第24話 腹減り女神と早口女神

 異世界からの連絡は、基本的に事務所に入る。

 だがクイだけは特別に俺の携帯に繋がるようにしてあるのだ。先般のように急な呼び出しがかかる事は稀だが、緊急時に繋がる安心感は大きい。

 俺は携帯を耳に当てた。


「クイどうした?」

『ケータあのね、あのね、うーんと……こないだの女神様はお名前決まった?」


 女神と言われてピンと来なかったが、それがヒナの事を指していると気付く。

 クイの言うように、確かにヒナも女神である。


「ああ。彼女の名前は『ヒナ』になった。宜しくな」

『女神ヒナ様だね! 素敵なお名前だね~』

「クイ、そんな事で連絡してきたのか?」

『大変、そうじゃなかった! あのね、ケータ、んっと、アバル様に代わるね!」


 結局自分で説明するのを諦めたのか、側にいるらしい神アバルへと相手が代わる。その声はいつになく真剣だった。


『神野威よ。不出来な者は側におるか』

「ええ。ヒナという名前になりました」

『名前などどうでもよい。不出来な者を今すぐ元いた地に連れて行け。つい先ほどの事だがな、破壊者デストロイヤー共が異界の門を開きおった。何処の世界から開かれた門かは分からんが、出口は不出来な者が祀られていた地じゃ」


 破壊者デストロイヤーとは、様々な世界をバッドエンドに導こうとする者達の総称である。人間界の言語に訳すのであれば、デビルや悪魔、鬼などと言った方が近しい。


「偶然ですが、丁度今その土地に着いた所です。様子でも見ようかと思いまして」

『ほほう、流石は元勇者だ。虫の知らせとでも言うのか、見事な判断だ』

「で、神アバル。その破壊者は何をしにこの場所に?」

『それが分かれば苦労はせん。大方、狙っておった四方田の魂を取り損ねてへそを曲げておるんじゃろう』


 人間界、その中でも特に日本の若者が、尽きる事のない想像力をで思い描く異世界という場所。想像力が神を生み出したように、想像力を根源に異世界という場所も生み出されていく。そしてそれは同様に、物語の悪役として破壊者をも生み出していくのである。


「門の封鎖に協力しろと?」

『いや、如何に神と言えども不出来な者にそれが出来るとは思えん。故にこちらから女神を向かわせておる。見習いではあるが、腕は確かだ。儂が送り込んだその女神が到着するまで、奴らの好きにさせるな』


 無茶な注文である。


「神アバル、それを俺が断る選択肢はないのでしょう? まあ善処します。ですがここは現実世界、俺はただの一般人ですからね」

『ああ分かっておる。その土地を守る宿命を背負った不出来な者に任せておればよい』

「ヒナに……ですか。分かりました。また連絡して下さい」

『よかろう。頃合いを見て連絡する』


 全く酷い話だ。

 電話で待たせてしまった事をヒナに詫び、今度こそ何を食べるか決めようと思う。


「ヒナ、悪かったな。何食べたい?」

「そうね……正直な事を言うとお腹が減り過ぎて何でも良いと思っているわ。けれど希望を言うなら、肉がいいわね」


 昼時だし、焼き肉屋さんがランチとかやってると最適なんだが。

 俺は携帯端末で飲食店を調べようと画面に視線を落とす。そこへ、ヒナの方から話しかけてきた。


「カミノイ、貴方の仕事って他人から恨まれるような仕事なの?」

「そんな事はないと思うけどな。いや……もしかしたら、ちょっとはあるかもしれないな。否定しきれないよ、真面目にね」


 もしかすると、転生させた人のご家族から恨まれている可能性を否定できない。

 胸に靄がかかったようになるが、そんな俺の心情などお構いなしに、ヒナは言葉を続けた。


「そう。その程度にしては随分な連中から恨みを買ってるみたいね」

「え?」


 ヒナの言う『随分な』の意味が理解しきれない。

 そして理解する間もなく、スーツ姿の二人の男に話しかけられた。


「神野威圭太だな。同行してもらおう」


 ずんと腹に響くような低音でそう言うと、二人は俺を両側から挟むように距離と詰めてくる。


「お断りだ。あんた等、何者?」

「質問を受け付ける義理はない。同行してもらうぞ」


 男達の表情には何処となく殺気が現れており、俺は一歩後ずさる。このまま全力疾走で逃げるのもありだが、如何せん体力が持つかどうか怪しいし、ヒナがついてこれるかも分からない。

 その時、相変わらず無表情なヒナが言葉を発した。


「カミノイ、こいつら人間じゃないわ」


 ヒナのその言葉に反応するように、二人の男が飛びかかって来る。


「ちい、このガキ!」


 二人の男の標的は俺だけだ。ヒナには目もくれずと言った雰囲気である。


「させない……」


 そう小さく呟いたヒナは、そのうち一人へ蹴りを放つ。そいつが蹴りを真面に喰らい後方に飛ぶ間、もう一人は俺との距離を確実に詰めていた。


「もらったぁ!」


 男の左手が迫り、その異常性に気付く。

 手の甲は深い毛におおわれ、その爪は鋭利な刃物のように鋭い。


 ヤバイと思ったその瞬間、鋭い爪は俺の眼球の直前で停止した。

 俺に向けられていた男の左腕を、ヒナが片手で掴んで止めたのである。


「離せガキが!」


 男は空いていた右手での手でヒナの頭部を狙うが、ヒナは頭を少し傾けただけでそれを難なく回避した。

 そして、回避したその腕に思い切り噛みついた。

 断末魔が響き、男の右腕は肘から先が完全に切断されている。


 そして、切断された腕はヒナの口が咥えていた。


「グガアアアア」


 男が断末魔のような叫び声を上げる中、ヒナは咥えていた腕を地面に放り出すと、それをゴキブリの死骸でも見るように一瞥する。


「不味い。これじゃ腹の足しにならないわ」


 口元に付着した紫色の体液を拭い、悶え苦しむ男に向けて言葉を続ける。


「侮ったわね。この地に祀られているのは犬神。力を付けた犬神は猪神にすら匹敵する存在、それが私。何故だか分からないけど、今もの凄く機嫌が悪いの。運が悪かったと思って諦めなさい」


 スーツ姿の人間だった二人は、いつの間にかスーツを破り捨て、毛むくじゃらの姿をさらけ出している。こいつらが神アバルの言っていた破壊者なのだろうか。


「ヒナありがとう、危なかったよ。おいお前ら、どこの世界から来た破壊者だ」


 俺が問うと、二体の毛むくじゃらが再び躍りかかって来た。

 それと同時に、俺を庇う様にヒナが前に出る。


「下がって」


 刹那、ヒナの右ストレートが一体の顔面を吹き飛ばし、そのままの体勢から後ろ回し蹴りでもう一体の胴を薙ぐ。

 二体の毛むくじゃらは見るも無残な姿で絶命し、煙のように消え去った。


 かっこいい。

 素直にそう思ってしまった。


「ヒナ、凄いな」

「この程度……あ、ありがとう。素直に聞き入れる事にするわ」


 頬を赤らめて俯く仕草は本当に年頃の女の子と変わらない。


「さて、飯にしようか」

「お肉?」


 俺はしっかり頷いて、ヒナを焼肉屋さんへと連れていく。

 先ほどの連中の目的が何だったのか、それは分からない。

 だが、考えてみたところで答えは出ないだろう。ここはもう割り切って神アバルからの連絡を待つしかない。


 特上カルビランチで昼食を堪能し、一休みしてから再び町の散策に出る。


 そこで一人の少女と出くわした。


 身長は低めで百四十センチ前後くらい、日光を浴びて美しく乱反射する栗色のボブ。研究者を連想させる学生服のような姿で、見慣れない道具が詰め込まれていて重そうな鞄を肩から下げている。


 そして連続シャッターのように唇を動かし、マシンガンの弾丸のように言葉をはじき出す。


「こここ、この度はお日柄もよろしく、かかかか、神野威圭太さんでよろしかったでしょうか?」


 その上、随分と緊張の様子である。


「ああそうだが。もしかして神アバルの使いか?」

「おわ……流石は元勇者様ですね。ぼ、ぼ、ボクは見習い女神ルココです。見習いではありますが、結界術や封印術、はたまた転移魔法陣なんてカテゴリーにも精通し、言ってしまえば女神というよりも天才美少女神てんさいびしょうじょしんなわけですが、流石にそう呼んで欲しいなどとは言えないので普通に自己紹介をしようと思いまして、それが、その」


 やたらと早口でまくし立てる女神の言う事を信じるとすれば、この子は相当な実力を持っている。


「えっと、自己紹介はいいとしてこれから異界の門の調査に入ろうと思う次第であるわけです。そこで、そこでなのですが、少しばかりお力をお貸し願えませんでしょうか。あ、力を貸す代わりにエッチなお願いを聞いてくれとかそういうのは、まだ昼間なので受け付ける事が出来ないのであります」


 それでは『夜ならばいいのか』と聞いてみたいが、それは辞めておこう。


「何をすればいい」


 先ほど襲ってきたような得体の知れない連中が、この近辺に沸いて出るようでは確かに困る。ここはひとつ、神アバルに恩を売ると思って協力するのがよさそうだ。


「それはですね、ボクがいくら天才美少女神でも流石に人間界ではフルパワーな才能を発揮する事が出来ないので、そちらのキュートでクールな女神様のお力をですね、少々拝借させてもらいたい。という次第なのであります」


 言っている事を理解するのに無駄な思考回路を使わされるが、要約するとヒナの力を借りたいという事か。


「ヒナ、少し手伝ってやってくれないか」

「いいわ。お手並み拝見」


 頷いて前に出たヒナににっこりと微笑みかけた女神ルココ。


「でわでわ女神ヒナたん。ボクはお空に魔法陣を描きたいので、右の掌をお空に向けて、暫くそのままの体勢で石像のようになっててくださいな」

「動くなって事ね。いいわ」


 言われるままに右手を上げ、手のひらを空へと突き出したヒナ。

 女神ルココは鞄から一枚の紙を取り出した。雰囲気からすると魔力が込められた物であろう。


「ちょいと失礼しますぞ」


 女神ルココは身を低くしてヒナの赤いパーカーの裾を持ち上げた。


「おお、これは、上着の下は素肌ですか。肌着を捲る手間が省けたのと同時に、完璧なまでのくびれと白い肌を堪能ですな」


 言いながら、その紙をヒナの白いお腹にそっと宛がう。


「準備完了、順風満帆。それではさっそくやっちまいましょう」


 ヒナの腹に当てた紙に指先を走らせ、女神ルココが魔法陣を描いていく。

 

「ん……」


 ヒナが少しだけ表情をゆがめた。


「……少し、ムズムズするわ。こそばゆい」

「もう少しの辛抱ですぞ。女神ヒナたんの身体を通してボクの自慢の探査魔法が発動するのであります」

「……んっ。……ぁぁ」


 真昼の公道で何をしているのか。


「ああっ……」

「高まって来たで御座るよ! いくよ女神ヒナたん!」

「そんな……いや、待って!」

「待てません、発射なのだ~」


 次の瞬間、空に向けられたヒナの掌から魔力が放出された。そしてそれは青空に突き刺さり、空に巨大な魔法陣を描き出す。


「自分の身体に異物が入り込んでくる感覚……こんなの初めて」

「ヒナ、大丈夫か?」


 若干頬を赤らめているが、そんな顔をされると色んな意味で心配になる。


「ふぅ。さてさて、ボクはしばらく魔法陣と向き合うのです。探査魔法を広範囲に付加するのは至難の業、それを使いこなすのは更に至難の業、まさに賢者と讃えられるべき神の御業なのです。これより天才美少女神のボクは賢者の時に突入なのだ」

「なあ女神ルココ、こんな魔法陣を空に作って大丈夫なのか?」


 航空機とか通ったらどうなるのだろうか。

 いや、それどころか明日の新聞一面はこの空の写真だろう。


「心配無用、唐草模様。この魔法陣は普通の人間には全く見えない代物で御座いますよ旦那様。このボクがその程度のミスをする筈がありませんです」

「そうか、俺には見えるのにな……」


 一度でも異世界に行った事がある人間は、普通の人間ではないという事か。

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