第25話 お土産はバズーカ娘
小柄で可愛いボクっ娘。
好きな人にはたまらない要素かもしれないが、生憎俺にはそうでもない。
日本の若者達が沸き立たせる無尽蔵の想像力を用い、神々が新たに生み出していく女神という存在。女神ヌレニスのような十八禁スレスレの女神もいれば、目の前の女神ルココのような特殊な萌え要素を持った女神も存在する。
それらの女神を相手に商売している俺としては、苦労もあるが絶対に飽きる事はないと確信できる。
賢者タイムとやらに突入した女神ルココを待ちつつ、俺は携帯の画面を確認した。
「連絡こねーな」
神アバルが連絡すると言っていたのだが、それはいつになるのだろうか。
しばらくすると、じっと祈るようにしていた女神ルココが唐突に叫んだ。
「ひらめき! いや、正確に言うならば嗅覚が疼いて大発見に至った! と言ったところでしょうか。この近辺に存在する怪しげな時空の歪はたった一つ! 確認するまでもなく、その一つこそが異界の門に違いありませんです!」
言い終えるなり、肩に掛けていた鞄を地面に下ろすと、そこからごそごそと幾つかのアイテムを取り出した。機械仕掛けのそれらは、女神ルココの手によってひとつひとつ組み合わせられ、バズーカ砲を思わせるフォルムに仕上がっていく。
女神ルココは仕上がったそれを肩に担ぐと、スコープらしき部位を覗き込み、一人で呟き始めた。
「距離……千八百二十六、エネルギー充足率九十八パーセント。気象条件測定開始……気温、湿度、風速、磁場、測定完了。気象条件に合わせて着弾予測地点の微調整を開始。AからFまで数値全て基準値内。標的を完全に補足……イケる!」
右手の指をトリガーにかけた。
「ボクの前に現れた事を後悔するんだね。乾坤一擲、四捨五入! くっらぇえええ!」
刹那、女神ルココの担いだバズーカ砲から七色に光る閃光が放たれた。それは道路の向かいのビルに突き立ったようにしか見えない。
「ふう、グッバイ異界の門ちゃん。さてとボクは帰りますぞ」
あっけらかんと言うと、バズーカを片付け始めた。
俺はどうしても気になって女神ルココに問いかける。
「今ので異界の門とやらを破壊したのか?」
「えっへんそうなのですよ。コレはボクが開発した『エリオラたん改』という最強にして最高の武器なのです。標的以外の物質や精神エネルギーなんかは全て何ら影響を及ぼす事無くスルーして、補足した標的だけを破壊するという世にも恐ろしい驚愕の武器なのです。しかもかもかも、人間界でもその威力を遺憾なく発揮出来てしまうというおまけ付き。天才はつらたん」
「そいつは凄いな」
「それ程でもあるよ。約二キロ先に発生していた時空の歪。そこに開かれていたであろう異界の門ちゃんを木っ端みじん子にしておきました」
俺との会話にしっかりと応対しながら、女神ルココはバズーカ砲を元の部品に解体し、少々乱暴に鞄に詰め込んでいく。
「それではカミノイ様、女神ヒナたん、アテブレーベオブリガードなのです!」
重そうな鞄を引っ提げて、振り向きざまに手を振りながら女神ルココは駆けていく。
駅とは逆方向ではあるが、まさか電車に乗って神界に帰るわけでもないだろうから、あっちの方向に神界へ続く何かがあるのだろう。
「またな、女神ルココ」
「よく喋る女神だったわ」
俺とヒナも手を振って応え、女神ルココを見送った。
「さてと、二キロ先とやらを見に行ってみるか」
「ええ。私が祀られていた社からも近いと思うわ。気になる」
はた目には、赤いパーカーの少女を連れて歩く怪しげな男。
よく言えば彼氏、そうでなくとも親戚くらいには見えるだろうか。
そんな状況で歩いてはいるが、二十分程歩いてもヒナとの会話は弾まない。元々無口な女神であるし、俺自身があまり口数の多い方ではない。誰かと一緒に過ごしていても、無言の時間が続く事が苦にならないタイプだ。
寧ろ、その無言の時間が苦痛にならない相手こそが理想とも言える。
「この先に公園がありそうだ」
青々と美しい深緑と、公園の入り口が視界に入る。
公園が近づくと、子どもたちの賑やかな声が耳に飛び込んできた。週末の公園であるから、そこには微笑ましい光景が広がっているのだろう。
「ヒナ、公園で遊んだことはあるか?」
「あるわけない。公園で遊ぶ子らを見ていた時期はあるけれど、実体を持っていなかった私はあくまで見守っていただけよ」
「そっか。遊具が空いてたらちょっと遊んでみる?」
「馬鹿な事言わないで。私は神、子供じゃない」
例え人間だったとしても、流石にブランコで喜ぶような年頃でもないか。
そうなのだが、事務所の椅子でくるくる回っていたヒナを思い出すと、ブランコに載せたら絶対に喜ぶだろうと思う。
公園の入り口に差し掛かると、元気よく走り回る子供たちの向こう側に異様な光景を見た。
公園の隅、公衆トイレのすぐ横で、まるで土下座するような姿の少女がいる。
文字で表せば正しく『orz』であり、それを体現しているかのような姿勢で項垂れている。
「カミノイ、あれは……」
ヒナが指さした先にいるその土下座少女、どう考えても見覚えがある。
「女神ルココ……だよな」
「ええ、そのようね」
小走りに駆けよって声をかけた。
「女神ルココ、どうした?」
両手を地について項垂れていた女神ルココが、ゆっくり顔だけをこちらへ向けた。その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。
「これは神の助けでしょうかカミノイ様でしょうか」
言いながら立ち上がった女神ルココは言葉を続けた。
「へるぷみーなのですカミノイ様。ボク……自分が通って来た神界の門ちゃんを木っ端みじん子にしちゃいました。帰れません」
「ちょっと待て、どういう事?」
「待っても結果は変わりませんです。ボクが破壊したのは神界の門ちゃん。それ以外に時空の歪はこの近辺に存在しなかったので、異界の門ちゃんは既に閉じられているか、もしくは元から存在しなかったという事でありんす」
「そうか、それはそれとして神アバルにそう報告しよう。で、帰れない事についての解決策は?」
俺は言いながら、ハンカチを手渡した。
女神ルココは遠慮なく鼻水を拭うも、可愛い顔に鼻水が伸びただけだった。
「神様仏様カミノイ様であれば、ボクを神界へ帰らせるルートをお持ちの筈なのですが……」
確かに、クイに頼んで異世界へ連れて行けば、そこから神界へ帰る事は可能だろう。
その時、俺の携帯が鳴り響いた。
画面には例によって異世界の文字。
「もしもし」
『ケータ、元気!?』
昼前に話したばかりだが、それでもそう聞いてくるクイが可愛い。
「ああ。あの後色々とあったが元気だぞ」
毛むくじゃらの二人組に襲われた時、もしヒナが側にいてくれなかったら『元気だぞ』なんて言えなかっただろう。
『そっかよかったー。あのね――
クイの言葉が途中で途切れ、そこからは神アバルの声に代わった。
『バッカモーーーーン!』
携帯の通話音量の限界を遥かに超える、謎の大音量が公園に響いた。
公園で遊んでいた子供たちの動きもピタリと止まり、ベンチでくつろいでいたママさん達から冷やかな視線を浴びせられる。
「神アバル、落ち着いて下さい。もう少し音量を……」
『落ち着けとは何じゃ! 見習い女神ルココはそこにおるのか!?』
そう聞かれて視線を女神ルココへと向けると、彼女は綺麗な栗色のボブを水平に展開させるほど全力で首を振っていた。その表情には恐怖の色が浮かぶ。
俺の返答が遅れた事で全てを察したのか、神アバルは凄まじい剣幕で続けた。
『見習い女神ルココ! 人間界に神界の門を繋げるのにどれだけの神力を消費したと思っているんじゃ! 追放じゃ、もう二度と戻って来るな!』
この場所に設置された神界の門とやらを破壊した事が、神界からの追放処分になるというのか。俺の感覚ではそれほど重い罪だとは思えない。
「そそそそそ、そんなぁぁあああああ。神アバル様ぁああああ。お許し下さいボクを捨てないで!」
『黙らっしゃいこのポンコツ駄女神! 追放ったら追放ったら追放じゃ! これは統括管理者である神アバルからの、追放命令じゃ!』
白昼の長閑な公園で、こんな奇妙な会話を公衆の面前でする事になるとは思わなかった。神様なんだからもう少し気を使ってもらいたい。
俺はこの騒ぎを治めるべく、携帯をスピーカーモードに切り替えて神アバルに提案を持ちかける。
「神アバル、お待ちください」
『何? おぬし、そこのメカマニアの見習い駄女神を擁護するつもりか?』
「そうではありません。先ほど受けた依頼に対する報告です」
『ふむ。で、異界の門はどうなった』
「異界の門を発見できなかった事を報告します。既に閉じられているようです。今後も継続して調査をする必要性があるならば、私はこのまま神アバルに協力します」
女神の見た目によってこちらの感情が左右されるのはよろしくないが、こちらは血の通った人間である。女の子が泣きじゃくっている姿を見て、助け船を出さない訳にはいかない。
『ふぬ……継続調査か』
「はい。門こそ発見出来ませんでしたが、破壊者と思しき連中からの襲撃を受けました」
『なんじゃと!? 被害は!?』
神アバルの声に緊張が走る。
もし先程の連中が神アバルの管轄下にある異世界から訪れた破壊者だった場合、人間界に物理的被害が出れば神アバルの責任問題になりかねないからだ。
「女神ヒナの活躍により難なく撃退する事が出来ましたが、奴らが人間界に何らかの目的と移動手段を持っている事は確かなようです」
『そうか。だがそうなると、調査をするならするで危険が伴う事になるぞ』
「無論、私一人では出来ませんが、こちらには女神ヒナもいますので」
『不出来な者か……よかろう。どのみち継続調査は必要じゃ。だがそこの駄女――
神アバルに続きを言わせないよう、俺は語気を強めて言葉を被せる。
「提案を受け入れて頂き、有難う御座います。協力をお約束します。これは神と人間との間に交わされた盟約です。よろしいですね?」
『なんじゃ改まって。良かろう、これは盟約じゃ』
俺は女神ルココに笑いかけつつ、神アバルに対して言葉を続けた。
「確かに、盟約ですね。では、新しく別の女神を派遣するか、もしくは見習い女神ルココへの追放命令を取り下げ、継続調査を命じて下さい。神アバルから遣わされた女神が不在では、盟約を果たした事にはなりませんので」
『ぐぬぬ……神野威、おぬしこの儂を謀ったな』
「いえそのような事はありません。新しく女神を派遣して下さっても結構ですよ」
そんな事は出来ないだろう。
神界とて人手不足で喘いでいるのだ。だからこそ、わざわざ人間界から転移や転生をさせてその人手不足の対策としているのだ。
『言いおるわい。……今回は儂の負けじゃ。よかろう、見習い女神ルココへの追放処分は保留とする』
「そうですか、ではそうして下さい」
『ふん、白々しい。見習い駄女神ルココよ、聞いておるか』
「はい! はいはいはい! ボクはずっと聞いておりますです!」
携帯に向けて敬礼する女神ルココに、神アバルは人間界での継続調査を命じた。
『――よいな。くれぐれも、人間に迷惑をかけぬように気を配れ』
「了解したであります!」
『そういう事じゃ。神野威、おぬしが言い出した事じゃぞ。見習い女神ルココの面倒はおぬしが見るのだ』
まあ、そうなると思ったけどね。
この際、一人も二人も一緒だ。
「分かりました。では、神アバルからの命を受けた見習い女神ルココと共に、人間界での継続調査に当たります」
『気に食わんのう……おぬし、まさかロリコンか? 年端もいかぬ女神ばかり収集して何をする気じゃ。まあそれでもよいか。儂は今度リコの乳でも揉ませてもらうとしよう』
ようやく怒気を沈め、いつものエロ爺に戻ってくれた。
「それはご自身で交渉なさって下さいね。人間界の法ではそのような行為は断罪されますので」
『ぐぬぬ、恐ろしい事を。では頼んだぞ。神界の門を駄女神が壊しよったからな、報告は見習い女神クイを通じて行え』
「畏まりました。では、これにて」
終話ボタンに触れ、ため息をひとつ。
面倒事が増えてしまったが、それはそれで仕方がない。
ヒナの出身地を訪れ、そのお土産にバズーカ砲をぶっ放すボクっ娘女神を連れて帰る事になった。
「引っ越すかな……」
「私は布団さえあれば何処でも構わない。ああでも、屋根は欲しいわ」
「ボクはですね、ボクはですね、見晴らしのいい所に住みたいです!」
こいつらを部屋に押し込んだら、不動産屋に行くとしよう。
この際、会社名義でマンションでも借りてしまおうと思う。
Episode7 異世界からの襲撃 ~ Fin ~
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