第40話 バッドエンドバスターズ

 到着したその世界は、見た目だけでは何ら危機感を得られない場所だった。

 転移ゲートが置かれたのは小高い丘の頂上で、そこから見渡す景色は三百六十度全てが海。正しくオーシャンビュー。リゾート地に到着したのではないかと錯覚する見事な眺望だ。


「すっごいですねすっごいですね。これが海ですか!」

「流石に海すぎるわ」


 その地点から南側の眼下には、デルタ地帯をそのまま使った街並みが広がっており、港町として機能しているであろう事が伺知れる。

 そして、その町を背景に女神ヘステルが神々しい姿で出迎えてくれていた。


「本当に来たのね。見直したわ神野威」

「ああ。口だけだと思われていたのは心外だな」


 クイから連絡が入ったのは、事務所に戻った翌日の事だった。

 整った準備品を手分けして担ぎ、応接室の扉を抜け、クイの案内で転移ゲートへと飛び込み、今に至る。


 デルタ地帯から少しばかり上に、斜面に寄り添うようにして石造りの建物が佇んでいた。女神ヘステルが言うには『城』らしいが、どうみても別荘程度にしか見えない。


「ようこそ、我が城へ」


 案内されるままに城へと到着した俺たちは、その門をくぐり屋内へと進む。

 赤い絨毯が敷かれた廊下を進む。

 荒廃した世界はどこにもなく、ここがバッドエンドを迎えようとしている事を窺い知るのは難しいだろう。


 だが陽気な雰囲気でリゾートを満喫していられる心境ではない。

 俺はさっさと用事を済ませようと女神ヘステルに問う。


「女神ヘステル、手こずっているというこの世界の神々と話したいんだが」

「そう言うと思った。集まってもらっているわ」


 石造りの建物の中を歩き、俺たちは物々しい警護がなされている門へと到着した。

 この建物に入る時にくぐったのは、鉄枠で補強された石の門。目の前のそれは明らかに異質である。


「ここよ」


 事も無げにそう言う女神ヘステルに対し、ヒナが無遠慮に質問をぶつけた。


「魔石で造られた門で封鎖されている場所。そんな所へ私達を連れ込んでどうするつもり?」


 ヒナの指摘通り、この門は高い魔力を帯びた石で造られており、人間の力で物理的に開閉するのは困難であろう。

 ここへ入れば、自分たちの意思では出てこれない事を意味している。


 女神ヘステルは小さな笑みを浮かべると、両手を広げて門へと魔力を流し込む。そして、意地悪そうな視線をヒナに向けて口を開いた。


「そう……入るかどうかは勝手に決めなさい。この場所が、この世界の中枢。この世界の魔法技術の推を結集させて作られた、神々の領域」


 ゆっくりと両側に開く門から、明るい光が漏れ出している。

 女神ヘステルはその光に照らされ、神々しくその美しさを引き立たせる。


「その神の領域を人間に開放し、安全を確保している。御覧なさい」


 開いた門の向こう側に広る景色に、俺たちは圧倒された。

 まるで別の世界への門を開いたのではないかと錯覚する程、そこには広大な空間が広がっていたのである。


 上空からは疑似的な太陽が眩く照らし、その空間を明るく美しい場所として誑し出している。


「うああああ、凄いで御座る! これは驚きました!」

「本当ね……まさかこんな場所があるだなんて」


 ルココとヒナの反応に、女神ヘステルは得意げな表情を見せた。


「島の山間部をくり貫いて空間を作り、太陽と風を住まわせ、一つの世界を作り出した。草木が茂り、汚れなき水が沸き、ここが一つの理想郷。最下層は海抜ゼロメートル、そこから上に十三層、居住区や農業を中心とした階層もある」


 俺たちは自然と門を抜け、眼前に広がる広大な風景に飲み込まれた。


「北の神々、西の神々、東の神々。彼らの治める地は既に荒廃し、この場所に身を寄せている。かつては南の神々が収めていたこの地が、人間にとって文字通り最後の砦。勿論、神々にとっても最後の砦」


 門を抜けた先のテラスから、身を乗り出すようにこの理想郷を見つめる。

 そんな俺たちを他所に、女神ヘステルは杖を振って魔力を空へと打ち上げた。


「神々が住まうのは最上階。その中でも特に私の支配力が強い『コア』へ案内するわ。そこに東西南北の神々が集まっている」

「話せるのか?」

「ええ。各地域の神の代表者に集まってもらっている」


 女神ヘステルが打ち上げた魔力に吸い寄せられるようにして、光り輝く疑似的な太陽の中から巨大な怪鳥が急降下。俺たちが立つテラスへと舞い降りた。

 全身真っ白の羽に覆われた、美しい姿である。


「ぐわわ、凄い鳥さんですね」

「そうね。半年分くらいの食糧になりそう」


 頭を下げて背を丸め、身を低くしたその怪鳥の上に女神ヘステルがふわりと優しく乗る。


「乗りなさい」

「ああ。ヒナ、ルココ、行くぞ」

「ええ」

「乗れるのですね? ボクも乗れるのですね? これは興奮せずにいられませんぞ」


 身を寄せ合うようにして怪鳥の背に乗った。

 俺たちを乗せた怪鳥はそのままテラスから落下するように飛び立ち、大きく広げられた両翼がばさりと音を立てて空気を押し分ける。

 そして、翼の動きと連動するようにしてぐんぐん高度を上げていく。


「すごごごご、凄いです!」


 身を乗り出して大興奮するルココのすぐ横で、女神ヘステルは珍しく優しい笑みを向けた。


「落ちたら死ぬ高さよ。私を撃った事、まさか忘れてないわよね?」

「ギョ、ギョギョギョ、そ、そ、そ、それは時効という事で」

「ふふ、いいわ。この世界を救ってくれたら忘れてあげる」

「頑張りますですよ!」

「失敗したらこの高さから落ちてもらうから、覚悟しておきなさい」

「ひー。絶対に成功してみせるです!」


 空から――といっても空洞の中なのだが――見下ろすと、最下層の地面は大きな湖になっていた。幾つかの船が小さく浮かんでいる。


 俺はこの空間を一通り見回し、女神ヘステル問う。


「これだけの理想郷を作るのに、どれだけの力を使ったんだ?」

「私一人の力じゃない。南の神々の協力がなければ出来なかった事よ。それでも私は、ほぼ全ての力を使い切ったと言っても過言じゃない」


 この世界を担当しようと降り立ち、どうにもならない現実に苛まれながらも、こうして人々や神々が生き残る術を模索している。女神ヘステルは性格にやや難ありではあるが、神としての仕事に対する姿勢は本物である。


「そうか……そうだよな。変えよう。ここから、物語は大きく動き出す。反撃開始だ」

「そうね。期待してるわ」


 どこか寂し気にそう言った女神ヘステルの横顔は、不覚にもドキリとする程に美しく、何故か抱きしめてやりたくなるような哀愁を纏っていた。


「つくわ。掴まりなさい」

「え? あ、ああ」


 捕まる場所などありはしないが、少々乱暴に大きな羽毛を握りしめる。

 次の瞬間、急激に速度を落とした怪鳥はそのまま何処かへ着地した。


「ようこそ、神の住まう地へ」


 全面石造りの宮殿の入り口に立つ。

 一見して宮殿と思わせる佇まいの建造物ではあるが、事の他質素な雰囲気だ。

 女神ヘステルはその建造物の中へと杖を向け、俺をしっかりと見据えて口を開く。


「中でこの世界の神々が貴方を待っている。けど気を付けなさい。特に北の神は私に対して強い嫌悪感を隠そうともしないわ」


 そう言い捨てて先に歩き出した女神ヘステルの背に、俺は小さく頷いて言葉を返す。


「それは女神ヘステルに対してだろう。俺にもそうとは限らない」


 半分は虚勢、半分は本心。

 ここでこの世界の神々を纏められないようでは、俺に反撃の狼煙を掲げる資格などない。

 宮殿の内部へ向けて一歩踏み出した俺の後に、ヒナとルココが続く。


「へえ。言うわね」

「カミノイ様のかっこいい台詞で閃きました! ボクたちは『バッドエンドバスターズ』ですな! うへへ、かっこいいチーム名なのです!」


 まあチーム名がかっこいいかどうは別にして、バッドエンドは覆さないといけない。


 出来るかどうかではない。

 やらなくてはならないのだ。

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