第5話 壊れたプール


水橋宅をあとにした僕たち。

授業ノートを届けるなどの、必要なミッションはこなしたから万々歳ばんばんざいだろう。

だが結局、水橋李雨は口を閉ざしがちだった。

そのあたりは不登校の生徒、といった情報にふさわしい行動だった。

可愛かったけど。


「やっぱり、元気なかったね水橋さん」


と、嘉内が水橋宅から帰りがけに言った。

という事は、やはり本来はもっとはきはきとした、体育会系な性格なのだろう彼女は―――僕は男子だし、女子間の噂話にも疎いから彼女のことを詳しくは知っていなかったのだが。

ちょいと聞いてみるか。


「嘉内さん、あんたは仲がいいのか?水橋さんとはどうなんだ」


「え?あまり話したことはないけれど」


人差し指を下唇にすすっと近づけて考え事をする彼女の仕草は、魅力的だった。

しかし考えこんだ末に、彼女は否定する。

あまり話したことはない。


「でも、遠目に友達と話していることは、見たことがあるわ、笑う子よ、よく笑う子よ」


そうなるとやはり今日会ったうつむきがちな彼女は、本来の彼女とは違うのだろう。

ノートとプリントを渡しただけでなく、元気も渡せたらなあ―――。

なんていうことを思いはしたが、そんな発想も沸きはしたが、実行までは出来ないのが僕という普通の男子だった。

可愛いっていうのも、その感想も声に出して言ってみれば、効果はあったのかな。


普段からもうちょっとあれできたらモテるのかもしれなかったが、うんあれ。

………やっぱりやめておこう、怖いし不気味だって自分でも思うよ。

何よりも僕自身が気乗りしない。

まあ、何もやらかさなくて良かったよ―――何もやらかしていないよね?


「ていうか、それが何なの?仲が良くなかったら仲良くなればいいじゃないの」


その仲良くなるっていうのが僕からすれば難易度高いんだが―――すげえな、とは思う。

そういう発想が出てきて自然に声に出るところなんかが、まさしく彼女だった。


―――――――――――――


次の日、僕と嘉内夕陽は、公立説録高校を訪れていた。

訪れていたっていうか、毎日通っている高校だ。

初めて行くわけでも、遠征したわけでもなかった、普通に下校するところを、校舎からプールに立ち寄っただけという形だ。



学校のプールはやはり閉鎖されていた。

コンクリートで囲まれ、やや高い位置あるプールだが、前6レーンあるうちの5と6のレーンは辛うじて、見えた。

何の変哲もない、底面が鮮やな水色の二十五メートルプール。

水色というかパステルカラーのスカイブルー。

これが外壁ならば付近の景観を損ねていると言われかねない色合いだな、なんてことを思う。

学校の、教育施設としては、こうやって見てみると派手な色だ。

そんなだったはずだが、しかし現在もやはり、閉鎖されていた。

周りはシートや黄色い警告テープ類―――それの正式名称はわからないが、それで侵入禁止の扱いになっている。


「もういいだろ?調べるのはやめておけよ」


僕は言う。

彼女は今日もフェンスに足を引っかける。

やっている行動はやんちゃな小学生のようなものなので、目をすぼめる僕。

彼女の活動力についてはのちに述べるとして


「これ以上は警察の調査の邪魔になるんじゃあないか?」


「もう散々調べていったじゃない」


彼女は、夕日に照らされた中で言う。

黒髪が、黄金色にきらめき、教室にいるときの彼女と同一人物には見えない。

別段、髪の色だけで見ればどのクラスメイトとも大差ない―――普通の生徒のはずだったのだが。


「もう散々調べていったじゃない、警察は」


彼女がまた言う。

言われてすぐに映像として呼び起こせる。

警察の制服というものは学ランと大して色合いは変わらないものの、確かにあの時注目を集めていたし耳目も集めていた。

教室の窓からパトカーが見えた際には、みんな興奮して見ていた。

警察官と、別のクラスの何とかという教師が、話していた。


クラスメイト達は珍しい来訪者を遠目から眺め、興奮していたわけではないが、しかしいつもと違う光景をまざまざと見せつけられていた。

男子は―――たとえば和南わなみなんかは、このまま授業がつぶれて自習になればいい、いやなるべきだと呟き、にやけていた。

まあ実にあいつらしい。


「よいしょっと」


彼女は素早く呟いて前にぐんぐんと進んでいく―――立ち入り禁止区域にだ。

僕は阿呆のような顔で立っているのみだ。

阿呆のように立って―――いや、阿呆を見ているのだ。


事件から日が経って、そろそろ野次馬生徒なども一人も見かけなくなったこの場所。

校舎のはずれ、というか隅っこ。

ふるびたフェンスの合間に、黄色と黒のボーダーの立ち入り禁止ポール。

立ち入り禁止区域。

二週間ほど前だろうか、急遽建てられた、間に合わせのもの。


「よいしょっと」


もう一度、彼女は言う―――左右に身体を揺らし、嘉内夕陽は隙間に入っていく。

大股に、隙間の中へ。


「あ―――………」


入っていく彼女を眺めて、僕は阿呆のような声を漏らす。


止めはした。

止めはしたのだがあいつは現場へと足を踏み入れ、入っていった。

そして僕は、入らない。

誰か来たら逃げよう、僕だけ逃げよう―――と思いながら安全地帯、すなわち禁止区域外で、スマートフォンをいじる。

最近は腕に装着するようなタイプなど、色々と新しいものが出ているようだが僕は最新型を使いこなせないタイプだったりする。


スマートフォンをいじるだけでなく、電話を掛ける。

何も今すぐ嘉内夕陽を通報しようというわけではない。

それも考えたのだが―――。

ていうかあいつ、そのうち警察と揉めそうだなぁ、いつとは言わないが。


フェンスの隙間や遮光シートの陰で、嘉内が完全に視界から見えなくなり、何回かのコールののちに、電話がつながる。

男の人の声だった。


『ああ、砂護くん。どうしたんだい』


「ギミーさん、今、電話―――よろしいですか、高校のプールのことです」


『ああ、いいけれど―――何かわかったのかい?』


彼にはあらかじめ、伝えてあった―――というわけでもない。

伝えなくとも知っている、耳に届いているだろう―――大事件なので町中の噂でもあるのだ。

引き籠もっていた水橋李雨は、その後のことなど、あまり知らなかったようだが。


「いえ、これからです、これからわかるかもしれない―――というのも、嘉内が突然、実施に見ようとか言い出しまして」


『うん―――しかし、警察に任せた方がいいよ』


「ねぇ!砂護!これ―――こっち見てよ、ねえ砂護!」


と、嘉内の声が中からした―――工事現場のようにシート張りで隠されているプールの中から。

嘉内夕陽。

あいつの声が大きい。

一体どんな神経をしたら、立ち入り禁止区域に入って大声で人を呼べるんだ。

警察が来るぞ。


しかも叫んだのは『ねぇ嘉内!』ではなく『ねぇ砂護!』である。

僕の名前である。

信じられるか?

FU〇K!ファック

意味が解らないよ、本当に。


「行かないからな!」


僕はそういって―――いかないからな、入らないからな―――ていうか僕の名前を呼ぶんじゃあないぜ、と釘を刺し、電話に戻る。


「ああ―――ギミーさん、今プール調査の隠密行動中なんです。―――いや隠密でも何でもないんですけれど、もう」


『簡単に状況をつたえてもらいたい。私の考えと違うかい?予想していたものと』


「いえ、ガラスみたいにひび割れていて、水が溜まらない状況ですし―――見たところ、爆薬火薬などの焦げた跡は、見えません。焦げ茶色ではない―――」


だから。


「ですから、それ以外の何らかの方法で、一晩のうちに破壊された、というような感じ………じゃなくて状況、です」


ギミーさんは少し間をおいて、答える。


「やはり、能力者ネオノイドだろうね………厄介だよ」


僕の通う高校で、異能の力を持ったものがいる。

その力を振るった者がいる。

そして犯人がどこにいるのか、まだわからない。


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