Episode7 異世界からの襲撃

第23話 知られざる神の根源

 奇妙な同居人との共同生活初日は、里琴ちゃんが泊まってくれた事もあり何ら問題なく夜の帳を下ろした。

 そして迎えた翌日。


「じゃあ社長、行ってきます。領収書ばっちり貰ってきますね!」

「しゃーない。まあ臨時ボーナスだと思って諦めがついたよ。そうは言っても良識の範囲内で頼むよ?」


 今日は土曜なので仕事がない。里琴ちゃんも予定がないようだったので、ヒナを連れての買い物に出かけてくれた。俺は女の子二人を見送ると、さっそく部屋の片づけに入る。

 寝室はもうヒナにあげてしまおう。一応は女の子の姿であるし、思考も女の子らしい雰囲気だ。着替えやら何やらをするのに個室のほうがいいだろう。


 その後はリビングの一角に自分のスペースを作り。いや、元々は全てが俺のスペースだった筈なのだが、こうなってしまっては是非もなし。ソファーや観葉植物の配置等を見直して小さなスペースを作り出し、臨時用だった布団を敷いて寝床を作る。


「よし、我ながらいい出来栄えだ」


 トイレなりでヒナが夜中に寝室を出ても、俺を目にしなくても大丈夫な状況を作り出した。それは即ち、俺の寝姿を見られなくて済むという事である。あんな少女に寝姿を見られながら日々の生活を送るのは、正直なところ息苦しいと思っていたのだ。


「さてと。行くかな」


 ネット通販でもいいのだが、出来れば今日中に欲しい物が幾つかある。

 ヒナの洋服や身の回りの品は里琴ちゃんが選定してくれるであろうが、それ以外の物は俺が用意しなければならない。


「茶碗に箸に、シャンプーとかリンスもだろうな。洗濯物を干すやつも追加しておかないとか。あとは……っと」


 この際なので冷蔵庫も洗濯機も少し大きい物に買い替えてしまおうと思う。


 家電量販店やら雑貨屋やらを巡り、帰宅したのはもうすっかり日が傾てからだった。


「お? ヒナ一人か?」

「そうね。リコは用事があるからと言って帰ったわ」

「飯は食ったか?」

「お昼はリコと一緒に食べた。スシという、魚の死骸を短冊状に切り刻んだ物を、器用に丸めた米に乗せて食べる料理だったわ。単純な構造ではあるけれど、その仕上がりには気品さえ感じられだ。勿論、美味しかったわ」


 なんとなくたとえが怖い。

 それはそれとして、回らないタイプの寿司屋でお昼ご飯。絶対に領収書があるだろう。会社の金で美味しい寿司をたらふく食べるとか、流石は里琴ちゃんである。


「そうか、よかったじゃないか。夕飯はまだか?」

「ええ。昨日は猫とカラスにしようと思ったのだけれど、カミノイとリコが御馳走してくれた牛の肉片のほうが遥かに美味しかったわ。だから今日は何にしようか悩んでいたの」


 うん、ちょっと怖い事が聞こえたような気がするけど、聞かなかった事にしよう。


「だったら作ってやるから、シャワーでも浴びてきたらどうだ? シャワーとか風呂の使い方は里琴ちゃんに教わったろ?」

「ええ。使う時は必ずカミノイの許可を取るようにも言われているの」


 買い物がてらどんな洗脳を仕掛けたのか、完全に里琴ちゃんのペースに乗せられている様子である。一般常識や情緒が欠落したヒナを、うまい具合にコントロール出来るかどうか頭を悩ませていたのだが、やはりそこは女同士のほうが上手くいくという事だろうか。


「そっか。じゃあほら行っておいで。出てくる頃にはパスタ茹でておくから」

「わかった。浴室を使わせてもらうわ」


 不安に満ちた共同生活は、里琴ちゃんの手助けによりどうにか順調な滑り出しとなった。



 日曜日。

 俺はヒナと二人で電車を乗り継ぎ、ヒナと出会ったあの場所へと向かっている。


「なあ、全部それにしたのか?」

「そうよ。リコも驚いていたけど、お店を四つ回ったら全て揃ったわ」


 座席で揺られながら、相変わらず赤いパーカーと黒いハーフパンツ姿のヒナに昨日の買い物について問う。

 驚く事に、買ったのは全て赤いパーカーと黒いハーフパンツだそうだ。


「色んなファッション楽しめばいいのに。可愛いんだから」

「か……何を」


 少し頬を赤らめたヒナは、やっぱり女の子だと実感する。


「今はいいけどさ、夏とか冬とかそれじゃ困るだろ? 全く同じ物だけを揃えたのか?」

「そうよ。夏は腕まくりでもすればいい。冬は上から何か着ればいい」

「単純な発想だな。ほんとにパーカーとハーフパンツしか買わなかったのか?」

「いいえ。リコに勧められて下着という物を買ったわ。どうにも体を締め付けるようで気に入らないから、今日は装備していないけど」


 衝撃の事実。


「おいヒナ、パーカーの下は何も?」

「いけないかしら」

「いやあ……間違っても、パーカーのファスナー下ろしたりするなよ?」

「それリコにも言われたわ。善処する」


 ノーブラノーパンか。

 見えないところに恐ろしい事実が隠れていた。


 神の持つ趣味趣向や人格は、その元になっている要素に依存する。


 そもそも神という存在は、人間の想像力によって作られた。

 太古の昔より近代に至るまで、その神に力を与え続けてきたのが『信仰心』である。

 祈り、願い、時に恨み、人々は常から神という存在を空想の中に思い描き、さもそこに存在するかのように語り掛けて来た。そうして蓄積された『神という空想の産物』は、いつしか力を集めて具現化する事になり、具現化した神は実際に人々へ己の存在を知らしめた。


 それにより幾つかの宗教という概念が生まれ、その宗教によって均一化された神のイメージを多くの人間が同時に思い描く。それにより、更に強い力を神々が得ていく事となった。


「カミノイ。お腹が減ったわ」

「着いたら昼飯にしよう。そこら辺の動物は食べちゃダメだぞ?」


 だが現代に近づくにあたり、人々の信仰心の形は変わり、それと同時に大いに薄れた。

 日本一つを見てもそうだ。かつてはその土地その土地に住まう神を祀り、それこそ八百万と呼ばれる無数の神を思い描いてきた。

 そこに流入してきた仏教が浸透し、歴史的に見ても多くの一般人が極楽浄土を夢見た。国家の元首を神と崇めた時期もあり、一時期は排除されてきたキリスト教も、近代化が進むにつれて急速に広がりを見せた。


 だが近年、神という存在に向けて祈りを捧げる日本人がどれだけ存在するであろうか。

 祈る人がいない訳ではない。だが、その祈る人が持つ信仰心の根幹に、どれだけ明確な想像力が働いているだろうか。


 印刷技術が発達し、空想を思い描かずとも神を目視する事が出来る。動画、通信手段、あらゆる物の発達により、信仰を貫くのが随分と容易になった。


 昔であれば、字を読めなかった人間がいる。

 彼らは経典や聖書を読み聞かせる人物から言葉を聞き、何一つ手にする事無く、聞いた言葉だけを元に空想の世界で己の信仰心を強く確立していった。

 そんな時代に比べると、随分とお手頃に、簡単に経典や聖書を見開く事が出来る。宗教も随分とライトな物になって来てはいないだろうか。


「近くなって来たわね。分かるわ」

「へえ。流石は土地神様だ」


 地球全体規模の文明発達により、人々から寄せられる想像力は薄れ、神々は次第に力を失いつつある。だが、大きく力を減退させたかと言えばそうではない。

 想像力を得るための要素が、宗教ではなくなったという事である。


「そう、私は土地神。良くも悪くもその土地から強い影響を受けるわ。こうして実体を得たとしても、それはあまり変わらない」

「何故、実体を得ようと思ったんだ?」

「そこに良質な魂があったからよ。純度の高い想像力に満ちた魂、あの魂はあの土地で生まれ育った物。誰かに取り上げられてしまうのが惜しかっただけ」


 今現在、特にこの日本では、若者たちの想像力を以て神々の力としている。

 マンガ、アニメ、小説、映画、他にも様々な分野のクリエイティブな思考をする者達が、特に優良な想像力の提供者となる。

 そうして作られた空想の世界は、往々にしてヒット作やヒット商品、名作や傑作といった知名度の高いものからの影響を受けている。

 そのため、所謂テンプレ要素という似たり寄ったりな設定を持つ異世界が乱発されているのだ。


「四方田くん、作家になりたいって言ってたもんな。神界が認める程の良質な魂に、想像力が溢れてたって事か」

「そう。その四方田という人間の想像力が、私にこの体を与えたのよ」


 パーカーとハーフパンツで、その下はノーパンノーブラの少女。

 四方田くんがそれを思い描いていた、という事になる。なかなかコアな趣味を持っていたようだ。


 具現化しない空想の世界。

 その想像力が今の神々を支え、養っているようなものだ。

 ありとあらゆるクリエイティブな職業を目指す、所謂「ワナビ」と呼ばれる人達こそが、今の神界を支えている。


「着いた。降りるぞ」


 無言で頷いたヒナを伴って目的地で下車。

 現在ではほぼ絶滅危惧種と言える土地神という存在。

 そんなヒナをこの地から離れた場所に住まわせる事に一抹の不安を抱いた俺は、様子を見るためにこの地を訪れた。


「ヒナ、特に何もないか?」

「ええ。私が離れた事でこの地に変化が生じる程、私はこの地に強い影響力を及ぼしてはいなかった。あのまま黙っていれば遠からず消えていた存在よ」


 消えかけていた土地神が、魂を喰らい実体を持った。

 ヒナが土地に及ぼす影響力は少ないが、土地からヒナへ影響力を及ぼすことはある。そんな具合の解釈で間違いないだろう。


 天気の良い昼下がり、俺は飲食店を目で追いつつヒナを連れて歩く。

 何を食べさせてやろうか悩んでいると、胸ポケットに入れていた携帯が騒がしく鳴り響いた。

 無論、今日も例によってマナーモードである。手に取って画面を確認すると、そこには案の定『異世界』の文字が浮かび上がっていた。

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