第22話 空振りさせる期待の持たせ方

 神アバルとクイを異世界へ見送り、時計を気にしながら里琴ちゃんと向き合う。


「え……残業!? まさかの、まさかの残業命令ですか!?」

「そうだけどさ、このまま俺を見捨てて帰るつもり?」

「ブラックだわ。ここはブラック企業よ!」

「ねえ里琴ちゃん頼むよ、ね? この通り!」


 赤いパーカーの少女をパイプ椅子に座らせ、今後の事を思案すべく里琴ちゃんを口説いている最中である。


「そんなぁ……私のプライベートタイムが業務に奪われるなんて」

「分かった分かった。じゃあ業務はここで終わりにして、プライベートで付き合ってよ。この子の今後の事を決めるのに知恵を貸して欲しいんだ」


 俺の言葉に里琴ちゃんが怪しげな笑みを浮かべた。


「鉄板焼き。美味しいデザート。お洒落なカクテルバー」

「え?」

「鉄板焼き。美味しいデザート。お洒落なカクテルバー」

「はい?」

「嫌なら帰りますけど」

「ファミレスじゃダメ?」

「却下。鉄板焼き。美味しいデザート。洒落なカクテルバー」

「ぐぬぬ。よし、じゃあ行こう」

「ホントですか? やった、言ってみるものですね!」


 これと言って口を開かないパーカーの少女――一応は神――を連れて、俺達は近所の鉄板焼き屋さんへと入った。カウンター席の並び順に若干迷ったが、俺と里琴ちゃんで少女を挟んで座る。


「名前かぁ……ちなみに、私の彼氏三人のうち一人はアルファくんです」

「なんで彼氏? いやいや、彼氏どこの国の人?」

「犬です。可愛いんですよ画像見ます? チワワです、ほら」


 まさかの獣彼氏。

 くりっくりの瞳が可愛い白いチワワだ。その愛らしい画像に、無言だった少女もついに口を開く。


「あまり食べるところは無さそうね」

「おいおい、食べちゃだめだよチワワだもん」

「この子はね、うちのペットなの。ペットって分かる?」


 首をかしげる少女に、ペットの説明はまだ難しそうだと判断したのだろう。里琴ちゃんはさらっと話題を変える。


「それにしても、神様のお名前を考える日がくるとは思ってもみませんでした」

「そうだよな」


 俺は相槌を打ちながら、改めて少女の姿を確認する。

 白い髪、白い肌。長いまつ毛を瞬かせる両の瞳は、右は青、左は緑のオッドアイ。身体のサイズと比べると、随分と大き目の赤いパーカー、ゆったりめの黒いハーフパンツ。

 そして何より、誰しもが『美人だ』と言うであろう容姿。ただ少しばかり、愛想が無く表情に乏しい。


「なんでもいいわ。別に『不出来な者』でも構わない」

「それはダメでしょ」

「そうよ。もっと可愛い名前にしましょ? そうね……」


 俺も里琴ちゃんも頭を悩ませてみる。

 そうしているうちに、目の前で焼かれていたステーキが皿の上に盛られた。


「ま、食べながらにしようか」

「いいえ、食べてからにします」


 颯爽とナイフとフォークを手に取る里琴ちゃんを他所に、俺は両手を膝の上に置いたままの少女を気遣う。


「えっと……使い方、分かる?」


 俺の問いに、少女はゆっくりと首を振った。


「それは銀? 銀の道具を使って食すのね。初めて見るわ」


 この子が一人で生活できるようになるまで、いったいどれだけの事を教えていかねばならないのだろうか。


「社長、ちゃんと教えてあげないとダメですよ? さて、頂きます!」

「やっぱ俺か。まあそうだよね」


 俺は丁寧にナイフとフォークの使い方を教えつつ、既に肉を口に運んだ里琴ちゃんに恨めしい視線を向ける。


「ん~、美味しい。あっさりしてるのにとろける……最高!」

「――で、こうして抑えて、右手に持ったナイフを動かすんだよ。あれ、利き手は右でよかった?」

「利き手? そんな物は考えた事もない」


 見様見真似で器用にナイフとフォークを使う。飲み込みは早い方だ。

 その様子に里琴ちゃんも感心している。


「何を教えてあげても吸収は早そう。これからうんと成長する子って事ね」

「そうだな。どうだ? 美味しいか?」


 少女はこくりと肉を飲み込んだ。


「これは凄い……実体を得て、五感を得た。特に味覚を得た事を、今ほど嬉しいと思った事はないわ」

「そうか、よかった。この皿に乗っているのが君の分だから、全部食べていいぞ」


 少女は力強く頷き、再び肉にナイフを入れて行く。


「社長、お父さんみたい」

「言うな。言われずとも自覚してる」


 子供を持った記憶はないが、いてもおかしくない年齢なのは間違いない。

 だた、この少女の父親と言うには無理があるだろう。服装のせいで小学生くらいにしか見えなかった第一印象だが、よく見ると大人びた表情で女子高生くらいには見える。

 俺の見た目は、流石に高校生の子を持つ親には見えない、と思う。


「これから成長する子。その子を見守る親……かぁ」

「お? 何かいい案浮かんだ?」


 里琴ちゃんは一人で納得したように、何やらうんうんと頷いた。


「この子、まだ雛鳥なんですよ。だからヒナちゃん」

「それは意図的な何かか?」

「あら、気づいちゃいました?」


 ぺろりと舌を出して悪戯に笑う里琴ちゃんの横で、無言のまま肉を咀嚼し終えた少女がこくりと飲み込んだ。そして徐に言葉を発する。


「私の名前はヒナ。それでいいわ」

「え?」

「やった。決まりね!」


 別に日名子さんの事を引きずっている自覚はない。そうではあるが、何だか妙に引っ掛かる。


「いやいやちょっと待って?」

「ヒナ、ヒナ。私はヒナという名。ヒナ……悪くないわ」

「でしょ? ヒナちゃん、私は里琴。改めて宜しくね!」

「リコ、ヒナ、カミノイ。私はヒナね」


 並び順にそれぞれの名前を確認し、何だか少し嬉しそうだ。

 こうなっちゃったらもう、それを否定するのも申し訳ない。


「ったく……分かったよ。じゃあ君は今からヒナだ」


 小さく拍手する里琴ちゃんと、照れくさそうに下を向くヒナ。まあこれはこれで良しとしよう。


「でさ、今日からどうする? どこかホテル取ってあげてもいいけど、一人で泊まれるかな」

「酷い。こんな幼気な女子に、一人で生活しろって言うの?」

「んじゃ里琴ちゃんちは?」

「うちはダメですよ。社長がそうしろって言うから、未だにちゃんと実家暮らししてるんですからね? 部屋に余裕はありません」


 そうだった。

 諸事情あって里琴ちゃんを我が社で雇う事になり、その条件として俺が提示したのが、里琴ちゃんの実家暮らしである。


「私はどこでも構わないわ。出来れば屋根のある所だと助かる」

「そうだ社長、1LDKって言ってましたよね?」

「……ダメだよ? 1LDKだからね? 部屋ないからね?」


 俺は全力で首を振るが、そんなのお構いなしに言葉を続ける。


「リビングとダイニングキッチンがあって、それとは別に部屋があるって事ですよね?」

「そうだよ、そうだけど、え?」


 里琴ちゃんは満面の笑みで続けた。


「どんなに着飾っても、ヒナちゃんは高校生くらいにしか見えませんからね? 身分証明書なんてありませんし、一人で部屋を借りるとか絶対に無理です。保護者は社長じゃないですか」

「俺が保護者……か」


 神アバルに言われた『おぬしに任せる』をそう解釈するのであれば、確かに俺が保護者である。


「ほら、決まりです」

「えっ!? 決まらない決まらない。いくら何でも、独身男の家に住まわせるのはまずいでしょ?」

「……社長、こんな子を襲うつもりですか? しかも神様なのに?」

「いや、そうじゃなくて」


 肉を食べ終わったヒナも会話に参加してきた。


「よく分からないけど、襲われる事については心配無用よ。返り討ちにする自信があるわ。いえ、むしろ返り討ちにする自信しかない」


 恐ろしや。


「そうだけどさ、流石にいきなり二人きりで生活ってのも……ね?」

「私は構わない。人間を傷つけずに寝る場所があるのであれば、それで十分よ」


 この四日間、この子の見た目に釣られてちょっかいを出したアホがいたのだとしたら、ご愁傷様としか言いようがない。


「分かりました。社長、私にいい案があります!」


 両手を叩いて閃いた里琴ちゃんの案。

 それが問答無用で採択された事により、俺の悲劇が始まった。



 二時間後、里琴ちゃんのご機嫌な声が響く。


「カンパーイ」


 お洒落なカクテルバーに行きたいと言っていたが、里琴ちゃんは自分の案を通す代わりにそれを取り下げた。結果として、コンビニで買った缶酎ハイで乾杯しているわけだが、その場所が大いに問題である。

 ちなみに、俺はその乾杯に参加していない。

 今のは里琴ちゃんとヒナだけの乾杯である。


「完敗?」

「ううん、これはね、飲むときの挨拶よ。杯を乾かすと書いて、乾杯!」

「乾かしたほうがいいの?」

「あはは、いいのよ自分のペースで。どう? トマトジュース気に入った?」

「そうね。生き血のような色だから見た目は好き。味も悪くないわ」


 俺はと言うと、せっせと寝室をお片付け中である。


「社長、使用済みティッシュとか落ちてないですか? ちゃんと綺麗にして下さいね?」

「アホか! 至って清潔だ!」


 そうは言っても男の一人暮らしである。

 バタバタと片付けを済ませ、ヒナが安心して眠れるようにベッドだけは綺麗にした。


「ほら、ちょっと横になってみろよ。ここでなら寝れそうか?」

「これは……柔らかい。まるではらわたに包み込まれているようね」


 いちいち例えが怖い。


「社長、襲っちゃ駄目ですよ?」

「はいはい分かってます。で、里琴ちゃんは何処で寝る?」

「社長と同じ布団じゃなければ何処でも大丈夫です」

「あのね、自分で泊まるって言いだしたんだから、それくらいサービスしてよ」

「……セクハラ! ブラック企業な上にセクハラだわ!」

「冗談、じゃあソファーでどうぞ。俺は床でいいよ」


 里琴ちゃんにソファーを提供し、俺は自分の家であるにも関わらず難民生活だ。

 それでも自宅というのは落ち着くもので、シャワーを浴びて冷蔵庫を覗き、缶ビールを手にそのプルタブを押し込む。

 ぷしゅっと小気味よい音が響き、安息の時間が訪れた事を実感させてくれる。いや、安息の時間とは言い難いが、一日だけの辛抱だと割り切ればいい。


 テレビを見始めた俺の肩を、里琴ちゃんがつんつんしてくる。

 振り向くと、里琴ちゃんが寝室を指さしていた。


「もう寝ちゃいました。めっちゃ可愛いですよ!」

「四日間、ろくに寝れてなかったんだろうな」


 明日は土曜日、仕事もない。


「ねえ里琴ちゃん、明日さ」


 俺はヒナとの生活に抱いている不安を解決するため、里琴ちゃんに頼まないといけない事がいくつかある。


「シャワーの使い方とか教えてあげてほしいんだ。俺じゃちょっとまずいでしょ。それと一緒に服を買いに行ってあげてほしいんだ。全部会社で出すから、領収書切っておいて」

「え……まさか、まさかの休日出勤命令!?」

「いえ、プライベートなお願いです」

「私もお洋服ほしいな~」


 頭の良い女はこれだからズルい。

 状況的にも、個人的にも、里琴ちゃんのそれを断れるはずもない。


「はいはい。あまり買い過ぎないようにね」

「やったね!」


 予想以上に喜んだ里琴ちゃんは、そのまま俺の背に飛びついてきた。


「嬉しい~。じゃ、私、シャワー浴びてきますね」

「あ……うん」


 耳元でそんな事言われたら、期待しないほうがどうかしてる。だが、シャワーから上がった里琴ちゃんはさっさとソファーで寝てしまった。

 流石、モテる女は男の心を操るのが上手い。これではどれだけ服を買われても文句を言えないだろう。


 俺は明日からの生活に対する不安と、部屋に二人も他人がいる緊張感と、里琴ちゃんが投げかけた期待感を胸に、少々眠れぬ夜を過ごす事になった。



Episode6 白い髪の少女 ~ Fin ~

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