺は思う―――思い出そうとする。

この右手の怪我は、水橋李雨の能力のとばっちりでは、無いのだった。

あの能力者だ。

あの、送迎中に車を停めて、思いがけない事件。


確か―――あの少年が色々と喚いていた。

騒いでいた。


―――さごのはら。



「あなたたちが出会ったネオノイドの少年、その能力光ネオン黄金色こがねいろ、能力で道路が変形してコンクリートが跳ね上がり、砂が集まっていた―――ということですが」


尋ねる、協光きょうこうさま


「ええ、大地を操る、地属性だと―――」


そう、あの少年は自分で名乗っていた。

自分で自分のことを名乗っていた。

宣言し、叫んでいた―――地属性能力者だと。

その後―――、


お前マジふざけんなよ!お前らマジふざけんなよ!なんなんだお前らはっだいたい――


などと、年相応に、興奮して子供のように喚いていた。

………お世辞にも国語力が高そうには見えなかったな、あれは。

あの高校生。

たぶんおそらく、高校生くらいに見えたが。

制服は身に着けていなかったからあくまで推測だ。

考えてみれば色々と奇妙な現象だ、奴は、あの子供ボウズは車で追いかけてきたのだろうか。

あの少年と水橋李雨は、互いが知り合いのようなそぶりも見せていた。

知り合いというか―――考えてみれば、同じ高校の生徒である可能性は十分ある。


だが一晩経って二晩経って、状況整理してみたら、まあ俺たち大人二人が、女の子に銃を向けているようにしか見えなかったのだろう―――と今更ながら思い至る。

銃を向けたのは事実だ。

あんな状況で、撃つ気はなかった、送り届けるだけの目的だった、悪気がなかったなどと言っても信じてはもらえないのだろう。

その前の車内の様子、会話など少年は聞こえようもないだろうし。

ええい、腹立たしい。

こちとら武道家の端くれだ。

少女に銃を突きつける趣味が、あるわけなかろう。


まあともかく、くだんの問題人物。

問題児。

奴の―――奴の名は。


「―――


言っては見たが、それが、名前だと思うが。

正確かどうかは覚えていない。

その最中、あるいは直後に俺は投げられている。

変則の背負い投げによって―――だ。

柔道二段だろうが三段だろうが、あの変則へんそくの投げ技を使えない。


地面ごと投げる。

そんな投げ技を使える柔道家はいないし、あらゆる武道家に、格闘技に存在しない。

歴史上初である。


「さごのはら?」


協光さまは首を傾げる。

その無邪気極まりない仕草は、大人には見えなく、もしかすれば成人はしていないのでは―――と俺に思わせた。

それは女性的な魅力よりも、もっと異質なものを感じた。

何らかのカリスマ性を持っていないと教団の代表は務まらないのだろうが---。


「はい、それが彼の名前だと思います」


「………彼に訊ねたのかしら?問いただしたのかしら、少年に」


「ええと―――いえ、本人が名乗ってました」


「………ふうん」


その返事に意外性を感じたらしく、先程首を傾げたのとは逆に傾げる協光さま。

愛想のない俺に対して彼女はどこか愉快そうだ。

いや、いつも微笑みを絶やさない御人ではあるが。

まあともかく、確かにあの場面で少年が名乗るのは、妙な話だ。


「その子もネオノイドなら―――新しい出会いです―――」


言いながら、白い服の少女の腕に、そっと、指を添える協光さま

少女が、やや緊張した風に協光さまを見上げる。


「怖いことは何もないのですよ、持って生まれた力なのですから」


協光さまの瞳。

その奥が、静まり返る。

黒く、宇宙のように沈み、輝く―――。

その瞳から、現れたのは赤い能力光だった―――。


その変化は、俺の視界の中で、少女の手のひらに生まれた。

少女の手の上に細々と存在していた、蝋燭の火のような火が、存在感を増した。

火は、炎になる。

ぐぐっ―――と、炎が生き物のように身震いを見せる。

存在感を増しただけでなく、体積が急激に増える。天に向かって伸びる炎。

おぉ………と、声を漏らしたのは連木だが、俺も息をむ。


「力を貸すわ―――」


協光さまが少女の腕を、少しずつ持ち上げる。

不安そうな少女だったが、炎が天井に届く火柱となる様子に、心を奪われ始めた。

口を開き、ため息をつきそうな様子だ。


「大丈夫よ………そう………」


近付きそうな天井。

この大広間の天井はステンドグラスがあしらわれていて、色とりどり、きらびやかな色合いである。

モチーフはネオノイドの能力光なのだということは、いつからか気づいた。

つまり場違いにカラフルな景観というわけでもない。


「―――さごのはら」


一瞬、歌のようにも聞こえたが、協光さまの声だった。


「さごのはらっ、さごのはら………『さごの』『はら』くんかしら、それとも『さご』『のはら』クンかしら―――野原、あら『野原』ということねぇ?」


のはら―――なんだか安心する名前だわ、と言う。

その名前の読み、字が正しいのか、俺は知らない。

知らないが、彼女はそれで自分の中に納得がいったのか、言い続ける。


「会いたいわねぇ、そのさご、のはらくんとも………!」


彼女は伸びた火柱を、眼力がんりきでもって縮小させ、再び蝋燭の火のようなサイズに戻す。

炎から火へ。

大火から小火へ。

治めていく。

協光さまは少女から少し、離れる。


協力の光。


瀬の光の教団の代表、象徴であらせられる協光さま。

彼女はありとあらゆる能力者ネオノイドの味方であり、彼女自身もネオノイドだ。

その能力の性質を俺や連木達、末端団員は、教えてもらっていない。


教えてもらってはいないが―――お友達に力を貸すだけ、と彼女は言う。

協光本人は、その力のことを『協力の光』と呼んでいる。

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